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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

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過去を暴いて

 またも波紋は広がる。


 先ほどの映像を見る限り、ここから先は……、「高田栞」としての記憶ではなく、記憶と魔力を封印する前の「シオリ」の記憶になるだろう。


 そうなると……、オレたち兄弟にとってもその当時の自身の記憶を辿ることになるかもしれない。


 オレは気を引き締めた。


 記憶を封印する直前に彼女が使った魔法。

 それは、オレたち兄弟にとってかなり苦い記憶に繋がっているはずなのだから。


 切り替わって映し出されたのは、最初から不自然なぐらい歪んだ映像だった。

 だが、それがいつ、何が起きていたのかは見なくても分かった。


 これはあの日……、彼女たちとの別れの場面だ。


 ずっと変わらず続くと信じていた日常が壊れた日。

 そして……、彼女の意思で初めて「絶対服従命令魔法(めいじゅ)」を使われた日。


「……今の? 拘束魔法? いや……、ここまで歪んだ映像からだと何しているのかが分からん」


 水尾さんがそう口にする声が聞こえた。


 そこで、オレは初めて知ったことがある。


 これは、彼女視点の映像。

 だからこそ、誤魔化せない事実。


 あの日、彼女はずっと涙目だったのだ。

 そのために映像はこれまでとは違った歪みを見せている。


 あの後、多少は泣いてくれただろうとは思っていた。


 だが、オレとミヤドリード、それよりも先に駆け付けた兄貴の姿が現れる前からずっと……、彼女が泣いていたことまでは知らなかったのだ。


 あの時、オレが駆け付けた時には、不安そうな顔はしていたものの、泣いてはいなかったと記憶していたから。


 この映像に何故、音声が入ってないのだろう。

 今更ながら、本当にそこが悔やまれる。


 これ以外にも、あの日、オレが気付いていなかったことはもっとあるはずだ。

 今なら、それも分かるかもしれないのに。


 だが、映像はまた波紋を広げる。

 そのことが、オレに何かを気づかせまいとしているような気がした。


「うおっ!? 可愛い!! これ、少年か!?」


 突然、そう水尾さんが叫んだ。

 画面中央には、黒い髪の少年が無邪気な笑顔で映っている。


「これは俺だな。九十九は……、今、吹っ飛んだ方だ」

 兄貴が水でできた鏡の端を指し示す。


 そこには確かに小さい黒い塊が映っていた。


 しかし、こんな扱いってかなり酷くねえか?


「うげ! マジ? こんなに愛くるしいお子様がこんな……、ええ!? 月日の流れって残酷だな!?」


 かなり毒のある言葉だが、兄貴は特に気にした様子はなかった。


「俺が7歳の時だな。森の中だから、湖の近くで彼女と魔法を練習していた頃か」


 兄貴はいつもと変わらず、涼しい顔でそんなことを言う。


 オレは……、こんな過去を見せられて心臓がやたら早く動いている気がしているのに、兄貴はなんでこんなに平然としていられるのだろう。


 波紋が揺れ、すぐに画面が切り替わる。

 着ている服こそ違うものの、映像にそこまでの差はない。


 またもオレが吹っ飛ばされ、それを兄貴が笑顔で見守っているというものだった。


「今、少年は飛ぶ前に足を押さえてなかったか?」

「あれは治癒魔法だね。九十九がすっ転んで木の根で怪我したのは……、4歳ぐらいの時だったかな」


 よく覚えているなそんなこと。


 オレ自身はちょっと考えなければ思い出せなかったのに。


「これって自然治癒させていた方が実はダメージはないんじゃねえか?」

「それが不思議と吹き飛ばされた後のダメージがなかったよ」

「……ってことは、自己治癒促進効果が暫く継続するタイプか?」

「ああ、その可能性は考えなかったな」


 兄貴と水尾さんがそんな会話をしていた時だった。


『ここまでねん』


 精霊はそう言うと、目の前にあった水の鏡を消し去ってしまう。


 オレは思わず手を伸ばしたが、残念ながらその雫の一滴も掴むことができなかった。


「魔法を使ったことはまだあったはずですが……」


 兄貴ももっと見たかったのだろう。


 珍しくそう呟いた。


 だが、オレもそう思った。

 オレがシオリにふっ飛ばされていたのは、かなりの回数だったはずなのだから。


『そうねえ。でも、これ以上はシオリが望んでいないわん』

「え……?」


 高田が……?


『流石にい、アタシも本人の許可が下りない部分に関しては見せられないわねえ』


 そう言って、精霊はこちらを向いた。


「なるほど……。それは道理ですね」


 兄貴はそう言うが、オレは少し不満が残る。


「紅い髪の……アイツが出てこなかった」


 兄貴が聞いた話では、シオリとあの男はオレたちと出会う前に会っていたと言う。


 それにオレと出会った時にも、魔法を使っていたはずだ。


「その場面は、アナタたちに見せたくなかったみたいよお。今のシオリじゃなく、昔のシオリの方がねん」

「え!?」


 い、今……、目の前の精霊は何と言った?


『一つの身体に2つの記憶。……というより2つの人格かしらあ? 魂がぶれて見えたのはこの辺に理由がありそうねえ。人類では凄く稀なことだけど……、この娘の境遇ならありえなくもないのかしらあ』


 さらに続いた衝撃の言葉。

 その意味を考えてみる。


 一つの身体に2つの人格?

 まさか二重人格ってやつか?


 でも、そんな感じは……、魔法を使う時ぐらいか?


「今の彼女も昔の彼女とも会話ができているのですか?」

『ちょおっと違うわねえ。この娘はこの水の中でアタシと繋がっていてえ、すべて見ることができるけどお、貴方たちにはあ、その中から好きなところを選んで見せられるわけじゃないのお。さっきのは他人に見せても良いって思える場所を映し出す水鏡だからん』


 つまり、あの映像は高田が他人に見せても大丈夫と判断した場所だったのか。


 それならば、温泉の映像はもう少しカットして欲しかった。


 実は、覚えていて、他の人間がいる場所で、公開処刑をしたかったのか?


「なるほど……、それは分かりやすい話です。だから、第三者に見られても大丈夫と思えるようなものばかりだったんですね」

「……そうかあ? あの犬とかは普通の感覚ではあまり見せたいものとは思えなかったぞ」


 水尾さんの意見にオレも同意したい。


 あの状況では仕方がなかったのだろうが、犬が好きな身としては、あれを平常心で見ることはできなかった。


「見せたいものではなく、見せても問題ないと思える映像ではあっただろう。実際、俺たちが目にしたものは彼女の奥に踏み込む部分はなかった。それが魔法を使う部分ばかりだったのはたまたまだったのかは当人でなければわからないがな」


 当人に、後で確認しても、覚えてない可能性の方が高いだろう。


「……記憶の封印で2つの人格になることってあるんですか?」


 あ。

 いつの間にか精霊に対して水尾さんが敬語になっている。


『さっきも言ったことなんだけどお、普通はありえないのよお。貴方たち人類が使う記憶の封印は奥底に眠っているだけで消去しているわけじゃあないんだからん』


 そう言いながら、精霊は頬に手を当ててまだ水の中にいる少女を見る。


 黒い髪を漂わせている彼女は、目を閉じているせいか、いつもの子供っぽさがほんの少しだけ薄れている気がした。


 本当にほんの少しだけだが。


『ただ……、この娘の記憶を覗くことでえ、間違いなく精霊の祝福や神様のご加護と同じようにご執心……、まあ、人類の立場からすると、かなり強い「呪い」を受けていることは分かっちゃったわん。これについては残念ながらあ、詳しくは話せないんだけどねん』

「「は? 」」


 オレと水尾さんの声が重なる。

 かなり強い……「呪い」ってなんだ?


「詳しく話せない理由とは?」


 兄貴は「呪い」という物騒な単語よりそちらの方が気にかかったらしい。

 やっぱりオレとどこか感覚が違う。


『う~ん。アタシたちにも決まり……、この場合は制約があってねえ、このことはちょっぴりその禁忌に踏み込んじゃうのお。貴方たちにもあるでしょお? 侵されたくない領域ってやつう。初恋の思い出とかあ、闇取引とかあ、陰ながらも本気で守りたいものとかあ』

「……なんか今、同列にしたらいけないものが紛れていませんでしたか?」

「暴かれたくないという意味では同じだな。」

「……そうかあ?」


 さらりと言う兄貴の言葉に水尾さんは納得できないようだ。


 オレも理解できないわけではないが、納得することはできない。


『まあ、それぞれに都合はあるわよねん。そこにいるミオルカだって、ツクモ相手に最初にしちゃったことは記憶から消したいことじゃないのお?』


 だが、精霊は何故か、全然関係のない話を持ち出したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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