彼氏自慢?
「シオちゃんは、まだ行かないの?」
真理亜からそう確認されるが……。
「さっきからなんか嫌な予感がしているんだよ。それに今、ワカが行ったでしょ? もう少し時間を置いてから向かった方が良い気がする」
かっこいい異性とやらに興味が引かれないわけではないが、それが、考えている人物どおりだとすると非常にめんどくさいことになる。
いろいろあって意識しなくなっていたけれど、その人物の顔は平均以上だと思っている。
珍しさも手伝って、注目を浴びる可能性は高い。
しかも、そこにワカが行ったとなると……、わたしは裏門からこっそりと脱出したくなってきた。
「それなら、時間を潰すために、ボクと少し話をしない?」
真理亜がにっこりと微笑んだ。なんとなく、その笑顔は拒否することを許さないような迫力を感じる。
「少しだけね」
わたしも少し時間を置きたかったので、ある意味ちょうど良い。
まあ、話題は惚気か、突っ込みかのどちらかだろう。
もしくは両方かな。
この真理亜は、可愛らしい外見のためか、女子に敵が多い。
さらに、大人気の男子生徒と付き合いだしたのだ。
その彼氏自慢も場所を考えないといけないのだろう。
「ね、ね? シオちゃんの彼氏ってどんな人?」
突っ込みの方だった。
惚気なら困った時は流せば良いけど、聞かれる立場ならそうはいかない。
誤魔化せば誤魔化すほど追及は厳しくなってくるはずだ。
そうならないように、うっかり失言しないように気合を入れなきゃ!
「退屈はしない……、かな。会話していて楽しかったけど」
こ、これで答え方としては大丈夫だろうか?
「アキと比べて、どう?」
真理亜は何故か自分の彼氏を比較対象として持ってきた。
まあ、わたしの彼氏を知らないんだから、参考基準として共通の知り合いを持ってくるのはおかしくはない……のかな?
わたし、あまり男子に詳しくはないからね。
部活も女子ばかりだったし。
でも……、個人的にはなんとなく少しだけ嫌な気分になる。
「階上くん、と? 二人を比べるのはどちらに対しても失礼だからあまりしたくないかな。でも、タイプは全然違うと思う」
真理亜の彼氏は無口で必要以上に話をしない。
でも、わたしの彼氏役をしている少年は、かなり話す。
そして、突っ込みも厳しい。
無神経なぐらいに。
「え? 違うの?」
「中学生で階上くんみたいに落ち着いている方が少ないと思うよ。クラスの男子を見る限り、お喋り好きが多いしね」
同級生はかなり賑やかな生徒たちが多い気がする。
わたしとしては、授業中に私語をする理由が分からない。
そして、先生の話を聞く時間でもふざけることができる神経って凄いと思う。
まだ居眠りをしている生徒の方が話の邪魔をしないだけマシだ。
「確かにアキは静かで落ち着いている。でも、シオちゃんはそれで良いの?」
「へ? 何が?」
真理亜の言いたいことが分からずに、聞き返す。
「その……、ボク……、が、アキと……、付き合いだしたってこと」
「良いも何も、わたし、完全に無関係なんだけど」
わたしと階上くんとの関係……。
一昨年、昨年と二年連続同じクラスだった。
特に昨年は同じ委員会活動をしていたためにお互い面識がある状況だ。
そして、顔を合わせても挨拶を交わす程度である。
会話というほどのものはほとんどない。
あえて彼に関して余計な情報を付け加えるならば、見るたびに綺麗な顔してるな~と思っていたぐらいだ。
黒い髪がさらさら揺れて、少女漫画の綺麗系、王道ヒーローな感じである。
顔が良く、頭も良く、口数が少なく、そしていろいろと仕草が丁寧だったりする。
憧れちゃう人が多いのも分かるよね。
そこまで考えてあることに気付いた。
「ああ、もしかして真理亜。階上くんがモテるから心配ってこと?」
「うん、すっごく心配!」
真理亜は両手でぐっと拳を握り込んで力説を始める。
どうやら、惚気が幕を開けたようだ。
「だってだってだって! あれだけかっこいいんだよ? シオちゃんも知ってるでしょ? 顔も美しい! 髪の毛さらさら! まつげも長い!すっごく優しいし、動きとかも綺麗! 弓道やってるだけあって、姿勢も素敵! たまにしか聞けない声も低音で落ち着く! 性格も穏やかで怒らない! 声を荒らげない! 何より見たら幸せになれるあの笑顔!」
これは、心配してるというより全力全開の惚気だね。
え~っと?
そろそろ止めるべき?
「そんな魅力的なアキがこのボクと付き合ってるなんて……普通、嫌じゃない?」
「へ? なんで?」
わたしの理解力が悪いのか……。
真理亜の結論がよく分からない。
「真理亜が階上のことが好きで、階上くんも真理亜が良いって言ってるんでしょ? そこになんの問題があるの?」
しかも「普通、嫌じゃない? 」と聞かれても困る。
当事者同士が納得すれば良いって話じゃないのかな?
それって、少女漫画だけ?
周りの意見も大事だということ?
男女交際って、漫画みたいに単純じゃないのか。
現実だと難しいんだね。
「シオちゃんは本気でそう思うの?」
「自分に経験が乏しいから正しい答えに近いかは分からないんだけど……、お互いの気持ちが大事でしょ? この場合、わたし、部外者だから関係ないんじゃないかな」
「でも! シオちゃん、アキのこと、好きだったでしょ!?」
それは、自分に突き刺さるような言葉だった。
これが数日前、九十九と会う前だったら、言葉に詰まったかもしれない。
でも、わたしは自分が人間ではないことを知ってしまった。
そんな状況で、普通の人間との恋愛は多分、できない。
それに……。
「正直、階上くんのことは嫌いじゃないとは思う。でも……、この感情は、恋愛とは違うかな」
彼の横に並ぶ自分が想像すらできない。
話すこともないし、あそこまで顔が良いと緊張する。
なんだろう……。
芸能人みたいな存在?
ワカの言う観賞用とも違う気はするけど、恋愛よりはそちらに近い気がする。
わたしがそう答えると、真理亜は眉を下げる。
「そうなの? 今の彼のことはちゃんと好き? 実は無理してない? あんなに長かった髪の毛も切っちゃったし……」
「あ~、彼に関しては、わたしの方が無理させちゃう可能性のほうが高いと思ってるよ」
髪の毛については、流石に長過ぎたから、というのが最大の理由だった。
目が覚めた時に、たまに首に絡まっているのはちょっと辛い。
結んでまとめるのも一苦労だった。
美容室が激安になるのを狙ったわけじゃないけれど、結果的にかなり安かったからちょうど良かったのだ。
その髪の毛だって元を正せば、何かの願掛けのために伸ばしていたはずだった。
だけど、気付いたらその願掛けを忘れていた気がする。
忘れるぐらいのことだから、その願いに何の未練はないのだろうけど。
それより、九十九については、再会時からいきなり厄介事に巻き込んで、迷惑をかけてしまった方が申し訳ない。
その上、彼の申し出で近くにいてくれることになったけど、これもわたしが我が儘を言っているせいだ。
素直に、魔界ってところに行けば……、彼はわたしから解放されるのに。
そんなわたしの迷いを真理亜はどうとったか分からない。
彼女にしては珍しく、暗い顔をしていた。そこには困惑がみてとれる。
「真理亜はどう? 無理してるの?」
だから、わたしは彼女の質問を同じように返すことにした。
わたしとの会話を望んだ彼女。
それは単純に自分の彼氏自慢をしたいだけではなかったら?
「ぼ、ボクは……、アキの助けになりたい。だから……」
「え?」
真理亜がいつもと違って凄く真剣な顔をしていたから、思わず聞き返してしまった。
彼女はいつも朗らかで悩みなんかなさそうで……。
でも、今の彼女は少し、いつもと表情が違う。
今までに見たことがないほど本気で何かを考えていたような気がして、わたしは思わず目を見張った。
まるで、真理亜が違う人間が取り付いているようなそんな違和感すらある。
そんなわたしの驚きは伝わってしまったようで、真理亜はすっといつもの顔に戻る。
「い、今のはね。ボクの決意! ちょっとだけシオちゃんに聞いてほしくなっちゃって……」
ちょっと焦ったような言葉。
もしかしたら、本当は言うつもりのなかった言葉だったかもしれない。
「ホントはちょっと不安だったんだ。もしかしたら、アキはボクのこと好きじゃないのかもしれないって。ほら……、彼は本当に何も言わないし」
「何も言わない人が、真理亜の告白を受けてくれたんでしょ?それだけで、わたしなら自信を持つと思うよ」
「……そうだね」
う~ん。
顔が可愛いと、不安げな顔まで可愛らしく見えるね。
「話はそれだけ?」
「え? あ……、うん。ありがと、シオちゃん。少し、気分が変わったよ」
「それなら良かった」
さっきまで様子がおかしかった真理亜だったが、本当に落ち着きを取り戻して、いつものふんわりとした癒し系オーラが漂う雰囲気に戻っている。
男の子はこ~ゆ~子が良いんだろうね。
「じゃあ、わたしも行くね。あまり、ワカを待たせたくはないし」
「あ、うん。いろいろとごめんね。シオちゃん」
「謝られるようなことはされてないと思うけど……。ま、いっか。じゃあね、真理亜」
「じゃあ、気を付けて、シオちゃん」
そう言って、互いに手を振りあった後、わたしは教室から出たのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。