護衛としての覚悟
「始動機の操作とともに変わってもらえますか? この状態って結構、重いんですよ」
現れたクレスノダール王子に対して、オレは素直にそう言った。
「そんな無粋なこと言わんと、ちょっとぐらい寝かせたり。嬢ちゃん、眠れてないんやろ? 一昨日、昨日と可愛ええ顔が台無しになっとった。今は……かなりマシになったみたいやな」
オレの肩に頭を預けている高田の覗き込み、クレスノダール王子は満足そうな笑みを浮かべながらそう言った。
「王子殿下は年上がお好みだと思っていましたが……」
高田はどう見ても年上タイプではない。
同じ年齢のオレから見ても年下タイプだと思う。
「……? ああ、好みと美意識は別モンやろ。好みやのうても、可愛ええモンは可愛ええと思うで。それにしても、異性の布団になれる状況というんはなんや羨ましいものはあるな」
オレの言葉をどう解釈したのかクレスノダール王子はそう言った。
「布団と言うより座椅子ですし、しっかり眠られているわけですが」
「眠る言うんは、安心感がなければできんもんやろ? 信用、信頼の先にあるもんや。少なくともその場所は、嬢ちゃんにとって布団より寝心地がええんやろうな」
「そこは嬉しくないです」
寝具や家具扱いはちょっと嫌だ。
せめて、人間扱いして欲しい。
「男冥利に尽きる話やと思うけど」
クレスノダール王子は揶揄うようにそう言った。
「男として扱われてなくてもですか?」
「……男として扱われたいんか? なんや意外やな」
クレスノダール王子からそう言われて……、少し考える。
確かに男として変に意識されてしまうよりは、空気のように扱ってもらった方が守る側としてはかなり都合が良い。
「意識されるのは困るけど、全く意識されないのも複雑な心境というか……」
「なるほどな。なかなか正常な反応や。多感な年頃やモンな」
「オレだって人並に異性への興味はありますから」
確かに魔界に来てからほとんど縁はないが、女に全く興味がないなんてスカしたことを言う気もない。
「でも……、真面目な話、嬢ちゃんとおったら他の女にちょっかいをかけるなんてムリやろ」
「それは……確かに」
想像してみる。
どんなに近くに好みのいい女がいても、オレが優先すべきはこの少女だ。
余所見などできるはずもない。
大体、目を離すとどこに行くか分からんような女だぞ?
一瞬の油断で取り返しがつかなくなることがあるのも、これまでの数ヶ月でオレは理解しているのだ。
「せやけど、『発情期』もそろそろやないか? もう15やろ? あまり猶予はないと思うで」
クレスノダール王子の言うとおり、オレも多感な時期だ。
そろそろ、その「発情期」を意識する必要がある。
この「発情期」というのは、魔界人の男限定の症状だ。
年頃になっても異性との接触がなければ、本能が無理矢理近くの異性を意識させ、行為に及びたくなるという割ととんでもない話。
何故、男だけに起こるのかは分かっていない。
だが、問題はそこではなく、近くにいる異性がその対象となってしまうところにある。
現時点でオレの近くにいる異性は二人しかいないのだから。
「その時は観念して、素直に『ゆめ』にでもお世話になりますよ」
オレはそう言った。
あまり気は進まないがこればかりは仕方がない。
「…………」
だが、その言葉をどう受け取ったのか、クレスノダール王子は奇妙な顔をしている。
「どうしました?」
「いや、妙にあっさりやなと思って」
「ずっと考えてはいることなので。今のままでは、守るべき相手に危害を加えることになりかねませんから」
それだけは絶対に避けたい。
「ツクモも嬢ちゃんを異性として意識はあまりしとらんようやな」
「護衛が意識していたら大変だと思いますが?」
恐らく身が持たなくなると思う。
下手をしたら、護衛が一番危険な存在になってしまうのではないだろうか。
「ちゃうちゃう。一般的な視点でちゃんと意識しとった方がええ」
「一般的な視点?」
「ミオルカもそうやけど、王族の女子はそれだけ魅力的なんや」
「……身分的な意味で?」
確かにオレはその辺よく分かってない。
どちらかというと自分より身分が上の女は面倒なだけだと思うのだが。
「次世代の魔力底上げにかなり期待できるんは、中途半端な立場の人間にはかなり嬉しいはずや。無理矢理コトに及んで運良く子供ができたら大儲けやしな」
「……は?」
無理矢理ヤッて子供ができたらってどういうことだ?
意味がわからない。
「国によっては、自身に魔力が少なかったりする場合、後継ぎ候補から外れることがあるんや。それを避けるためには子供に分かりやすく魔力があればええ。それも突然変異やのうて、しっかりした血筋なら尚、ええわ」
「次世代への継承のために……?」
「せや。セントポーリアの王子が分かりやすいやろ。彼も魔力は強いとは言い難い。嬢ちゃんに目を付けるんは当然やな。王族の血も濃くなるし」
「セントポーリアの王子殿下以外にもそんな行動をしそうな人間がいるってことですか?」
オレは警戒しなければいけないのはあの王子だけだと思っていたが……、それは甘い考えだと告げられる。
それも、「他国の王子」という立場にある人間によって。
「もしかしたら、そんな人間の方が多いかもしれへんわ。魔界人にとって、魔力は一種の社会的地位を表す部分もあるさかい。魔力が少ないだけで他から侮られることもあるで」
「それは、高田の魔力の封印解呪を早くして自衛手段を身につけさせないといけないってことですね」
「封印解呪して、強力な魔気を身に纏いだしたら嬢ちゃんは確実に今より目につくようになる。魔力が強いのにかなり無防備な娘。格好の獲物やわ」
そんな心配はしたことがなかった。
高田は幼い容姿だし、その辺の危険はあまりないと思っていたのだが……。
「嬢ちゃんも成長する。後5年、いや、2,3年で十分やな。まあ、幼い容姿を好むような人種にとっては現時点の方が理想的なわけやけど……」
「どの世界にも少女趣味はいるということですね」
確かに自分の趣味と他人の好みが同じワケでもない。
そう考えるとこんな風に男の傍で簡単に眠るような人間はかなり危険なのではないか。
「女性側は分からへんけど、男側からしたら最低限の外見があれば十分やからな。確かに嬢ちゃんは小柄やけど見た目が極端に悪いわけやない。魔力はあっても封じて組み伏せるだけで十分手籠めにできるわ」
「ある意味中身重視だけど……、それは酷い」
人は外見じゃなく中身だと言うが、それは本来、こんな意味ではなかったはずだ。
「人間界と違うてここは魔界やからな。能力が全てや。そして、魔力は特殊技能の中でも分かりやすい。うまくいけば、強い魔力に影響されて自身の魔力も上がる可能性もある。性格なんて付属品を気にせん結婚なんて山程あるさかいな。子を産ませるだけの婚儀だって珍しくはないで」
それはかなり酷い話だと思う。
だが……、理屈として分からなくもない。
「公安を務める兵とかは?」
人間界でいう警察のように犯罪の取り締まりをしているはずだ。
誰もが好き勝手していたら秩序が保たれないのだから。
「先ほど言ったように能力が全て。そのためには何をしてもええ。相手の意思を無視した行為であっても、性欲を満たすだけではなくそこに明確な理由、同情すべき点があれば見逃されることもある。基本、『発情期』での婦女暴行は、どの国でも限りなく無罪に近い」
「……それは、かなり、ひどい」
思わず片言になってしまう。
オレは女じゃなくて良かったと思うが、自分が守るべき相手は女だ。
そんなメチャクチャな考え方をするこの世界で守らなければならない。
「ミオルカの方が嬢ちゃんより魔力が強いやろうから危険はもっと高いはずやけど、彼女はこれらを知っている。魔法国家やからな。自身を利用される危険性を誰よりも知っとるはずや。警戒心も高く、簡単に気を許さんやろう。せやから、嬢ちゃんの方が心配やな」
「そうですね……。こいつ、警戒心が薄いから」
オレは、胸元の彼女に目を落とす。
呑気な顔がかなり腹立たしい。
人の気も知らずにのほほんとした顔しやがって。
頬でもつまんでやろうか。
「ツクモかユーヤが嬢ちゃんを囲っとるんが一番なんやけど」
「……それはムリでしょう。こいつはそんなに大人しい女じゃないから」
どんなに注意しても全く聞いちゃくれない。
そんなやつを手元に縛り付けておくなんてできるわけがない。
簡単に捕まらないから……。
「オレたち兄弟が頑張るしかないんです」
この何も知らない女をなんとかして守り抜く。
それがオレの仕事だ。
「ツクモは……、嬢ちゃんのために一生を捧げる気なんか?」
不意に王子がそんなことを尋ねてくる。
その問いは、昔、師からもあった。
―――― あんたは本気でシオリに一生を捧げるのか? と。
「絶対とは言えませんが、そのつもりはあります」
それは、昔から決めていたことだった。
そして、師に対してもそう答えたと思う。
昔より、明確にその問いかけの意味は分かるが、今更、他の生き方が簡単に見つかるとも思っていない。
「嬢ちゃんが……、別の男を選んでも?」
「感覚が真っ当ならオレや兄貴を選ぶことはないでしょう。別の男に押し付けられるなら万々歳です。相手が無理矢理ヤろうとするようなヤツじゃなければオレも心から祝福できるとは思います」
これは強がりでも何でもない。
面倒なこの女を押し付けられる男は迷惑だろうが、そこは諦めていただこう。
オレたち兄弟の幸せのためにも。
「難儀やな」
クレスノダール王子は困ったように笑う。
「そうでしょうか? オレ自身はあまり苦労とは思っていませんが」
寧ろ、恵まれているとすら思っている。
「その歳で覚悟を決めすぎや。でも、それが本心だとしたら、恐らく、嬢ちゃんも泣くで」
そんなことを言われてもオレの方が困る。
これらはずっと考え続けていたことだ。
今更、他の生き方ができないのと同じで、考え方も簡単に変えられるはずもない。
「ま、その辺についてはこの先の嬢ちゃん次第やな」
そう言って、クレスノダール王子は笑ったのだった。
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