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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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正門は通行止め

「うっわあ……」


 その光景を見るなり、わたしは思わず言葉に詰まった。


 念の為に見間違いじゃないかどうか何度もまばたきをして、さらには手で目を擦ってもみたけれど、残念ながらその状況に少しも変化はない。


 どうやら、見えているのは現実のようだ。


「え? わたし……、本当にあの場所に行かなきゃいけないの?」


 思わずそう言いたくなるわたしの気持ちもどうか察していただきたい。


 わたしの視線の先、正門や校門と呼ばれている学校の出入り口付近には、2人の男女の姿があった。


 まず、男子生徒の方は、この中学と制服の色が違うため、一目で他校の生徒だと分かる。


 学校の入口から入ってすぐ正面の丸い花壇の中に「関係者以外は立入禁止」という看板があるためか、彼は律儀にそれを守って敷地外に立っていた。


 そして、その少年の顔はどう見ても、九十九にしか見えない。

 それ以外の何者にも見えなかった。


 再会前ならともかく、再会した後に見間違えるほど、わたしの記憶力はポンコツではなかったようだ。


 それに対する女子生徒は、わたしと同じ制服に身を包んでいる。

 早い話が、先ほどこの場所に向かっていたワカだった。


 彼女の方は敷地内に立ち、そこから彼と会話をしている。


 ここからでは少し距離があり、会話そのものが聞こえないため、その詳細な内容は分からない。


 ただ、ここからお互いの表情を見る限り、あまり平和的なお話し合いという感じがなく、その見方によっては、交際中の男女が一触触発の雰囲気を漂わせているように見えなくもない。


 そして、さらには、遠巻きからそれを窺っている数人の我が校の生徒たちの姿がある。


 その生徒たちは、校門にいる彼らのすぐ近くではなく、少し距離があるというところが大きなポイントだろう。


 あの場所が気になるけど近寄りたくないという心情がなんとなく伝わってくる。

 その気持ちは分かり過ぎてしまうほど、よく分かる。


 しかし、この状況の最大の問題点は、九十九とワカが校門を挟むような立ち位置で会話しているため、その場所は通りにくくなっているという部分ではないだろうか?


 なんでわざわざ斜めの位置取りになっているかは分からない。


 九十九が敷地内に入れない以上、せめて、ワカが外に出て対話をすれば、問題は一気に解決すると思うのに。


 あの二人の間は車二台分の距離が空いているが、少しでも近寄れば、互いに感情を爆発させて論争を始めそうに見えるあの微妙な空間を「ちょいとごめんなんしょ」と、通り抜けられるような神経の太い人間はあの場にいないようだ。


 あるいは、既に通り抜けた人間がいて、残っているのはそこを通る勇気がない生徒たちだけとなったかもしれないが、後から来たわたしにはそこまでの判断はできない。


 先ほど真理亜から聞いた話では、校門に人目を引く格好いい男子生徒がいた、というだけだった。


 だが、ワカの出現により状況が変わったのだろう。


 格好いい見知らぬ男子生徒ではなく、見知った誰かの彼氏なら、周囲の興味の質も変わってくるだろうから。


 そんな風にいろいろと状況を確認し、推測した後、改めて思った。


 なんと通過しづらい校門なのだろう、と。

 会話するのは勝手だが、せめて、場所を変えて欲しい。


 それが、ここにいる人間たちの共通の願いだろう。


 いや、わたしもちょっとだけ嫌な予感はしていたのだ。


 真理亜から、校門にいる他校の男子生徒の存在を聞いた時、不意に頭をよぎった考えがあった。


 ワカが九十九と会えば、絶対に絡む、と。


 悪い方面で外れることがない自分の勘にため息が出てしまう。

 だから、心構えのために時間が欲しかったのだ。


 しかし、しっかりと心の準備はできていても、わたしがこの場で適切に対処できるかは別問題だろう。


 嵐が来ると知っていて、そのために備えはちゃんとしていても、近くの川が増水することが避けられるわけでもない。自然災害相手に人間は無力なのである。


 そして、そんな力無き人間であるわたしがとれる手段としては、他の生徒と同じように遠くから見守ることだろう。


 頑張れ、九十九! ……と。


 ……うん、分かってるよ。


 何も知らない無関係な生徒たちならともかく、どちらにも関係があるわたしが逃げるのはダメだよね。


 しかも、九十九に関しては、わたしが理由でここに来たわけだし。


 仕方なく、覚悟を決めてわたしは2人に向かって進み出した。

 自分の足がいつもより重い気がする。


 でも、ここで逃げるわけにはいかない。


 ある程度、近付くと、よく通るワカの声が耳に入ってきた。


「だから~、笹さん? なんで高田と付き合うことにしたわけ? 3年だよ? 高田も変わってるかもしれないのに……」


 なんか、どこかで似たような台詞を聞いた覚えがある。


 今朝、ワカがわたしにした会話を、今度は九十九にしているようだ。


 わたしたちが「付き合いだした」ということを、彼女は双方の言い分を聞いて判断しようということなんだろう。


 ……まあ、本当に付き合っているわけではなく、(仮)という言葉が付くのだけど。


 いや、正しくは、(偽)かな?


 実際、本当に男女交際する気がないのだから。


「若宮には関係ないだろ?」


 ワカの質問に対して、九十九はかなりめんどくさそうに答える。


「あるわよ。大有りよ! 私はあの子の友人。だから、余計な虫がつかないように見張ってるんじゃない」

「蚊取り線香かよ」

「なんで、そんなに発想が古いかな~。やっぱり今は電子蚊取り器よ! スイッチひとつでポロリと落とす! ……首を」


 ボソリと物騒なことを黒い微笑みで呟くワカ。

 ブラックジョークにもほどがある。


「いや、否定しろよ。そして、そっち方面に話を膨らますな。……って、首!? そんなもんが落ちる時点で、そりゃ蚊取り器の仕事じゃねえ!」


 九十九は突っ込みに忙しい。


 明らかな冗談だから無視すれば良いのに、それはできなかったようだ。


「うんうん。良いね、笹さん。突っ込みは大事よ~」

「若宮がボケ倒すからだろうが!!」


 笑顔で頷くワカに対して、更に声を張り上げて突っ込みを入れる九十九。

 わざわざ反応してしまう辺り、彼も難儀な体質だね。


 それにしても……、わたしが来るまで彼らはずっとこんな調子だったのだろうか?


 思ったよりノリが軽かったことは救いだけど、周囲の生徒たちが通りにくいことには変わりない。


 傍目には交際中の男女のじゃれ合いだった。


 ああ、それで、困った顔だけじゃなくて、少し恨みがましい視線も混ざっているわけだ。


 この正門に対して、裏門もあるけれど、そこは階段が長く急なため、部活動のトレーニング以外で使用されること以外はあまりない。


 わたしも引退するまではお世話になったが、かなりきつかった。


 そして、ここにいる生徒たちはそちらを選びたくはないようで、完全に足を止めている。


 でも、流石にこの2人をそろそろ止めるべきだろう。

 緊迫感がないけど、実は明日が公立高校入試日だ。


 一、二年生はまだ午後の授業中で、この場にいるのは主に三年生。


 私立専願や推薦で内定をもらっている生徒たちばかりなら良いけど、どう考えても早く帰りたい生徒の方が多いと思う。


 わたしは観念して、2人に声をかけることにする。


 演劇部だったワカはともかく、わたし自身は目立つことがあまり好きじゃないけれど、他に解決策が思いつかない以上、仕方がないよね。


「そこのお二方。元気が良いのは結構だけど、そんな風に校門を塞いでいると通行の邪魔だよ」


 しかし、わたしが声を掛ける前に、九十九の後方からそんな天の声、もとい、彼女の声がした。


「「「あ」」」


 わたしたち3人の声が重なる。


「いや~、仲がよろしいのは悪いことではないともは思うけどね。それで、周りの方々に迷惑をかけてしまうのは自分勝手以外の何者でもないかとも私は思うよ」


 視線の先には、ここの制服とはかなり違ったデザインの制服を着た1人の少女が良い笑顔で立っていたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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