精霊族の末裔
「ところで、この船も魔法で動いているんですよね? この場合、その魔法を使う意思ってどうなるんですか?」
燃料は九十九の魔力。
それは分かった。
浮遊、航行とかの機能についてもある程度、組み込まれていることは理解した。
でも、目的地に向かうとかそういったことはまた別の話だと思う。
「人間界で言う『物質』にも意思は宿るんだよ。私は機械に詳しくはないので断言はできないが、そいつに伝えているんだと思う」
「物質にも意思が?」
物にも念がこもるとかは確かに人間界でも聞いたことがある。
確か、付喪神とかが確かそんな感じだったはずだ。
……そうなると魔法って、実は心霊現象に近いのか?
「人間界でも似たような考え方はあっただろう? アニミズム……、だっけか。全てのものには神宿るって考え方は凄く近しいと思っていた」
おおっと?
……心霊ではなく神道的な考え方だった。
「……神さまが宿っているんですか?」
「神はほとんど宿っちゃくれねえが、属性付加を始めとする魔力、魔気は人の意思そのものだし、物には精霊だっているわけだしな」
「精霊!?」
久しぶりに魔法以外の心ときめくファンタジーワードが出てきた気がする。
いや、魔獣とか海獣とか結界とかはさっきから聞いていたけれど、それらはファンタジーと言うよりデンジャラスな感じだったし。
どんな系統だろうか。
単純に考えるならフェアリー、ピクシーやニンフみたいな妖精だけど、他にもドワーフやホビット、レプラコーンみたいな小人系とか……。
トロールみたいな巨人系はちょっと怖いかな。
いや、ここは魔界だ。
もっと大規模に四大精霊のサラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ノームのようなのが来てもおかしくない!
「まあ、普通は姿が見えんから物の中に入っていても分からんだろうけど」
「ああ、大神官は視えるらしいで」
「マジか!?」
水尾先輩がどこか嬉しそうに叫んだ。
「それにちょっとした精霊なら俺にも喚べるで」
「精霊召喚か!?」
「せやな。普通の魔法はあまり得意やないけど、精霊召喚やったらそこそこの自信はあるで」
楓夜兄ちゃんの思わぬ言葉に、水尾先輩は大興奮状態になった。
九十九も信じられないものを見ているような顔をしている。
わたしにはよく分からないけれど、精霊召喚というのは、珍しいようだ。
「ジギタリスの王族はヴァーフの末裔やと言われとる。真偽は分からへんけど、精霊遣いを多く輩出しとるためにそう言われとるんやろうな」
「ヴァーフ?」
聞いたことがない言葉だ。
末裔と言うからには王族とは別の一族のことなんだろうか?
「ヴァーフは、精霊族の中の長耳族。……人間界で育った嬢ちゃんにはエルフの方が伝わるんやないかな」
「エルフ!?」
はい、ファンタジー用語がまた出てきました!
エルフ自体が妖精だったはずだから、その血が流れているというのなら、確かに他の精霊とやらもよべるのかもしれない。
仲間を呼ぶ感じなのだろう。
「ヴァーフは昔、シルヴァーレン大陸にいたとされる種族や。人型ではあったけど、特徴ある長い耳を持ち、人間たちからは神の使いとされとったんやと。ただ、人間ほど繁殖能力は高うなかったから、選ばれた人間との間に子を成すことでしか種族を守れなかったらしいわ」
人間界でもエルフの繁殖力はあまり高くないとされていた覚えがある。
長い寿命を持っていたために世代交代の必要性がなく、たまにしか子供が産まれず、子供のエルフは珍しいという話をどこかで見たことがあった。
「セントポーリア城下の森にある結界や、ジギタリス大樹の入り口はヴァーフたちの文明がもたらしたと伝えられとる」
「なるほど……。かなり高い不思議技術を持っていたんだね」
結界についてはよく分からないけれど、ジギタリスの入り口なら身をもって体感している。
「そういうことやな。ただ純粋な長耳族がのうなったためか、古い技術は失われてもうたらしいけど……詳しいことは分からへん。俺は歴史の専門家やないからな」
人間との間に子供を作っても、その一族はそれらの技術を伝えることはしなかったということだろう。
「長耳族の話なら、フレイミアム大陸にもあるぞ。アリッサムの結界は、そいつらが作ったって話だからな」
おお?
あちこちにファンタジー?
いや、やっぱり魔界だ。
人間界とは違うんだとしみじみ思う。
人間界ではファンタジーな世界は物語……、空想の話でしかなかったから。
「フレイミアム大陸の長耳族は残っているんですか?」
「いや……。恐らくは全滅している」
「全滅?」
本来、生物の種の存在が途絶えた場合は、「絶滅」という単語を使う気がする。
人間界にも「絶滅危惧種」って言葉があるぐらいだし。
でも、「全滅」……。これはどちらかと言うと「絶えた」より「滅ぼした」と言う意味が強調される。
「古来のことだから私も伝え聞いた程度の知識しかねえよ。フレイミアムに伝わる話は酷くてな。人間との間で争いが起きた後、圧倒的に数で劣る長耳族は敗北。勝利した人間たちに隷従することになった」
「魔界でも……戦争はあったんですね」
人が多く集まる以上、ある程度は避けられない話だが……、これはちょっと違う気がする。
「土台は違っても感情や思考は人間界と大差はないだろ? 他大陸で行き来ができなかった時代だ。そうなると、私腹を肥やすためには狭い地域での争いとなる」
日本も……、昔、そうだった。
弥生時代から既に内乱はあったのだ。
さらに時が進んで戦国時代や江戸の末期など、もっと酷いものだったと習っている。
「しかも長耳族は容姿が整っていた。シルヴァーレン大陸の長耳族は種族維持のために進んで人間と混ざったかもしれないが、フレイミアム大陸のは強制的に人間との混血児が多く産まれたそうだ」
「うわっ! 酷い!」
思わず、叫んでしまった。
時代と言ってしまえばそれまでだし、倫理観が違うかもしれないけれど……、そんなのわたしは漫画や小説くらいしか見たことがない。
「なかなか重い話やな」
「……それで、長耳族は全滅……、ですか?」
どこか口籠るような九十九は、あまりこんな話は好きではないようだ。
いや、好きでも困る。
ノリノリだったら、正直、軽蔑する。
「他にもいろいろ理由はあるけどな。同じフレイミアム大陸でもピラカンサやグロリオサの外れ辺りにはもしかしたらジギタリスみたいに末裔はいるかもしれねえけど……、アリッサムにはもういなかったよ」
水尾先輩はどこか淋しそうにそう言った。
「アリッサムは、基本自国内での婚姻推奨国やからな。多種族が混ざると魔力、魔法に影響するさかい、あまり好まんかったとは思う」
「どこまでも魔法至上主義なんですね」
「魔法国家だからな。でも、婚姻を認めていなかったわけじゃねえぞ。尤もアリッサム内に残らず他国に行くことの方が多かったけどな」
「言われてみれば、ストレリチアの王子殿下の母親はアリッサム出身やったな」
「私の祖母と姉妹らしいぞ。聖騎士団の修行のために行った先で見初められたらしい」
「……なるほど。そんなところで繋がりがあったんやな」
水尾先輩と楓夜兄ちゃんは共通の明るい話題を見つけたようで、妙に盛り上がっている。
でも、わたしは先ほどの話が気になった。
「長耳族は……、魔法が使えなかったの?」
エルフって人間以上に魔法が使えるイメージがあったのだ。
少なくとも、人間界のエルフはそんな設定が多い。
「ヴァーフは人間が使うような魔法やのうて不思議な術を使ったとされとる。アリッサムのは知らへんけど。恐らくはさっきも言うた精霊を使っとったんやないかな」
楓夜兄ちゃんは嫌な顔もせずに、わたしに丁寧に説明してくれる。
「楓夜兄ちゃんも使えるって言っていたね。エル……、ヴァーフの末裔だからってこと?」
「使えるんは召喚だけやな。それも長耳族の末裔ってのが関係あるかは分からへん。そもそもホンマの話かも分かっとらんのやし。ただ事実として、俺は精霊を呼ぶことはできる。せやけど、自在に操ることはできへん」
「操れない?」
つまり、漫画の召喚のイメージでよくある「使役する」というのとは違うのか。
「精霊は気まぐれなんが多いからな。契約しとる精霊ならともかく、適当に呼んでも遊びに行ってまうで」
「普通の召喚魔法とは違うんだな。召喚魔法なら通常は従うはずなんだが……。やはり難しいってことか」
水尾先輩がなにやら呟いている。
「魔蟲や魔獣なんかと違うて、知能が人間より高いのも多いせいやろうな」
楓夜兄ちゃんがそう言って笑った。
「水尾さんは精霊を呼べるんですか?」
九十九がそう尋ねると……。
「呼べん! 相性が悪いらしい」
水尾先輩はきっぱりと言い切った。
魔法なら治癒以外なんでもできそうな水尾先輩だったが、どうやら精霊は本当に難しいらしい。
わたしなら七色の炎を出したり、水で龍を形作ったりできるのも十分凄いと思う。
「ミオルカは体内魔気がかなり強いからやろうな。そら、ほとんどの精霊は逃げるわ。やられとうないもん」
「そうなのか!?」
水尾先輩が驚きの声を上げる。
「ほとんどの精霊は人間ほど強うない。せやから、自衛のために体内魔気が強すぎる存在からは逃げるで。恐らく中心国の王族のほとんどは精霊の召喚が無理なんちゃうか」
「体内魔気を抑えても無理ってことか?」
「……栞嬢ちゃんみたいに完全に封印しても無理やと思う。仕える相手の表層魔気ではなく深層魔気で判断しとるらしいわ」
「そ、それじゃあ、どうにもならん」
水尾先輩が落ち込んでいる。
どうやら、精霊の召喚ができない可能性が高いというのは水尾先輩にとっては結構、ショックな事だったようだ。
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