人の想いは残るもの
「重ねて尋ねたいんだが、神官による『葬送の儀』を受けなければ、遺体は通常通り腐敗するのか?」
「先輩、なんでそんなことを聞くんだ? 完全犯罪でも行う気か?」
雄也先輩の言葉に水尾先輩が怪訝そうな顔をする。
「ただの個人的な興味だよ。俺にはこの辺りについての知識がないことはよく分かったからね。それに、このやり方での遺体処理ではリスクが大きすぎるから完全犯罪にはならないな」
……その言葉が怖いと思うのはわたしだけですか?
「普通の国民でも『葬送の儀』を行うからあまり例はないと思うで。それに俺は専門職やないから、その辺に関しては、神官に尋ねるか調べた方がええ」
「…………そうだな。せっかくのお膝元だ。しっかりと勉強させていただこうか」
楓夜兄ちゃんの言葉に納得したのか、雄也先輩はすぐ近くの『神祀宮』を見る。
その目には彼にしては珍しい感情が籠っている気がした。
「あ~、クレス。私も先ほどの先輩の言葉で気になったんだけど、質問良いか?」
「俺は神官やないんやけど」
「参考程度で良い。その『葬送の儀』を行うと、基本的には髪の毛以外、跡形も残らねえってことで良いのか?」
水尾先輩はどこか俯きながら、楓夜兄ちゃんに尋ねた。
「どういう意味や?」
「その……、殺された時の血とかそう言ったものも消せちまうのか? と思ったんだよ。その……肉体が消えるってそう言うことだろ?」
水尾先輩のその言葉にわたしは凍りついた。
それが実践できてしまったら、説明できてしまうことがあるからだ。
水尾先輩の国、アリッサムは、何も残らず消えてしまったという。
そこに住んでいた人たちも、動物も植物も、そこにあった建物すら。本当に何もない整地されたような平野があるだけらしい。
あれから時間が経った。
雄也先輩が口にしなくても、水尾先輩があちこちから聞こえてくる噂を一度も耳にしていないとは思えない。
特に港町という場所は、船乗りさんたちの口は軽く、どこまで本当かよく分からない話もあったのだが、その中にも多く語られたのが、瓦礫すら残らない消失の話だったのだ。
「大丈夫や、生きとる」
「!?」
水尾先輩にしてはかなり珍しい不安げな言葉に、楓夜兄ちゃんは肩に手を置いて、笑顔で力強い答えを返す。
その言葉は妙に説得力があった。
「いや、俺も何の根拠もなく言うとるわけやないんよ。確かに葬送の儀を行うだけなら神祀宮でなく戸外でも可能や。せやけど、ミオが心配しとることもできんことはないと思うとる」
楓夜兄ちゃんは続ける。
「魂を送ることができんのや。心穏やかに送られるならともかく、理不尽な死に対して行き場がのうなった魂は、通常より遥かに強い想いをそこに残す。でも、あの場所にはそれがなかったと俺は聞いとるで」
「なるほど……。『残留思念』は確かにほとんどなかったと聞いている。だから、情報国家は国民は全て行方不明と公表したんだったな」
……ほとんど?
……ってことは、少しはその残留思念とやらが残っていたということでしょうか? 雄也先輩。
「……『残留魔気』なら聞いたことはあるけど、『残留思念』ってなんだ?」
わたしが疑問を口にするより前に、九十九が耳慣れない単語に疑問を呈したほうが早かった。
「言葉から判断すると……、そこに残る想いとかだと思ったけど」
わたしはなんとなくそう捉える。
人間界でもホラー系な話で見覚えがある気がするけど、それとはちょっと違うよね? 多分。
「つまり、幽霊ってことか?」
「ああ、ツクモのそれは、分かりやすい表現やな」
考え方は間違ってなかったようだ。
「人間界で言う浮遊霊や地縛霊、生霊……も同じようなものだと考えられる。魔界人はその体内魔気のためか、強い感情を伴う想いが本人の意思とは関係なくそこに留まることもあるからな」
楓夜兄ちゃんと雄也先輩の言葉で確信する。
「……本当にこの魔界はファンタジーよりホラー要素が強いんですね」
そのうち、幽霊にも会うことがありそうだ。
……嫌だなあ。
あまり、その辺とは関わりたくないのだけど。
「考えようによってはちゃんとファンタジーやと思うんやけど。魔力がそこに記憶を記録として残すわけやから」
「……記録を残す?」
「ん~、人間界で言う立体映像みたいなんが、そこに残っとるわけやから記録でええと思う」
「本当に魔気の塊ってなら、なんで攻撃ができねえんだよ。『残留思念』には魔法攻撃も物理攻撃も効かないって聖騎士団たちがぼやいていたぞ」
水尾先輩は知っていたようだ。
だけど……。
「……人の想いに攻撃すんなや、魔法国家」
ちょっと復活した水尾先輩に思わず突っ込む楓夜兄ちゃん。
でも、確かに幽霊が魔力でできているなら、攻撃が効かないというのは何故だろう?
「『残留思念』に攻撃できない理由として、先程クレスが口にしたように、そこに残された記録だからという話がある。ただ、『残留思念』と呼ばれる存在と会話が成り立った例もあるから、それが正しいかは判断できないところだな」
おおう。
既にちゃんと検証されていたのか。
どこの世界にもオカルトが好きという人間はいるようだ。
雄也先輩の言葉を聞きながら、わたしは思わず感心していた。
「本当に『残留思念』が記録じゃなく本物の幽霊なら……、それでも良いから会いたいって思っちまうのは……、私が弱いせいかな」
幽霊という存在が苦手なはずの水尾先輩はポツリとそんな言葉をこぼす。
それは彼女にしては酷く珍しい弱音だった。
「生きて会えた方がもっとええ」
「……そうだよな」
楓夜兄ちゃんの言葉に水尾先輩がどこか力なく笑う。
でも、わたしはそんなことを言いたくなってしまった水尾先輩の気持ちも少しだけ分かる気がした。
もう会えないなら生きていても亡くなってもそんなに大差はない。
既に会えないことが確定してしまっているのだから。
生きていればいつかは会えるなんて言葉があるけれど、それは同じ世界にいればこその話だ。
既に違う世界で生きている以上、その確率すらなくなってしまうことを、人間界で育ったわたしは痛いほどよく知っている。
わたしはあの世界に友人たちと数々の思い出を置いてきた。
もし、「残留思念」というものが人間界でも生じるのなら、最後の夜に九十九と廻り巡った場所のいくつかに、わたしの思念は未練がましく残っていることだろう。
それらが悪霊化していなければ良いのだけど。
母だけがいれば良いと言った娘といつかどこかで会った覚えがある。
でも、確かに母は大切な存在ではあるが、友人とはやはり違う。
わたしは母だけじゃ足りない。
母だけいれば満足って年齢でもないのだろうけど、そう思ってしまうのは、わたしがやはり欲張りだということなのだろう。
「どうした?」
わたしの様子に気が付いたのか、九十九がそう尋ねてきた。
「九十九も、『残留思念』で良いから会いたい人っている?」
「いる」
まるで答えを準備していたかのような即答だった。
「おや、意外」
「オレにだって人の感情はあるんだが」
九十九はどこか不服そうな顔でわたしを見る。
「いや、会いたい人がいるのはおかしくないよ。九十九は身内を亡くしているからね。わたしが『意外』と言ったのは、それを隠しもせずに即答したこと……かな」
九十九は素直に見えるが、内面を隠す部分もある。
格好つけるわけではないのだが、本来は無理だけど、もしも願いが叶うなら誰かに会いたいというちょっと弱音に近い感情は素直に口にしないだろうなと思っていたのだ。
「身内を……?」
だけど、九十九は何故か疑問符を浮かべた。
「あ、ああ。両親やミヤドリードについてはそこまで会いたくはないな」
「へ?」
「オレにもいろいろとあるんだよ」
そう言って、九十九は別の方向に顔を向ける。
どうやら、これ以上突っ込まれたくはないらしい。
でも……、九十九が亡くなった親や師以上に会いたい人って誰なのだろう?
わたしは暫くその疑問に頭を支配されるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




