城下で消える妹
今回、主人公たちは出てきません。
ストレリチア城の裏手、様々な神々を祀っている神殿が建ち並んでいる通りに、二人の青年の姿があった。
そこにはひっそりと木々に隠れるように門が存在している。
そしてその門を通り抜けると、庭園を介し城内にある大聖堂へと続く通路に繋がっていた。
しかし、その存在はこの国でも一部の人間しか知らない。
そんな隠された門を背にその男たちは立っていたのだ。
その二人は黒を基調とした飾り気がない装束に身を包み、その長い髪を後頭部で高く束ねている。
それは、この国のどこにでもいる「見習神官」の装いだが、その立ち振舞いから神官をよく知らない人間でも彼らをただの「見習神官」とは思わないだろう。
それだけ目立つ容姿をしているのだ。
それが、一人なら気にならないだろうが、そんな存在が二人もいる。
わざととしか思えないのだが、当人たちはそこまで自分の見目に拘っていないため、その部分について、問題視していなかった。
しかし、この国の神官たちは修行の身。
多少の違和感は頭の隅に追いやり、これも神により課せられた試練だと思い、彼らを視界に入れないようにしていたのだが、そんな神官たちの努力を勿論、二人とも知らなかった。
「我が妹ながら、見事な手腕だな」
黒く長い髪をなびかせ、濃褐色の鋭い瞳をさらに細めた青年は、呆れながらもどこか嬉しそうに呟く。
「お前もそうは思わないか? ラーズ」
通りに視線を向けたまま、黒髪の青年はすぐ傍らに立っている青年にそう問いかけた。
濃藍の長い髪、深く青い瞳を持つ青年は近くの神殿を見つめ、その表情を崩さずに答える。
「確かにお見事ですが、ミーヤ様のお立場を考えますと、あまり褒められたことではないと私は思います」
その言葉からも、表情からも彼の感情は読み取れない。
一見、咎めたような台詞ではあるものの、彼は真実を述べているだけで、そこに特別なものは含まれていなかった。
「あの娘は何も考えていないわけではない」
黒髪の青年は、ラーズと呼ばれた青年に視線を向ける。
「神官たちの出入りが少ない時間帯、そして人目につきにくい道を選んでいる。さらには目立たぬ装い。当人なりに周りに配慮している。あの娘がいつもの服では大騒ぎになってしまうだろうからな」
「それらは周囲への心配りというより、自身の目的のために円滑な手段として選ばれていると考えます」
濃藍の髪の青年の口は淡々と真実を紡いでいく。
「……それにこの二週間。短時間で捕獲……、いや、保護できる所にはいてくれる。それに、見つかれば素直に連行……ではなく、同行に従う。あの娘が本気になれば、情報国家ですら追跡不可能な場所まで逃亡……もとい、身を隠すことも可能なのに」
「ディーン様。随所に本音が隠しきれていません」
「見逃せ。俺も城下に出て少しばかり気が緩んでいるようだ」
ディーンと呼ばれた黒髪の青年は、眉間に深いシワを寄せながら手で口元を押さえる。
「いえ、この城下ではそれぐらいが丁度良いと思われます」
そう言いながら、ラーズと呼ばれる青年は手のひらを上に向ける。
魔法を発動させる仕草に見えるが、そこには大気魔気が収束するなど魔法の気配はなかった。
そして神官たちが使用する法力の気配でもない。
このような所ではそれらがどれだけ注目を集めてしまうか彼らは知っていた。
だから、周囲に気づかれない手段、何より、対象者本人に見つからない方法をとるしかない。
「こればかりは、他の人間に任せるわけにはいかないからな。多忙なお前を使ってばかりで悪いとは思うが……」
「いえ、今の状況では仕方ありません。アリッサムへ奇襲攻撃をした団体の所属が分からないため、どの国も疑心暗鬼の状況です。大陸間を結ぶ定期船は止まっていますが、他国の人間が入国する手段はいくつかあります。外部より、神官を装って侵入することはたやすいでしょう」
「どの国の神官も分け隔てなく受け入れる体制が、こんなことになるとはな」
少し前のことだ。
フレイミアム大陸の中心国だった魔法国家アリッサムが一夜にして消滅したのだ。
本当に何の痕跡も残さずに消えてしまった。
魔法国家というその名の通り、この世界で一番魔法に明るく、その部分に関しては他の追随を許さなかった国がなくなった。
それも、同じ大陸にある隣国にすら気取られず、さらには世界の全てを監視下に置いているとされる情報国家イースターカクタスの目すら盗んだというその事実は、世界中を震撼させるには十分だったことだろう。
多くの国は、定期的に航行させていた輸送船を含めた他国との交易をまず中止した。
個々で動いている行商人の往来までも止める国は少なかったが、特にアリッサム隣国の国々は徹底して国外からの出入りを拒絶し、その排除に努めたと聞いている。
そして、どこに敵が潜んでいるか分からないまま、一月が過ぎる頃、襲撃犯はすぐに対外との連絡を断った隣国のいずれか、もしくは魔法とは別種の力を持っている法力国家ストレリチアが疑われるようになった。
勿論、そんな証拠がない以上、どの国もそんなことは表立って口にはしない。
陰ながら噂話という建前で「本当かどうかは分からない」「聞いたところによると」などの枕言葉を付けながら、話を広めていく。
そうなるとアリッサムの隣国はますます殻に閉じこもるようになっていった。
だが、ストレリチアは違った。
国の潔白を叫び、定期船こそ他国との関係もあるため休航に踏み切ったが、国外からの巡礼を含め、その門戸を決して完全には閉じなかったのである。
尤も、その行為によりさらに疑われた面もあるが、法力国家の国王もそして神官最高位の大神官も臆することなく自国の考えを貫いたのだった。
「このような世界情勢で我が国が他国の交流を完全に絶ってしまえば、やはりやましいことがあるからだと疑われたことでしょう。国王陛下の英断だったと思われます」
「それは俺も思う。ある程度の事態は自国での対処が可能だという自信の裏付けがあってのことだが。しかし……、こうなってしまうと、他国受け入れも考えものだな」
黒髪の青年は大きく息を吐いた。
「ミーヤ様はあの頃を詳しくはご存じないですから仕方がないかもしれません。あの方がお戻りになられた頃には多少、状況も落ち着いていました」
「そんな状況を把握できないタイプの娘だとは思えないが……」
黒髪の青年は呟く。
これは兄の欲目というものではなく、これまで彼女を観察してきての結論だった。
無論、身内と言うこともあって、多少の甘さがないとは言えないが、たとえ他人であっても彼は同じ評価を出したことだろう。
即ち、「彼女は全てを理解した上で動いている」と。
「しかし、教育係もさじを投げてしまうほどの状況というのは、少しばかり問題だな」
黒髪の青年はため息を吐くしかなかった。
彼女の教育係はこれで5人目。
たった二週間で4人の教育係が「一身上の都合により……」と辞退を申し出て、今、また5人目の教育係も頭を抱えているところだった。
教育係の悩みどころとしては、彼の妹の出来が悪いのではない。
彼女は時間内に課題をこなした上で、教育係の前から姿を消すのである。
課題を終えてしまっているため、教育係に強制的に拘束する権利はない。
さらに問題なのは、難題であっても、大量であっても、出されたものに対して及第点にあるのだ。
これでは教える側も何も言えなくなってしまう。
「課題に関して言えば、あの方の理解力と答えを探し出す検索能力が優れているということなのでしょう」
「そういった能力は別のところで発揮してもらいたいのだが……」
兄としても、そんな出来の良い妹を高評価したいのだが、その後が胸を張れない。
能力の使い所を間違えているというやつである。
黒髪の青年はもう何度目か分からない溜息を吐くのであった。
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