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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

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護衛として守るべきもの

「まあ、なんちゅ~か。お疲れさん。災難やったんやな、ツクモ」


 交代するために下から上がってきた九十九から、全てが終わった後の話を聞いたクレスノダールは、なんとなく視線を逸しつつ彼にねぎらいの言葉をかける。


 それはクレスノダールが想像していた内容とは少し違っており、どちらかといえば、悲劇よりも喜劇の色合いが強いものだった。


 いや、当事者にとっては間違いなく悲劇なのだが。


「……本当に」

「セドルは少年、少女趣味やからな~。でも、あないな姿は初めて見たわ。いつもは妖艶な姉ちゃんの姿が多いんやけど」


 水尾と雄也はまだ下にある契約の間にいるらしい。


 栞が目覚めていないことも一因のようだった。


「どうせなら、妖艶な姉ちゃんの方が良かったです」


 九十九は年頃の少年らしい感想を素直に口にしたため、クレスノダールは少し微笑ましく思ってしまう。


「まあ、仕方ないわ。ユーヤの言うたとおり精霊の試練やったんや。普通は他人の記憶を見せてくれたりなんてサービス、できてもしてくれへん」

「試練……って、条件を了承後、迷うことなく即、でしたよ」


 あまりの速さに九十九も反応できなかったぐらいだ。


 まさに電光石火の所業であった。


「まあ、犬に噛まれた思うて、はよ、忘れることやな」


 クレスノダールはそう言って苦笑いをするしかない。


 犬……。

 クレスノダールの口から出てきたその単語で、九十九はあることを思い出す。


「クレスノダール王子殿下は……犬、平気なんですか?」

「犬? 嫌いやないよ。どちらかというと好きやな」

「高田の大阪での記憶を……、一部だけ見ました」


 少し躊躇いがちなその九十九の言葉で、クレスノダールも彼の言いたいことを察する。


「……そうか。あれはなかなか壮絶な光景やったやろ」

「犬の生首が飛ぶとか……、ホラー映画みたいでしたよ」

「嬢ちゃんが粉砕した時も、俺らの立っていた場所とは、距離があったさかい、そこまで問題はなかったんよ。暫くは流石に肉とか食べにくかったんやけど」


 そう言って、クレスノダールは困ったように笑うしかなかった。


 あの光景はそう常日頃から思い出したい種類のものではないのだが、いつまでも引きずるほどのことでもない。


 勿論、あの時の自分の詰めが甘かったことと、油断については反省はしなければならないのだが。


「それにあれは俺らが悪かったんよ。傍にいたアイツに、動けない生き物に対してとどめをさしたことを咎められてん。そこで言い争っとったら、あれやろ。お互い猛省するしかなかったわ」

「大神官は殺生を好まないってことですね」

「神官は基本そうやな。生きるものに手を差し伸べるのが神官らしいから」


 そう言って、クレスノダールは肩を竦めてみせる。


 考えてみれば当然の話だろう。

 生き物を簡単に殺してしまうような神官はなんとなく嫌だと九十九は思った。


 人間界なら、悪魔の召喚のために殺生を行うダークサイドな神官がいても不思議じゃないが。


「で、嬢ちゃんの話なんやけど……、セドルは『呪い』って言うたんやな」

「はい。あの精霊の話では……、ですが」

「せやったら……、あまり良くない神様なんやろうな」

「……やっぱり、神ですか」

「セドルが口ごもるくらいやからな。上位の精霊に人間の身体や心はともかく魂を汚染するほどの影響力は難しいと思うで。神様って考えとった方が良いやろうし、分かりやすいわ」


 そうなるとやはり対処のしようがなくなってしまう。

 九十九は頭を抱えたくなった。


「まあ、その辺りのことはベオグラに相談した方がええやろうな」

「ベオグラ?」

「ああ、大神官の愛称や。少なくとも法力国家の方が神さまに対する知識は多いやろうし。だから、そんな暗い顔しとらんと、嬢ちゃんが目を覚ますまでに気持ち切り替えとき」


 そう言ってクレスノダールは九十九の両頬を掴んで引っ張って、手を離す。


「いきなり何するんですか!?」

「不安なんは当人や。ツクモがそないな顔をしとったら嬢ちゃんが不安になるで」

「それは分かっているんです。でも……、いきなり気持ちの整理なんてつけられませんよ」


 少しだけ赤くなった両頬を擦りながら、九十九は落ち込む。


 自分ではどうすることもできないような問題に対して、それでも何事もなく振舞うことができるほど、彼はまだ大人ではない。


「状況は最悪ではないんや。むしろ、ええ方向に転がっとると思っとき」

「え?」

「栞嬢ちゃんは神様の御手(みて)が届かへん人間界へ行って、魔界人の目印になる魔力と記憶の封印をしたった。さらにそこで将来、大神官となる男と出会った上、そこでさらに封印の重ねがけしとる。ここまでは理解できるか?」

「はい」


 もし、あのままずっと魔界にいたなら、あの黒いモノは既にシオリを汚染していた可能性が高い。


 さらに言えば、この王子殿下や大神官との繋ぎなどもなかったと九十九は気付く。


「大神官は人間の中で一番、神様の知識を持っとる言うても過言ではないやろう。せやから、俺らがここで無駄に考えるよりも対策を立てやすいかもしれへん。対抗はできなくても、時間稼ぎの方法くらいは知っとると思いたい」


 確かに知識や情報が少ない状況で考えても打開策などあるはずもない。


「それに……、魔界に戻ってきてからもシンショクが手首だけに留まっとるのはもう一つ理由があると思うんや」

「もう一つ?」


 あの場にいたわけではないが、クレスノダールの言葉は妙に説得力があった。

 九十九は無意識に身を乗り出す。


「シンショクされてるんは左手首やったな」

「はい。そこから黒いモノが溢れていました」


 もし、そのシンショクとやらが全身を覆えば、彼女の全身からあの染みは出てくるのだろうか。


 そう考えると九十九は恐ろしくなる。


「嬢ちゃんの手首には極上の精霊使いがこさえた装飾品に、魔界一の大神官が神気に近いものを込めた最上の御守り(アミュレット)がついとった。絶対とは言えへんけど、多少の効果はあったと思うで」

「あ……」


 九十九が気まぐれで渡した装飾品。

 しかし、アレは……。


「確か、高田自らの手で遠くに投げられたましたよ」


 少し前に彼女自身の手によって、ジギタリスの森に投げ捨てられてしまった。


 その事実を忘れていたわけではないが、実は、それが「呪い」の多少の抑止となるのなら、今からでも探しに戻る必要がある。


「あれなら左手首に戻っとるで」

「は?」

「それだけ馴染んだってことやろうな。あの御守り(アミュレット)はどうあっても嬢ちゃんの元に戻るようになっとる。さらに、普段は意識せんと気づかないほど自然に存在するようになっとった。仮に盗まれたとしても、何らかの形で嬢ちゃんの元に戻ると思うで」

「……それは呪いのアイテムのような効果では?」


 九十九の頭に、人間界で聞いた呪われた道具を装備した時の不吉極まりない音が鳴り響いた気がした。


御守り(アミュレット)が持ち主を認めたということや。そうなると効力がなくなるまでは存在するようになる。一ヶ月に満たない期間でそこまで馴染むってことはかなり珍しいんやけど、呪いの阻止のために御守り(アミュレット)がその効果を発動させ続けとるのかもしれへん」

「あれに……、意味があった?」


 あの時、このクレスノダールとの出会いに繋がった御守り(アミュレット)購入。

 その意味は九十九が考えている以上に大きな出来事だったようだ。


「せやな。ツクモは深い意味なく渡しとったようやけど、それが結果として嬢ちゃんを救っとる」

「……ってことは御守り(アミュレット)を増やせば良いでしょうか?」

「それは止めとき。御守り(アミュレット)には相性があるんや。特に本物……効果が高いものを集めて身につけるとそれぞれの効果が干渉しあって逆に悪影響が出る。まあ、神様や精霊が喧嘩し始めるって考えればええ」

「それは困る」


 知らないところで魔法以外の異能力バトルとか勘弁してほしい、と九十九は想像だけで疲れてしまった。


「せやろ?」


 クレスノダールは人好きのする笑顔を見せた。


「……ってか、なんでそんな凄いものをお手頃価格で売ってたんですか!?」


 話を聞けば聞くほど、九十九の小遣い程度で買えるようなものではない気がする。


 確かに普通の御守り(アミュレット)よりお値段が高かった気はするのだが、ちょっと頑張れば手の届かない範囲ではなかった。


それに、あれだけ目立つものだ。

あの価格帯なら他の誰かが買っていた可能性も高かっただろう。


「アレは我ながら出来が良かったから売るつもりはなかったんよ。でも、リュ……、いや、占術師が……」


 そこでクレスノダールが迷いを見せた。


 そこに出てきた「占術師」という言葉を口にしづらいのだろう。


「彼女が告げたんよ。あの時、あの場所で『本当にそれを必要とする人間が現れる』と。実際、あの店を開いたのは一時間程度でそれなりに人も来たんやけど……、誰もあの御守り(アミュレット)を見つけられんかったんや」

「あんなに目立つのに!?」


 九十九は驚きを隠せなかった。

 彼は、あの場所で、すぐあの御守り(アミュレット)に目がいったほどだったのに。


「せや。俺もそれが不思議やった。かなり会心の出来のはずが見つけたんは九十九だけやなんて自信なくすとこやったわ」


 クレスノダールは溜息を吐く。


「でも、水尾さんなんて、高田の手首を見てかなり食い気味だった覚えが……」

「それでも……、嬢ちゃんが口にするまでその存在に気づかんかったらしいで」

「言われてみれば……」


 あの魔法感知に優れている水尾が、栞が御守り(アミュレット)を身に付けていたことにすぐに気付かなかったのだ。


 雄也は気付いていたと思うが。


「つまり、あの御守り(アミュレット)は嬢ちゃんの所に収まるようになっとったわけや。優れた武具防具は持ち主を選ぶって聞くけど、装飾品でもそれが起こるなんて不思議やな」


 それは、その御守り(アミュレット)にそれだけの効果があるってことの証明にほかならないのだはないだろうか。


「そして、今、目指してるストレリチアは法力国家や。呪いに関する情報も探せるかもしれへん。偶然も重なれば必然や。少しでも前向きに探そうやないか」


 それを聞いて九十九は僅かながらも希望が出た気がした。


「楽観的になるのもどうかと思うけどな。悲観的になりすぎるのも考えものや。ツクモは護衛やろ。そんなら嬢ちゃんの心も守ったらなアカンで」


 その言葉が先ほどまでの話の内容と少し重なって、少し硬い表情ではあったが九十九は確かにしっかりと頷いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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