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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

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これまでのこと これからのこと

 自分が護らねばならないはずの少女が、オレと出会う前、いや、産まれる前から強い「呪い」を受けていると告げた精霊は、何故か全然関係のない話を口にした。


 それは、オレと水尾さんとの出会った時のことだと思われる。


「あ、あれは……」


 精霊の言葉で水尾さんの目がかなり泳いだ。


「ああ、あれか……」


 水尾さんはオレと初めて会った時に、いきなり胸ぐらを掴んで持ち上げたのだった。

 それも、彼女が通っていた中学校の校門前で。


 さらにその後、軽く意識を飛ばされた覚えもある。


 だけど、それはほんの数か月前の話なのに、もう何年も前にあった出来事のように感じられた。


 あれから、今日までにそれだけいろいろなことがあったんだろう。

 だから、そんなことはもう完全に頭から吹っ飛んでいた。


 どうせ、兄貴が彼女に何かしでかしただけの話だ。

 その感情が弟であるオレにも向けられただけのこと。


 それだけが分かっていれば良い。


 それに、オレは水尾さんに対して、悪感情は持っていない。

 どちらかというと、尊敬している方だ。


 だから、そんな話を今になって穿(ほじく)り返す必要もなく、正直、どうでも良かった。


 だが、水尾さんにとっては違ったようだ。


「あの時は本当に悪かった」


 水尾さんがオレに向かっていきなりそう言って頭を下げる。


「本当は、ずっと気になっていたんだ。でも、今更、なんて言い出したら良いか分からなくて」


 水尾さんにしては、力のない声。


 魔法について語る時のような、いつもの自信満々なイメージは全然感じられなくて、オレは思わず、戸惑ってしまう。


 一国の王女に頭を下げられるほどのことなんてしていないし、されてもいないのに。


「いや、オレの方はそこまで気にしてないから良いですよ」


 なんとか、言葉を探して、そう言った。


 確かにあの直後は、暫く引っ張っていた気がするが、魔界へ来て一緒に行動するようになってからはすっかり忘れていた程度のことだ。


 そんな些細なことで神妙な顔して謝られても困る。


 この人が悪い人じゃないってことは、もう十分すぎるくらいに分かっているのだから。


 オレのメシをあそこまで手放しで褒めてくれる人なんてそう多くはないもんな。


 でも、まさか、その彼女がずっと気にしていたなんて思わなかった。


 いや、日ごろの俺の扱いを見る限り、専属料理人としか見ていないことは分かっているから余計に、そんな小さなことをいつまでも気にしているとは思わなかったのだ。


「しかし……」

『さあて、いろいろ良い感じにそちらのお話がまとまったようだけどお、こちらの話に戻してもよいかしらあ?』


 精霊は尚もオレに向かって言葉を続けようとする水尾さんの言葉を切り、それまでの雰囲気を断ち切るように割り込んだ。


『シオリの記憶を覗いてなんとなく分かったことなんだけどお、結論から言ってしまうとお、いろいろなことが絡みすぎてえ、正直、個人の力じゃどうしようもないと思うわあ。人類とかあ、精霊とか関係なくねえ』


 それまでの会話から一転し、精霊は軽い口調で絶望を告げる。


 個人の力ではどうにもならないことが高田の身に起こっている。


 それは、オレにとって信じがたいことでもあった。

 いや、信じたくないものだった。


「個人では無理なら国家規模ではどうでしょうか?」

『人類の国家規模というのがどれほどか分からないけれどお、それでも難しいでしょうねえ。なんとかしたいと願うならあ、この世界の全てを本気で動かすつもりことを考えないとねえ』

「世界を……」


 それはとんでもない話だ。


 高田はセントポーリア国王の血を引いているから、兄貴が本気を出せば、父親である国王陛下を動かす手ぐらいならなんとか考えることはできるだろう。


 だが、それでも世界の全てを動かすことは難しいと思う。


 世界各地にツテがあるならともかく、王族であることも公言できない今の状況で、何も持たないたった一人の少女のために動いてくれる国がそう多くあるとは考えられない。


『まあ、そんな気がしたからあ、アタシもちょおっとだけえ、力を貸す気になったのだけどねん。でもお、まさか類似品ではなく本物だとは思わなかったわあ』


 類似品ではなく、本物?

 どういう事だ?


「それは、先ほどから彼女の手首から滲み出ているモノのことでしょうか?」


 記憶を映す水の鏡を見ている時にもずっとその手首から漏れ出ていた。


 しかし、その水は完全に色をかえることなく、今も、その透明感を保っている。


 あれだけ濃い墨が出続けたら、多少、水の色が変わってもおかしくはないはずなのに。


『そうねえ。アレが何であるかは話せないけどお、呪いの一種と考えて間違いないわあ。但しい、そのことについてはシオリ自身には何の非もなくう、本当にただ運が悪かったとしか言えないんだけどねえ』


 事故というよりも、通り魔にあったようなものだろうと精霊は続けた。


 その時、たまたまそこにいた。

 呪い(ぬし)の目についたのが高田だっただけだと。


 冗談じゃない!

 そんなこと、納得ができるかよ。


『実際、そんな経緯だからあ、本当ならあ、自我が芽生える頃には取り込まれていた可能性もあるわあ。それでもここまで左手首へのシンショク程度で済んでたのはあ、本当にこの娘の運が良かったとしか言いようがないわねえ』


 そう言いながら、精霊は高田の周りを囲んでいる水に手を伸ばして撫でる。


 透明感を保った水の中で、先ほどよりは黒い染みのように広がっているよく分からないものの量も減った気がするが、それでも完全に消えたわけではない。


 結構な時間が経過したというのに手首から漏れ出たままになっている。


 今更ながらその異常さに気付いた。

 こんなのは普通、ありえないと。


「そうですか……」


 兄貴も高田の手首を見ながらそう答える。


 その瞳はいつもとあまりにも変わらないため、何を考えているのかはオレにも分からない。


『シオリの場合、人間界とか言う、この世界からかなり離れていたことが良かったわねえ。神様のご加護も届かなかっただろうけどお、呪いの方も届きにくかっただろうからあ。その分、シンショクは遅くなったんでしょうねえ』


 そんなとんでもないことを精霊は告げる。


「……そうなると、この世界に連れ戻したのは悪手だったということでしょうか?」

 兄貴は精霊にそう尋ねる。


 確かにあの時は高田の記憶がない状態で魔法、魔界と関わることは危険だと判断し、ほとんど無理矢理に近い形で説得したのだった。


 加えて、ミラージュのあの紅い男が何度か現れ、無差別に魔法を放つため、高田は周りを巻き込まないために魔界に来る道を選んだのだ。


 もし、あの時、大泣きをしてまで選んだ道が、自分の寿命を縮める結果に繋がっただけだと知れば、流石にお人好しの彼女でも後悔するかもしれない。


『そんなことないわあ。人類には魔力の暴走って言うものがある以上、人間界とやらにはずっといられなかったはずよお。まあ、どちらが良いかって話だけどお』


 そう言って、精霊はそれまでと違う表情をオレたちに向ける。


 先ほどまでの反応を楽しむような顔ではなく、穏やかな笑みを含んで。


「……このままシンショクされ続けたら……、高田は……、どうなるのでしょうか?」


 オレはそれが聞きたかった。


 これまでのことを考えても仕方がないのだ。


 仮にあの時の選択が間違っていたとしても、既にここまで来てしまった以上、今更、人間界へ戻ることができるわけじゃない。


 彼女は魔界で生きていくと決めたのだ。

 だが、このままでは確実にこの呪いとやらも続いてしまうのだろう。


 オレとしてはその先にある結果こそ知りたいことだった。


『そうねえ。このままだとお、何らかの形でシオリは消えちゃうかしらあ』


「「「!? 」」」


 あっさりと言い放った精霊の言葉に、声にこそならなかったが、オレも水尾さんも兄貴すら、その驚きを隠すことができなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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