魔法が解けて夢から覚める
校門の通行止めを解除した後。
わたしたちは坂の下にある喫茶店ではなく、そのもう少し先に進んだ所にあるファミレスに来た。
「何故にファミレス?」
「確かに喫茶店なら校則違反でも、ファミレスには特にそんな制限等の規定がないからでしょう」
わたしの疑問に、あっさり高瀬が答える。
「桃源郷はどうした?」
九十九が少しばかり不機嫌そうに言う。
女3人に男1人。
周りが男性ばかりの中にいる女性1人より、周りが女性ばかりの中に男1人の方が居心地は悪いだろう。
「おや、笹さん。恵奈の言葉を信じたの?」
「し、信じてたわけじゃないけど! ちょっとは、変わったところに連れて行かれるかな、とは期待はしてしまった」
「仮にも彼女の前でそんな風に動揺しては駄目だよ、笹さん」
高瀬の言うとおり、九十九は少し慌てた感じがする。
九十九は日常生活でどんな桃源郷を思い描いたんだろう?
魔界人だから本当に理想郷を信じちゃったのかな?
簡単に行くことができないから遠い理想郷って言うのにね。
……あれ?
遠くにありて思うのは故郷だったっけ?
「私は嘘を言ったつもりはないけど? 笹さん。私たちが心から幸せになれる話題提供をお願いするね」
「そうそう。私たちに内緒で付き合いを始めた報い……、もとい報告をして頂こうと言う恵奈の意見には私も大賛成だよ」
「……って、お前らが楽しいだけの世界かよ!!」
「「当っ然」」
声を揃えて答えたワカと高瀬による極上の笑顔に対して、九十九はがっくりと肩を落とす。
彼女たちは、心底この状況を楽しんでいるか、隠し事をされていたことに対して心底怒っているかのどちらかだ。
多分、両方だろうけど。
別に隠し事をしていたわけじゃないんだけどね。
「九十九、諦めよう。この二人相手にジタバタしても無駄だから」
「ぐぐ……」
案外、九十九は諦めが悪いようだ。
でも、こうなった以上は仕方がないから、精々、お互いにボロを出さないようにこの場を乗り切ろうか。
それから、暫く、注文した品が来て、それを綺麗に平らげるまでは当たり障りのない、日常会話が続いた。
それは小学校にあった思い出話だったり、つい最近、学校であった話だったりといろいろで、このまま、無難に進むかなと期待したが、それはやはり甘かった。
「……で、なんで今更?」
最初に切り出したのはワカだった。
お皿が空になり、テーブルには飲み放題のドリンクのみとなった時、堪えきれなくなったように、彼女は口を開く。
「今更……って。別に良いだろう?」
九十九は不機嫌さを隠さないまま答える。
「良くないよ、笹さん。今の今まで連絡の取り合っていなかったのに、何故いきなりそんな関係になるのか、納得がいかないのよ」
まあ、疑問に思うのも当然だろう。
わたしの身近にいる人間、特にワカが一番、その疑問があるはずだ。
別のクラスである真理亜ですらどこか半信半疑だった。
2人は、わたしに好きな人っぽい存在がいたことを知っているから。
あっさり祝いの言葉を言えた高瀬の方がわたしは不思議なくらいなんだけど、その彼女はワカと九十九の会話を黙って聞いている。
それも、どこか楽しそうに。
「長い間会ってなかった友人。お互い、彼氏彼女がいなくてフリー。話をしているうちに……と、なっても別に、可笑しな話ではないと思うが?」
九十九はそんな「設定」を口にする。
「おかしい。笹さんは3年会ってなかったらまだよく分からないけど、高田がそんな会ったばかりの男に『はい、付き合います』って簡単に言うほど軽い女じゃないのはよく知っているから」
「全然、見知らぬ人間だったらそうかもしれないけど、ガキの頃から知ってる相手だぞ?」
「3年経てば別人も同然だと思うけど」
九十九の言い分は、ワカにあっさり否定される。
実際、わたしも九十九も、すぐにはお互いのことが分からなかったのだ。
その点において、彼女の言葉を否定はしにくい。
それでも、わたしからも意見は言っておかなきゃいけない。
「……ワカは、九十九が変わっているように見える?」
「いや、全然。笹さんは割と大きな変化はしてない気がする」
反応を探りながらのわたしの言葉にあっさりと返答する。
でも、ワカはこう続けた。
「でも、まだ会って少しばかり会話した程度だからね。正直、判断できないというのが正直な気持ち」
ワカは慎重に言葉を選びながらも続けていく。
「今は、小学校の頃の同級生として接しているから、懐かしさで変化は見えない時期だと思う。ほら、クラス会とかに大人たちが皆その時代に戻るっていうじゃない。でも、実際、付き合いだしたら魔法が解けて夢から覚める可能性はある」
そして、「残念だけど、人は変わるものだから」とワカは言葉を続けた。
その後に続いた言葉よりも、「魔法が解けて、夢から覚める」というそちらの方がわたしの胸には突き刺さった。
その言葉は、今は、魔法がかかっているために夢を見ていられる。
……そ~ゆ~意味にもとれるのだ。
ワカにそんなつもりはなくても、今のわたしの心を揺らすには十分だった。
「そうだね。夢はいつか覚めるものだと思うよ。でも、それって納得できかない結果になるのなら、単にわたしの男を見る目が無かったってことだね」
思わず、揺れてしまったわたしの言葉が、ワカに対して若干の棘を含む。
「うげ。そう返すか、この女。可愛い身長の見た目に反して本当に良い性格してるわ~」
「……何故、今、身長の話を今する?」
ワカはわたしのことを心配してくれている。
だから、今は言葉が少しだけきつくなっているのだろう。
それに見た限り、本気で九十九を疑ってるわけではないみたいだ。
本当に疑念があるなら、ワカはこれぐらいで退いてはくれないから。
わたしとしては、彼女のその気持ちは素直に嬉しく思う。
でも、九十九の気持ちも考えると、ここでわたしが大人しく聞いているわけにはいかない。
彼だって、好きでわたしと交際していると口にしているわけじゃないのだ。
嫌われてはいないと思っているけど、再会したばかりでそこまで好きではない相手を、人前では彼女として扱わなければいけない状況なんて、かなりの女好きでない限り、あまり嬉しくはないことだろう。
それに、少なくとも彼には、本物の彼女という存在があったことがあるらしい。
どうしても、本物と便宜上の彼女では、その違いが出てきちゃうんじゃないかな?
そんなわたしと、ワカの遣り取りを聞いて、九十九が溜息混じりにこう言うのが聞こえた。
「女同士の会話ってこんなに怖いのか?」
「いやいや甘いね、笹さん。こんなのは軽いジャブの応酬程度だよ」
そう答える高瀬の顔はやはり笑顔のままだった。
「オレには、ヘビー級の右ストレートが顔面に突き刺さったり、強烈なボディブローが腹にめり込むイメージだ。こんな会話を続けてたらオレの胃腸が保たない」
「私の身内は割とこんな人種が多いけど、その内の一人である恵奈に呑まれない高田が特殊なのかもしれないけどね。普通、中3の少女って言うともっとかわいらしい話をしているとは思うよ」
高瀬がくすりと笑う。
いや、あなたも中3女子ですよね?
「え~? でも、私は可愛い会話も好きだよ~? 具体的には、他人の恋バナとか?」
ワカが、するりと二人の会話に入っていった。
ワカは不思議と誰かと会話をしながらでも周りの会話を聞いていたりする。
この言語処理能力のすごさは有る意味魔法なのかもしれない。
「他人のかよ」
「自分の恋バナには面白味と新鮮味がないんで、他人のちょっぴり刺激的な恋の話を聞きたいと思う乙女心なのですよ」
「相手は刺激以上の打撃受けるけどね」
話が変わったのをこれ幸いと、わたしも混ざった。
「失礼な。打撃を与える気はこれっぽっちもないのに。高田はいつも私を悪者みたいに言う」
どこか拗ねたように言うけれど、わたしは間違っていない。
「与える気がなくても与えてしまうところが我が従姉妹殿の恐ろしいところだね」
「高瀬ほどじゃない」
「いや、私は、口撃する気があってしているんだから、恵奈とははっきり違うと思うよ」
さらりと笑顔のまま口にされたその言葉は、その場の空気を凍らせるには十分だった。
もし、冷凍魔法というものがあるのなら、こんな感じなのかな?
「ん? 3人ともどうかした?」
そうやって笑顔でそう言う彼女こそ最強だと思うのはわたしだけだろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございます。




