神位と性差
「う~ん」
わたしは思わず唸ってしまった。
眠気も吹っ飛ぶこの迫力に。
「どないしたんや?」
「ん? いや、ここが……、城か~と思って……」
「ああ、人間界の神殿みたいやろ?」
「あ……うん……」
そうなのだ。
ここの城は、世界史の教科書とかで見る神殿によく似ていた。
柱が建ち並び、城壁と呼ばれる部分が入口付近に見当たらず、吹き抜けになっている。
「攻められたらすぐに陥落しそうだね……」
セントポーリアと違ってここは城壁がない以上、どこからでも侵入者は入れるだろう。
そしてジギタリスより門が大きく広い。
いや、ジギタリスは樹の穴が入り口だったから、あれを城門と言って良いかは分からないのだけれど。
「その代わり、この城は結界が強固やで。邪心ある者には容赦がない」
「邪心あるものだけ?」
「せや。邪な心の持ち主が入り込んだら、一気にその力を吸い取りにいくという恐ろしいものや。どんな力の持ち主も、魔力、法力、体力の源となる生命力や精神力を奪われたら抗うことはできひんやろ?」
確かに楓夜兄ちゃんが言うことも分かる。
だが……。
「じゃあ、邪心を持たない人……。例えば、子どもとかが悪さをしたら?」
「嬢ちゃん、子どもにできることは限られとるやろ」
それもそうだろうけど……、でも、なんかひっかかったのだ。
純粋ゆえの害意。
悪い心がなくても、子どもは悪戯をしてしまう。
いや、その当人からすれば、それは悪戯なんてものじゃなく、好奇心とかから発生するものなんだけど……。
もし、そんな邪気のない力のある子どもがいたとしたら……?
「それにこの国は大神官を始めとして、七つの神位を持つ神官たちが大勢居る。簡単には落ちへんよ」
だけど……、強大な魔法を操る者が多かったと言われている魔法国家ですら、一日足らずで落とされたと聞く。
人間界でもそうだったけど、世の中に「絶対安全」という言葉はないのだ。
「七つのカンイ?」
でもそれとして、楓夜兄ちゃんの言葉が気になった。
「上から『大神官』、『高神官』、『上神官』、『正神官』、『下神官』、『準神官』、『見習神官』。これで7つや。『見習神官』は使いっ走りと変わらへんけど、一般の信者たちよりは法力も権力もある」
楓夜兄ちゃんの言葉をゆっくり頭に入れる。
確かに7つの神官名……職位? があった。
「『準神官』に上がれば各地での巡礼許可が下りるようになる。『下神官』は聖堂で直に仕えることが出来るようになり、『正神官』は聖堂内でちょっとした儀式を執り行えるようになる。『上神官』になると地方に聖堂が建てられるようになり、『高神官』になると、王族へのお目通りが出来るようになる」
「はあ……」
ゆっくり言ってくれるし、覚える気はあるのだけど、わたしにはよく分からなかった。
いや、なんとなくは分かるんだけど、「準神官」の巡礼許可とか、「見習いーズ」は見習いだけど一応、神官ってことになるのか? とか疑問が出てくるのだ。
「そして、神官最高位の『大神官』ともなると、国の政にも携わることもでき、様々な権限を行使することも可能となる」
「よく分からないけど……、今の恭哉兄ちゃんはとんでもない人ってこと?」
「そう言うことやな。そこだけは覚えとき。他国の人間であってもこの国の『大神官』を知らんのは恥やで」
「うん……」
確かに、日本人で言うと、米国の大統領を知らないとかそんな世界の話なのだろう。
「実力だけで、あそこまで上り詰めるのが早かったヤツなんて、このストレリチアでも初めてのことやって聞いたわ。確かに他の人間たちと比べてもこの道に入ったのが早かったのは確かやけど」
「早かった?」
「せや。普通、神官の道言うんは、信仰心が芽生え始める頃……10歳くらいが一般的やって聞いとる。それ以下やと、神やなくて親を信じるさかいな」
「親を信じる? 親の言うことが一番って普通だと思うけど……」
この世界……、いや、神官の世界では違うのかな?
「親から言われて神を信仰するんは駄目なんよ。自分の意思が第一。親の影響、親が信じてるからなんとなくその道を選んだ言う理由やとなかなか見習いを卒業できへんらしいわ」
「親から習った神の存在だとパンチが弱いってことなのかな……」
「親の言うことを少しでも疑ったらアカンからな。自分自身で心から信仰する神やないといかんらしいわ。俺は信仰心なんてあらへんから、その辺のことはよう分からんのやけど」
「難しいんだね……」
……ということは、神官を志す者はそれ以外のものを見ることも許されないんだろうか?
「誰よりも、神を選ばないといけないの?」
「それは、信仰する神にもよるらしいで。全ての人を愛せという神もおれば、愛は邪心だと言う神もおる。浮気に寛容な神もいれば、浮気は完全不可な神さんもおる」
「浮気……」
なんとなく嫌な言葉だ。
「この場合、掛け持ちのことや。大抵、信仰する神は何人いても良いんやけど、たま~に、自分以外の神を信仰するとその加護が無うなってしまうこともあるらしい」
加護というのは、あの精霊さんが言っていたやつかな?
でも、わたしを含め、あの場にいた人間は複数の加護を持っていた気がする。
楓夜兄ちゃんに言わせれば、浮気に寛容な神様ばかりということだろう。
「ああ、そう言えば、人間界でも御守りを複数持つと、神さま同士が喧嘩するって話を聞いたことがある」
「あはは。それと似たような感じや。嬢ちゃん、巧いこと言うな~」
そう言って、楓夜兄ちゃんは笑った。
「因みに、この国の女性の地位はどうなっているの?」
話を聞く限り、「神官」って言葉だけで、「巫女」みたいな言葉は出てこない気がする。
「セントポーリア、アリッサムほどは強うないかな。でも、女性の神官みたいなんはおるで。『神女』言うてな。ここの基準は神官やけど、女性でも同じ場所に立てんことはないらしいわ。でも、難しいらしいで」
「能力的な意味で?」
法力という他者の目から見てもはっきり分かる基準がある以上、男女差別で低い地位に落とすことは難しいだろう。
「そう言うことやな。魔法は女性の方が強い傾向があるんやけど、法力は……、どうしたって男の方が強うなってしまうんやわ」
「明確な理由があるの?」
「少し前に言うた聖地巡礼。他大陸に行く『神女』はまずおらん。女性蔑視の国もあるさかいな。それに……、その……女性の場合はどうしたって男より危険は多くなってまうし」
「ぬう。理解のある人ばかりじゃないってことだね」
「そういうのともちょっとちゃうな。周囲に助けを借りれない女性ってだけでも大変やとは思わん? そういうのを狙う悪い人間も他大陸にはおるんや」
そう説明されると……確かに大変だと思う。
特に綺麗な女性とかなら、身の危険は通常より跳ね上がることだろう。
「なんで弱い女性を狙う人がいるのかな」
そこが理解できない。
弱い者いじめって楽しいとは思えないんだけど。
「その辺はいろいろな事情があると思うんよ。それ以外でも女性は体質的に長く旅をするのは難しいと思うで」
「……わたしは?」
セントポーリアから出て暫く経っている。
旅行としては短いとは思えない。
「嬢ちゃんは恵まれとるやろ。せやけど、巡礼は周囲に助けを借りられない。具体的には、入浴が簡単にできへん」
「おおおおおおおおっ!? それは確かに辛い!!」
たった一人で旅するんだから川で水浴びだって簡単にはできないだろう。
男性は気にしないかもしれないけど、女性には大問題だ。
それに魔界人だってめんどくさいけど、人間の女性と同じように、定期的に「月のモノ」というものがある。
そんな状態で助けを借りれない長旅。
……わたしにも無理だと思う。
「ほとんどの『神女』は正神官と同じ地位である正神女までやな。信仰心に違いはないやろうけど、こんな形態である以上、どうしても性別という壁は越えられん。それに結婚したら大半は家庭に入る」
「……女は家庭にこもれ……と?」
「大半の女性は神への信仰より、我が子への愛情が勝るからや。そうなると法力も弱なる」
「……なるほど」
でも、子供好きな人ばかりじゃないと思う。
そう言った場合はどうするんだろう?
子どもを生んだ後に他人に任せて復帰とかできるのかな?
「男はそうでもないんやろうけど、女性の場合は子どもを生む前の行為で、法力が弱なるらしいで」
「……言葉を濁したけど、えっちをすると駄目ってことなのね」
つまりは、占術師と似たようなものか。
「……そういうことやな」
わたしの言葉に、楓夜兄ちゃんはなんとも言えない顔をして笑った。
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