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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

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都合が悪い夢

今回は人によっては残酷描写と思われるものを含みます。

苦手な方は読み飛ばしても問題はありませんが、番外編とも言えない微妙な話です。

 自分にとって都合が悪い夢を「悪夢」と呼ぶのなら、これほど酷い「悪夢」はそう多くもないだろう。


 かなり自分本位で、相手の事情も感情すら無視した子供のような行動で。


 そして……、確実に目の前にあるものを壊すことだけを意識していた。


 いや、ここまで来たら、自分の方が先に壊れていたのかもしれない。


 そこは闇の中だった。視界は確かに暗くても、何をしているのか分からないほどではない。だが、目を逸らすことは許されなかった。


 それがどんなに非道な行いであっても。


 どこまでも自分本位の行いを無理矢理、見せつけられる。


 まるでそれが自分の罪だと言うように。


 ―――― だが、夢と現実は違うのだ。


「うわっ!?」


 必要以上にリアルな夢を視て、思わず飛び起きる。


 明かりが全くない暗い闇の中で目が覚めたためか、どこまでが夢でどこからが現実なのかわからないぐらいだった。


 めまいを起こすほど頭を強く振る。


 その行動自体が根本的な解決になるわけではないのだが、今の自分にはそうすることしかできなかった。


 自省の意味ではない。


 少なくとも目を回している間ぐらいの僅かな時間。

 その間だけは視覚に精神が支配され、気を紛らわせることができる気がしたのだ。


 実際、頭がグラグラして何も考えることができなくなる。


 今の自分はそうすることぐらいしかできないと思いこんでしまうほど判断力が低下していたのだった。


 先ほど視た夢の中の自分は、とにかく酷いとしか言いようがなかった。


 相手の制止の声も届かず、ただ目的を無理矢理遂行しようとする。

 いや、本当はその耳に届いていたはずだ。それは間違いなく断言できてしまう。


 夢の自分と感覚は共有していたのだ。


 その場の視覚は勿論、流れる汗や周囲にあった空気の匂いも感じていたし、自分の手が触れたものばかりではなく、その身体に当たっていたものも感じ取る事ができていた。


 さらには口の中に広がる味すら分かったのだ。


 それなのに間近で聞こえていた声や音が、当事者の自分(からだ)に届いていないとは思えなかった。


 そんな都合の良い話があるはずもないだろう。


 自分と感覚を共有するというのもおかしな話ではあるのだが、それが夢であった以上、そう表現するしかない。


 それでも理解できないことはある。

 それは思考だ。


 自分が何のつもりであんな行動に出たのかは分からなかった。


 いや、正直なところそれについての心当たりはないわけではないが、それがすぐに行動に直結するとも思えない。


 そこに至るまでの過程については視ていなかったので、何故そんな行動に出たのかという答えには繋がらないのだ。


 そもそも、あんな状況になることが普通はありえないのだから。


 先ほど視たものを、単なる夢だと笑い飛ばせば良かったのだ。


 あれは現実ではない。

 だから、あんなことは起こりえるはずもないのだ。


 あんな自分は知らない。

 あんな自分は今まで存在していないのだから。


 だが、万が一。

 いや、億が一でも現実となってしまったら……?


 決して、自分自身を許すことなどできはしないだろう。


 あんな夢を視たというだけでも、自己嫌悪を通り越して自分を憎悪してしまう域にまで達している。


 じっと自分の手を見た。

 この手はじっとりと汗ばんでいるのが分かる。


 汗は額からも流れ落ち、体温がかなり上昇していた。呼吸も酷く短く荒い。

 心臓は早打ちだし、それ以外にも正常ではない症状があちこちに出ている。


 心を落ち着けるべく、目を閉じて大きく息を吸って吐いた。


「――――っ!?」


 途端に思い出される光景。

 一度も見たことがない場所で、響く音が聞こえる。


 そして、涙混じりで制止を懇願する声。

 それを耳にしても尚、決して止まることがない自分。


 むせ返りそうになる衝動をなんとか押さえて短い息を何度も吐く。

 自分にとっては、それほど衝撃的だったということなのだろう。


 ただ夢に振り回されているだけのような気がするが、目が覚めるまで現実と疑わないほどの迫真ある情景だった。


 ただただ気持ちが悪く、吐き気すら覚える。


 再度、大きく吸って吐く。


 暗闇ではあるが、視覚を完全に閉ざす方が良くないと判断し、今度は目を閉じない。

 それだけでも先ほどよりはずっとマシだった。


 耳をすませば、同室にいる人間の規則正しい寝息が聞こえてくる。


 少し騒いでしまったが、起こさなくて済んだことにホッと胸を撫で下ろした。


 それ以外の音は聞こえず、不思議なほど静かな空間だったが、それでも、流石に隣室にいる人間の気配までは感じない。


 この船は、ジギタリス王家の所有のものだけあって、しっかりと防音はされているようだ。そのことに安心する。


 どれくらいの時間、そうしていたのかは分からないが、ようやく呼吸も正常に戻り、異常なほど大きく聞こえていた心臓の音も今はすっかり大人しくなってくれた。


 先ほどより、心の方も落ち着いたようで、安心して再び眠りにつく。


 しかし、その結果はもっと残酷で……。


 そこまでしたのに、次に視たものは先ほどの夢の続きと思われるものだった。


 しかも、その状況は明らかに悪化しており、より一層救いが無くなっている。


 いっそのこと、その場から逃げ出したかったが、夢の中の自分は逃げ出すどころかさらに前に進み出す。


 ある意味、それも仕方がないことかもしれないが、それでも自分は納得できなかった。


 自分を止めることはもう諦めるしかないのだろう。

 これは夢で自分の意思でどうにかなるようなものではないと分かったから。


 抵抗を諦め、観念して素直にこの状況を受け入れる……ことは勿論、できないのだが、それでも、この夢が、目を逸らすことも逃げることも許さない以上、ある程度の覚悟を決めるしかない。


 この先に起こることは容易に想像できるのだから。


 そして、こんな夢での感覚を共有している状況というのは正直、かなり厄介だった。

 その肉を(えぐ)る感覚すらはっきりと分かってしまうのだから。


 それは、かなり強い抵抗があったが、思っていたよりは、すんなりとその相手を刺し貫いた気がする。


 その手応えすら、感じ取れてしまった。


 その場に響き渡る絶叫は果たして、誰のものだったか……。


 ―――― 嫌だ!!


 一度、目が覚めて現実に引き戻されたことによって、一時的に中断したというのは、この状況が夢だとはっきり自覚できた分だけ良かったのかもしれない。


 この酷い行動が、夢と知らないまま続けられていたら、自分の精神がどうかなってしまうところだった。


 それでもどこかに救いを求めて周囲に神経を張り巡らせる。


 そのことが先ほどと違う行動だったせいか、一度目に視た夢とどこかで何かが違うような気はした。


 だが、少しぐらいの差異があるのは当然だろう。

 これは、夢なのだから。


 多少の違和感があったとしても、内容が内容だけにさっきの夢の続きなのは間違いないと思う。


 こんな系統の夢を同じ日に偶然、何種類も視るとも思えないから。


 確かにこんな夢を見てしまう年代なのだろうけれど、それでも、これが自分の願望の一部とは思いたくもなかった。


 だが、本当は分かっていたのだ。


 この夢が未来への警告だってことぐらい。


 このままでは、やがてこの夢は現実となる。


 身体を起こして、頭を抱えたところで何にもならない。


 そんなことをしているようなヒマがあれば、そんな未来が訪れることがないように、全力回避に努めるべきだ。


 それぐらい分かっているのに……、今の自分にはどうすることもできなかった。


 もし、この時点で誰かに相談できていたら、この先に起こることを阻止できていただろうか?


 それは誰にも分からない。


 それでも、目の前であんなに大量に溢れ出る血を見ることにはならなかったかもしれないとは思う。


 だけど、そのことに気付くのは残念ながらもっとずっと後の話。


 ずっと壊れぬよう大切に護ってきたものを、自分の意思で、自分の手で壊すまで、止めることなどできなかったのだから

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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