精霊の召喚
「物好きな精霊がおらんとも限らんから絶対に無理とは言えへんよ。それに、体内魔気が強い相手と精霊契約が難しい言うこの知識も大神官からの受け売りやし、ヤツが間違えとるとも限らん」
楓夜兄ちゃんは水尾先輩を慰めるように言うが……。
「大神官のお墨付きって、さっきの話に信憑性が増しただけじゃねえか」
彼女には逆効果だったようだ。
「……大神官の知識ならある意味太鼓判押されてしまったようなものですね」
九十九がそう言いながら、水尾先輩と同時に溜息を吐いた。
「……ってことは、大神官も精霊遣いってことか? でも、大神官はそこそこ魔力が強かった気がするんだが……」
「アイツの魔力はそこまで強うないよ。一般的な貴族ぐらいはあるかもしれんけど、王族ほどやない。せやけど、ヤツは、精霊以上の存在、神も呼び出せる。その関係で、神の使いである精霊も呼び出し可能らしいで」
恭哉兄ちゃんは、神さまだって呼び出せちゃうのか。
わたしが感心していると……。
「ずりぃ!」
どこか大人気ない言葉を水尾先輩は返した。
「ずるい……って言われたかてなあ……。上神官に昇格するテストの一つに下位の神を呼び出すというものがあるぐらいやし……」
「いや、勿論、本気で『ずるい』って思ってるんじゃねえよ。それ相応の努力の結果だ。単純に羨ましいと思って口から出てしまった言葉だよ」
反射的な言葉というやつだね。
わたしも気を付けよう。
王女さまな水尾先輩と違って、わたしは公式的な身分など持たない。
状況によっては、お貴族さまに不敬罪を働きかねないこともあるのだ。
「精霊召喚がそないに羨ましいもんか? 俺なら魔力が強い方が良いと思うんやけど。精霊は基本、召喚しても自律思考やけど、魔法は遣い手の意思で使えるもんやし、何かと便利やろ」
そう言いながら、楓夜兄ちゃんは自分の手を見つめた。
「ねえ、楓夜兄ちゃん。精霊って目に見えるの?」
「精霊は視えるけど、それを精霊と意識するんは難しいやろうな。現代魔法のほとんどは精霊の力を借りてるんやけど、魔法を見ても精霊って意識はできんやろ?」
「魔法が精霊の力?」
確かに魔法を見て、それと精霊はすぐに結びつかない。
「正しくは大気魔気の方やけどな。体内魔気が自分の中にある魔力。自分の力で精霊の力を借りて、形にするんが現代魔法や。契約も基本、精霊とするもんやし。そう考えると、ほとんどの人間は精霊召喚できとることになるんかな?」
「……本当は少し違うのが分かっているくせに」
水尾先輩がちょっとすねぎみに言った。
こんな水尾先輩は珍しくてちょっと可愛い。
「勿論、分かっとるで。魔法は精霊の力やけど、精霊召喚は精霊そのものを呼び出すことやから精霊の種類がちゃうな」
「精霊の種類?」
「大神官曰く、下級精霊は人間界で言う『原子』のようなもんやと」
「ああ、なるほど」
それは確かに意識しづらい。
見えているけど見えない集合体。
「人間界の……、『原子』って言葉が魔界で言う『精霊』。その発想はなかった」
水尾先輩が不思議そうな顔をして言う。
「で、魔法契約や召喚契約に応じるのは明確な意識がある上位の精霊。意識がなければどちらも契約できへんからな」
「確かにお互いに意思が確認できないと約束って言わないもんね」
契約って……難しい言葉だけど、つまりは約束事ってことだよね?
わたしがそう考えていると……。
「……そないに気になるんなら一度、本物の精霊、見てみるか?」
不意に楓夜兄ちゃんがそんなことを言った。
「「是非!! 」」
それに対して、問われたわたしではなく、何故か近くにいた九十九と水尾先輩が食い気味に返答する。
「尋ねるが、それは船の進行に影響は?」
ずっと黙っていた雄也先輩はどこか難しそうな顔をしている。
ああ、確かに船の運航に影響があるならば、精霊の召喚は止めた方が良いだろうね。
「下の契約の間で呼び出したるわ。それなら影響はほとんどないやろ」
「け、契約の間!?」
突如、聞き覚えがあるけれどこんな船の中で聞くとは思わなかった単語が耳に届いた気がする。
セントポーリアの城下で生活していたあの家にも、地下室にあった。
魔法を契約するために必要な部屋で契約したばかりの魔法を試しても周囲に影響を与えないようになっているそうだ
魔法を使うことができないわたしには用がないから、案内されて一度行ったっきりだったけど、薄暗くて独特の雰囲気が漂う部屋だった覚えがある。
「この船の最下層にあるんやけど……、もしかして、嬢ちゃん。契約の間も知らへんかったか?」
「それは流石に知ってる。でも……、なんで船にあるの?」
そこが既におかしいと思うのだけど?
「必要やから」
「必要だろ?」
「必要だな」
楓夜兄ちゃん、九十九、水尾先輩がそれぞれ当然のように返答する。
何?
これって、わたしが変なの?
「基本的に生活の場にはあるべきものだね。魔力が暴走しかかった人間を隔離するのも問題ないし」
雄也先輩がそう付け加えてくれる。
ああ、魔力の暴走を抑える救護室みたいなものか。
「でも……、いつものコンテナハウスにはないよね?」
「……ないな」
九十九が少し、考えてそう答える。
「契約の間は特殊な材質で作られていることが多いため、まず、持ち運びが難しい。コンテナハウスに組み込むのはまず無理かな」
雄也先輩が説明してくれる。
毎度、ありがとうございます。
「特殊?」
「魔法が効かない材質で囲んでいるんだよ。そうしておかねえと、契約に失敗した時とか魔力が暴走した時とか魔法が暴発した時とか危ねえからな。だから、軽くしたり、小さくしたりすることができないんだ」
水尾先輩の言葉で納得すると同時に、新たな疑問も出てくる。
「でも、この船は浮いてますよね」
船は魔法で浮かせているという話だった。
魔法の効かない材質だったらその辺りはどうなるんだろうか?
「船そのものは魔法効果がある素材を使うとるからな。魔法で浮いとる台に荷物を載せるようなもんや。その材質に魔法が効かないだけで、周囲まで魔法を完全に無効化させとるわけやない」
ぬう。
その辺の理論、魔界の常識ってやつがやはりよく分からない。
考えたら負けってことなのだろうか?
「ほな、行こうか」
そう言いながら、楓夜兄ちゃんはその場所へ案内してくれた。
****
下の階にある荷物を置いてある部屋の床に、小さな取っ手が付いている。
まるで床下収納庫みたいだ。
それを引くと、穴が現れた。
なんとなく、人間界にあった九十九の家を思い出す。
あの時も同じような形で床下に扉があった。
そして、そこを進んだ先に「転移門」ってやつがあったのだ。
それによく似ている。
「広さは期待せんでな。小さい船やから」
前方から、そんな楓夜兄ちゃんの声がする。
「暗い……」
「まあ、普通、誰もおらんところに無駄な明かりを灯すわけにはいかんやろ。魔力の無駄になってまうわ」
そう言いながら、楓夜兄ちゃんが穴の淵を撫でると、内部が少しだけ明るくなった。
導かれるまま、はしごを使って降りる。
今は動きやすいようにスカートじゃなくて良かったと心底思ったのはここだけの話。
いや、暗いからよく見えないだろうけど、問題はそこじゃないのだ。
案内された場所は、確かにセントポーリア城下で借りていた家にあった契約の間ほど広くはなかった。
しかし、船の下層というが、その割に広く感じた。
……周囲の壁に魔法が効かないだけで、内部の人間が魔法にかからないわけではないってことなのかもしれない。
「あれ? 雄也先輩は来ないの?」
楓夜兄ちゃん、わたし、水尾先輩、九十九の順だったが、一人足りないことに気付く。
「兄貴は見張り。全員がここに籠るわけにはいかないだろ?」
自動操縦とは言え、何が起こるかは分からない。
やはり最後の確認は人間の目が大事ってことかな。
「ほな、呼ぼうか」
そう言って、楓夜兄ちゃんは薄暗い部屋の中央に立つ。
「魔法陣とかは描かないの?」
何かを召喚する時って、床に魔法陣を描いて、詠唱を唱えて対象を呼び出すイメージがあるのはわたしだけ?
「魔法陣は基本的に契約するときだけやな。契約が完了した後は、どこで呼ぶことも可能やけど、今回はその辺の精霊たちの姿を見せるだけにしとこか」
そう言いながら、楓夜兄ちゃんは静かに目を閉じて、大きく深呼吸をした。
「我、大気を巡る精霊たちに願う
ここに集いてその姿を示さん」
詠唱はあまり長くはなかった。
しかも、わたしでも覚えられそうな程度には分かりやすいとも思う。
いや、覚えたからって召喚できるわけではないみたいだけど、少し、小説とかに出てくるような魔法っぽくてときめく。
この場にいる人たち、無詠唱か一言ぐらいの言葉でいとも簡単に魔法を使っちゃうから。
そんな風に思っていた時だった。
『ヨバレタ』
『ヨンダ』
時を置かずして、聞き逃してしまいそうなほど小さな声が聞こえ、オレンジ色の光に包まれたぼんやりとした存在が現れたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




