誰がために?
R15ではないと思いますが……、どこにも需要のない描写があります。
気が付くと、精霊を召喚した楓夜兄ちゃんはいつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。
精霊さんの制御とかそんなのは召喚者の務めではないだろうか?
いや、危険を及ぼしている感じはないけれど、抱きしめられている九十九の顔は明らかに良くない色に染まっていると思う。
「他にはどんなものが視えるんですか?」
『そうねえ、今の貴女たちにとって役立ちそうなものなら魂の色。……分かりやすく言うと神様の加護かしらあ。アタシにはそれが視えるわあ』
その言葉で、精霊さんの腕の中の九十九も、少し離れて様子を伺っていた水尾先輩もそちらに目を向けた。
「魔法の属性のことか?」
水尾先輩が思わず言葉にしていた。
精霊さんはどこか可愛らしく首を傾げる。
その身体が2メートルを越えてなければ、あるいは顔色が悪い九十九を抱きしめた状態でなければ良かったのに。
『詳しい話は、もう一人の良い男が降りてきたらしましょお』
にっこりと爽やかスマイル。
体育会系の男性独特の邪気がない笑いに見えなくもないが、九十九をその腕に収めている時点でいろいろ台無しだと思う。
「もう一人?」
「兄貴のことだろ。さっき、王子が呼びに行った」
九十九は既に何かを諦めたような顔をしている。
同時に抵抗することも諦めているように見えた。
彼の精神は大丈夫かな?
「……クレスに言われて来たものの……、これはどう言った状況か説明してもらえるか?」
そうして、もう一人の良い男が登場したのだ。
「楓夜兄ちゃんが呼び出した精霊さんに九十九が気に入られました」
「簡略化しすぎだろ!」
「なるほど。状況は分かった」
わたしの言葉に九十九のツッコミが飛んだが、雄也さんは無視して答える。
『初めまして、ユーヤ。水鏡族のセドルよん。アタシ、実は一番に貴方に会いたかったわあ』
「初めまして、セドルさま。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。水鏡族にお会いできるとは光栄です」
精霊さんの口調に少し面食らいはしたようだけど、さすがは雄也先輩。
あまり顔には出さずに会話をする。
「あ、兄貴……、できれば助けてください」
何故か雄也先輩相手にも敬語になっている九十九。
「水鏡族は瑞々しい生気溢れる少年少女をこよなく愛する種族だ。その愛を一心に受ける機会など滅多にない。喜べ」
「喜べるか! しかもいらん情報までよこすな!!」
普通なら凄いと感心するところなのだろうけど、九十九の心理を考えるとそう言い辛い。
『あらあらあ、勉強家ねえ。水鏡族のことをそんなに知ってるなんてえ』
「世界に縁ある精霊には興味がありますから。ただ人間視点の書物しか読んでいないため、多少の齟齬があるとは思います。そのため、貴方にとって、多少無礼を働く可能性があることはお許しください」
……少年少女?
えっと、それはわたしも対象ってことかな?
でも、水尾先輩も年代的には少女だよね?
16歳だし。
雄也先輩は……今、17歳だから、ギリギリ少年と言えなくもないかな?
『さて、全員、揃ったところでえ……、約束通り先ほどの質問に答えるわねん、ミオルカ』
「あ、ああ」
『魔法というのは貴女たち人間にとって都合が良いように精霊たちを操ったり、神様の力を少しお借りするものよねえ。それと、神様のご加護は似てるけど、ちょっと違うわあ』
「何の話?」
雄也先輩がわたしにこっそりと尋ねる。
「この精霊さん……、セドルさまが神様の加護とやらが視えるって話です。水尾先輩はそれを魔法の属性と解釈したようですが、少し違うらしいですね」
「ああ、なるほど」
「似てるけど違うってどういうことだ?」
九十九も気になるのか、精霊さんに尋ねる。
だが、どうやら、彼はまだ解放されないらしい。
『貴方たちが言う属性、神様のご加護は生まれた場所、血縁に左右されるものでしょお? それは人間と神様の間で結ばれた古来からの約束事が続いているだけだけどお、それ以外にもご加護って結構あるのよお』
「そうなのか!?」
『実はあ、そうなのよお、魔法国家の第三王女』
こんどは水尾先輩に笑顔を向ける。
『例えば、貴女は火の大陸神のご加護があるけどお、それ以上に水の神様のご加護がかなり強いわあ。他にそこそこ強いのは獣の神様かしらあ? 貴女の場合、大陸神のご加護が強すぎるからアタシたち精霊との相性はかなり悪いわねえ。でもお、魔獣や神獣との相性はかなり良いはずよん』
「でも、私、水系統は強くないけど……」
水尾先輩が首をかしげながら言う。
『言ったでしょお? 魔法属性ではなくご加護の話だってえ。魔法属性や適性については人間の話だからアタシにもよく分かんないけどお、魔法の抵抗能力はかなり高いはずよお』
「ああ、加護って護りにつながるのか。それなら分かる。でも……、獣の神?」
水尾先輩は首をさらに捻る。
しかし……、火の属性が強い上に、水の護りが高いのなら、それってほとんど弱点がないと思うのはわたしだけでしょうか?
『召喚契約するなら魔獣がオススメってことねえ。でもお、さっき言ったように大陸神のご加護が強すぎる上、精霊に対する加護もないから精霊召喚はム・リ・よん』
「がふっ!?」
精霊自身にダメ出しをされてしまっては本当に無理なのだろう。
水尾先輩は大きく肩を落とすこととなった。
『クレスノダールは典型的な精霊使いよん。森の神のご加護が強くう、精霊族のほとんどと契約することは可能ねえ。でもお、精霊は気まぐれが多いからあ、アタシみたいに会話が可能かどうかは別問題だけどお』
「なるほど……、なかなか勉強になります」
雄也先輩は素直に感心している。
『でっしょお? それであ、貴方たち三人だけどお、神様のご加護を教える前に条件があるわあ』
「「「条件? 」」」
わたしと雄也先輩、それに九十九の声が重なる。
『そうねえ、ツクモかあ、シオリのどちらかに口付けしたいんだけどお、どうかしらあ?』
「口……」
「……付け……?」
九十九の言葉になんとなく続ける。
えっとこの場合の口付けって多分、キスのことだよね?
なんとなく九十九を見ると、精霊さんに捕らえられたままの彼も同じようにわたしを見ていた。
その瞳にあるのは困惑の色。
明らかに、彼が困っていることは分かった。
多分、わたしも同じような顔をしていることだろう。
「それは口に、でしょうか?」
雄也先輩が思考停止気味のわたしたちに替わって問いかけてくれる。
『そうねえ、それが一番良いんだけどお、どうかしらあ? ダメなら額かあ、頬ねえ』
「何か意図があるんですね?」
『そうよお。ちょっとお、貴方たち三人の加護ってえ、真面目に視ようと思ったらあ、すっごく変な気配がするのよお。特にシオリ。だからあ、ちょっと景気づけにねえ』
なんと!?
わたしの身に一体何が!?
まさか死にやすい運命と何か関係があるの!?
「分かりました。九十九、観念しろ」
「…………え? マジ?」
雄也先輩の言葉に、九十九が目を白黒させる。
「栞ちゃんより適任だろう?」
「兄貴のが適任だろうが!!」
「残念ながら、俺はご指名漏れだからな」
『ユーヤはあ、確かにアタシ好みの良い男だけどお、今回の条件から外れてるからあ。残念だわあ』
条件?
……ってことは、そのご指名にも何か意味があるってことかな?
「じゃあ、わたしで?」
条件……、そこに意味があるなら仕方ない。
口は流石に勘弁していただきたいが、頬や額なら問題ないだろう。
「「ダメだ!! 」」
だが……、九十九と、珍しく雄也先輩が同時に反対した。
「分かった。オレで良い」
九十九が観念したようにそう言った瞬間のこと……。
『じゃあ、早速!!』
何も言う間もなく今も精霊の腕の中にいた九十九は、2メートルを越える紅い角刈りの筋肉質な男に食われた……、もとい、熱い口づけを受けた。
それも頬や額ではなく、しっかり口に……。
そこはかとなく漂う薔薇色の空気。
しかし、この絵面の需要はどこにあるのだろうか?
中学校の時のクラスメートの一部は喜ぶかもしれないけど、幸か不幸か、わたしにそんな趣味はなかった。
そして、思いの外いきなりでびっくりはしたものの、意外とショックはない。
普通、好きな男の子が別の人に目の前で熱い口付けをされたなら、かなり激しい衝撃を受けると思う。
そうなると、わたしはやはり九十九を恋愛的な意味で好きというわけでもないのだろう。
……こんな形で確認するのもどうかと思うけれど。
『ああ、若い人間の男の子ってやっぱり良いわあ』
妙に喜んでいる精霊さん。
そして、ようやく解放され、足元に抜け殻のように転がる九十九。
「だ、大丈夫?」
思わず、そう声を掛けるしかなかった。
そして、その返答が……。
「お、オレは死んだ」
そう言う彼を誰が責めることができるというのか?
せめてもの救いは彼がファーストキスではなかったことだろう。
確か、以前、付き合っていた彼女としたことがあるって話をどこかで聞いたことがある覚えがある。
わたしだったらどうなってたかな?
初めてのキスが精霊さんって字面だけ見るとすごくメルヘンちっくな感じはするんだけど、生気を吸い尽くされたかのように一気に憔悴した九十九を見ていると、どうもそうは思えないよね?
いるかどうか分かりませんが、黒髪の弟が好きな方には申し訳ありません……としか……。
見た目と口調はともかく、この精霊、実は無性です。
だから……BLには該当しません。
次話更新は本日18時となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




