表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

307/2805

思い込みと精神論

「話には聞いていたけど、魔界の技術って本当にすげえんだな」


 始動機を見つめながら呟く九十九の声で、わたしは激しい思考の波から現実へ引き戻される。


「え?」

「オレも兄貴とミヤ……、ミヤドリードから魔界の知識は受けたが、実際に見たりするのは初めてのことの方が多い。お前ほどではないが、オレも普通の魔界人とは違うからな」

「……と、言うと?」

「前にも言ったが、オレの人生の三分の二近くは人間界で過ごしている。記憶が無いことを除けば、お前とほとんど同じだよ」


 九十九は5歳の時、わたしと母を追って人間界に来たという。


 そして、再び魔界に戻るまで10年かかっている。

 今、彼は15歳だから……。


 ああ、確かに三分の二は人間界で暮らしていることになるのだ。


 でも……。


「知識や記憶って、かなり重要なことだと思うのだけど」


 それに幼少期……。

 自分が成長する基礎となる期間を過ごしていたというのは大きいのではないだろうか?


「それに、クレスノダール王子殿下はオレの魔力や魔法力を褒めてくれたが、それでも、オレのものなんてお前に遠く及ばない」


 九十九はきっぱりとそう言い切る。

 でも……。


「断言されても、わたし自身はよく分からないよ」


 記憶のない部分の話をされても正直、困るのだ。


 過去のことでも現在のことでも、知らないものは分からないままだし、覚えていないことなど思い出せるはずもない。


「封印って制限があるのにあれだけぶっ放すんだ。制限がなくなったらどれだけのことができることか……」


 そう言う九十九の瞳は、わたしを見ているようで、どこか別の人を見ている気がする。


 これはアレだ。

 セントポーリア城下で何度か見た彼の顔。


 現在のことを言っているようで、過去の人物を思い出している。

 そんな感じ。


 つまりは、わたしじゃない頃のわたしを見ているのだと思う。

 わたしの中にいるはずの彼女(昔のわたし)を。


「記憶が無いからこそ遠慮なくぶっ放せるのかもしれへんで」

「「は? 」」


 楓夜兄ちゃんの唐突な言葉にわたしも九十九も目が点になった。


「通常、魔法を使う時は無意識に制限しとるもんやろ。何も考えずに全力で放つのは阿呆や」

「あ~、その可能性はあるな~」


 先ほどまであちこち壁を叩くなど、不思議な行動をとっていた水尾先輩もいつの間にか近くに来てその意見に賛同する。


「普通は自分の身体の状態とかを考えながら魔法を使うから、多少は出力を絞ってるな。私だって全力で魔法を放ったら、多分、身体の方がもたねえだろうし」


 身体がもたないほどの力ってどれだけ凄いのでしょうか?


「ところで、さっきからミオルカは何しとったんや?」

「ん? ああ、船の耐久確認。うっかり壊すような素材だと困るし」

「どんなうっかりや」

「でも、やっぱりカルセオラリア製は魔法耐性高いな。これなら私でも簡単には壊せん」

「……それを本気で言っとるところが怖いわ」


 楓夜兄ちゃんはため息をつく。


 わたしと九十九はなんとなくお互いの顔を見るしかなかった。


「確かに嬢ちゃんやミオルカは王族やから、魔法力も魔力も高いのは当然や。俺も単純な魔法勝負なら絶対に勝てんやろうな」


 あっけらかんと楓夜兄ちゃんは笑顔で話す。


 だが、水尾先輩はその言葉に対して、少しひっかかりを覚えたようだ。


「……それは単純な魔法勝負以外なら私に勝てる可能性がある……とでも言いたいのか?」

「そこに食いつかれるとは思っとらんかったな。でも、そう言うことや。魔法を使うのが人間である以上、いくらでも隙は見つかるし作れると俺は思うで」


 現に魔法国家アリッサムは、ミラージュという謎ではあるが、中心国ですらない国によって壊滅させられている。


「それにミオルカでも、法力国家の大神官相手に容易に勝てると思っとる?」

「……あの人には勝てると思ってねえ」


 水尾先輩は少し考えてそう答えた。


 大神官って……、確かあの恭哉(きょうや)兄ちゃんだよね?


 魔法国家と呼ばれる国の王女で、あれだけ魔法を使える水尾先輩でも勝てそうにもないと思うような人だったのか……。


「ヤツは王族どころか貴族ですらないで」

「「は? 」」


 水尾先輩と九十九が同時に反応した。


 それだけ意外な言葉だったのだろう。

 でも、わたしにとっては大神官……、恭哉兄ちゃんは普通の優しいお兄さんだった。


 だから、余計に二人の驚きは分からない。


「公式的には前々大神官の息子ってことになっとるけど、ヤツは養子や。せやから血の繋がり言うんはないはずやで。まあ、前々大神官の隠し子説も流れたことはあったけど、年齢的に難しいやろうな~。前々大神官はかなりの高齢やし」

「養子なのは知ってたけど、貴族ですらなかったのか。才能を見込まれたからこそ養子になったとばかり思っていた」

「ないない」


 楓夜兄ちゃんは笑いながら、水尾先輩の言葉を否定するように手を振った。


「ヤツが養子になったのは赤子の時や。魔法の才能ならともかく、神への信仰心が力を左右するような法力の才能なんて分からへんよ」

「それって……、割と極秘の話なんじゃないの?」


 少なくとも大神官と呼ばれる立場にいる人の出自って割と重要な話だと思うのだけど。


「法力国家内では有名な話やから、結果として各国の正神官は知っとるようなことやで。正神官になるためには法力国家へ行くはずやからな」

「……ってことは、聖騎士団も知っていた可能性があるな」


 水尾先輩は自分の顎に手を手をやる。


「ああ、魔法国家も騎士たちは法力を学ぶためにストレリチアまで行くんやったな。それなら、知っとるはずや」

「魔界には守秘義務ってないの? 赤ちゃんのうちから養子とかって結構、複雑な話だと思うんだけど」


 そのことで当事者や周囲に与える影響とかは少なからずあると思う。


「それが知られた所でヤツの力が落ちるわけでもないし、他の人間がアイツを蹴落とすことをできるわけでもない。何より、自分は多くを語らずに、妬むような阿呆な輩を実力で黙らせるようなヤツやからな」

「ああ、うん。そんな感じはあったね」


 記憶の中の恭哉兄ちゃんは、真面目で穏やかで落ち着いていたけど、あまり大人しいという印象はなかった。


 楓夜兄ちゃんと並んでいたせいか口数が多い印象はないのだけど、一言一言に力があった感じだ。


「……あれだけ突出しているような方でも妬みとかは買うのか」

「若くして上へ上がれば自然とそうなるわ。尤も、妬むのは実力ある年配ではなく未熟な若輩者ばかりやったけどな。それでも、人間界へ行くまでの話で、行ってからはほとんどそんな阿呆な噂も聞かなくなったけどな」


 相手が若いからその地位や才能を妬むっていうのは正直、わたしにはよく分からない心理だった。


 相手を羨んだ所で、自分の実力が増大するわけでもないのに。


 そんなことをするよりも、自分の知識や経験を積み重ねた方がもっとずっとマシだと思う。


「法力かあ……。確かに魔法以外のモンで来られたら私が弱いのは認める。ある程度、対処できる気ではいるけどな」

「魔法にしても基本的には精神力が大事やろ? そうなると万事万全言うわけにもいかんと思うで。体調不良だってあるやろうし、精神状態が不安定なことだってゼロやない」

「精神力……、そして、意思か。やっぱり思い込みが激しい方が魔法を使う上では有利なのかな」


 わたしがポツリと呟く。


「……それなら間違いなくお前が魔界で一番だな」


 なかなかひどいことを隣にいる九十九に言われた気がする。


「高田の言うことも一理ある。思い込み……、自己催眠を利用して強化する魔法もあるからな」

「そんなん、あるんかいな」

「個人的には精神の強さと思い込みは少し違うと思っている。この辺りは精神論になるから、言葉で説明するのは難しいんだが」


 水尾先輩が少し言いよどむ。


 思い込みが激しい人の精神力が強いとはわたしも思わない。

 でも、なんとなくは分かるけど、確かに明確な説明となると難しい。


 感覚的な問題……、だからかな?


「思い込みの激しい人間は基本的に自分のことしか認めない。周りの意思など気にしないから己を信じ込むことができる。だが、精神力が強い人間となると自分を信じた上で他者のことも受け入れることができる。その違いだろう」


 雄也先輩が紅玉髄を見つめながら、独り言のようにそう呟いた。


「なるほど、今の話は分かりやすいな。確かに精神力に関しては、自分と他者の関係はある気がするわ」


 楓夜兄ちゃんがその意見に賛成した。


 確かに他人のことを受け入れる人間は弱くない気がする。


「勿論、無条件になんでも受け入れる人間は精神力が強いとは言い難いがな。他者の意見を情報として取り込みつつ、自分の中で昇華させることができる人間こそが強いのだと俺は思っている」

「……でも、先輩のその論だと、情報国家が最強になるんじゃねえか?」


 水尾先輩がさらにいろいろと言いたそうにしながらも、雄也先輩を見る。


「彼らが精神的に弱いと思うか?」


 その雄也先輩は紅玉髄から目を逸らさないまま、そう答えた。


「……ああ、思わねえ。確かに逞しい、というよりしつこくしぶとい。ウザイ!」

「イースターカクタスの場合は、確かに強いんやけど、他国と混ざりすぎていて魔力が弱まっとったりするからな。王族はある程度強い魔力は維持しとる辺りはしっかりしとると思うんやけど」


 楓夜兄ちゃんと水尾先輩が、なんとも言えない顔で向き合う。


 どうやら、情報国家とやらは本当に厄介な存在のようだ。


 雄也先輩はずっとそう言っていたけど、水尾先輩や楓夜兄ちゃんまで似たような考えだとは思わなかった。


 一体、どれだけ面倒な国なのだろう?


 でも……、いつかは、()()()()()()()()()()()()()のだろうね。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ