少しだけ繋がる
「生まれつき……だと?」
水尾は分かりやすく怪訝な顔をする。
少なくとも、彼女の知識の中には、生まれつきこんな奇妙な体内魔気になる事例などなかったからだ。
「聞きたいことはそれだけか?」
「待て。その体内魔気が生まれつきというのが信じられん」
「確かにそれを証明する手立てはないな。だが、俺の国……ミラージュで生まれた人間は大抵そうなる。6属性の魔気のいずれかと、このよく分からん魔気が混ざって生まれてくるんだ」
水尾は顔を顰める。
6属性以外の魔気……。
それが少しだけ頭にひっかかった。
だが……、知識としてあっても、感覚が伴わない。
認めれば楽になるのに、魔法国家の常識がそれを邪魔している気がする。
いや……、邪魔をしてるのは別の何かだ。
魔法国家の王族として、その存在を決して認めてはならない……。
認めてしまえば……。
「それは……『魔神』とやらのせいかい?」
雄也の問いかけに、水尾の思考は中断される。
「御伽話の世界と思われたミラージュが存在する以上、『魔神が眠る地』というのも誇張とは言い難くなるな」
あの情報国家すらその存在を確認できない国。
地図上のどこにも存在せず、聖女が「魔神」を封じた場所を隠すために作られた幻の国とも言われていた「ミラージュ」。
「その辺については、俺はあまり詳しくない。尤も国王なら何か知っているかもしれんけどな」
紅い髪の男はそう言いながら肩を竦める。
「王子と言っても俺は名ばかりのものだ。父親とも考え方が違いすぎてまともに会話すらできん。だから国王の思考を予想したとしてもその斜め上の行動を取られる方が多い。アリッサムのことはその最たるものだ」
「その国王がなんでアリッサムを襲撃させたのかは分かってるのか?」
「さっき言ったように王の思考は予測し難い。だけどアリッサムについては……、思い当たる部分はあるが、そこまで口にするつもりはない」
その言葉に水尾は思わず反応しそうになって、雄也に手で制された。
「襲撃はアリッサムじゃなければならなかったのか?」
水尾に代わって、雄也が確認する。
「いや。その点についてはっきり確認したわけではないけど、多分、国王にとってはどの国でも良かったんだと思う」
「――――っ!!」
そのあまりの言い草に、水尾はまたも沸騰直前になる。
「中心国でなければならなかった、とか?」
雄也はそんな彼女に構わず、話を続けていく。
「中心国の方が都合は良かったと思うな。アリッサムにした理由は人間が集中していて襲撃しやすかった。理由としては、それだけだとは思う」
どこか挑発的な物言いに、水尾は自分が煽られていると分かっていても、怒りを抑え難かった。
「……なるほど。それなら目的は高い魔力ということになるな」
「「は? 」」
唐突な雄也の言葉に、紅い髪の男だけではなく半ば切れかかっていた水尾ですら、頭が追いつかなかった。
「襲撃者の目的は、国民を殺すことより奪うことにあったと聞いている。中心国は総じて魔力が高いがアリッサムは別格だった。純度が高いものならセントポーリアが一番だっただろう。質より量というのなら、一番人口が多いローダンセということになるか」
「殺すより……奪う?」
紅い髪の男がそう呟いた。
その辺りは知らなかったとでも言うように。
「ああ、現に変な鎖で国民たちを捉えようとしていたヤツらがいた。それは私自身見ていたから分かっている。それに……」
「なるほど、本当に関わっていないことが分かるな。同時にそちらの国の国王陛下はかなりの秘密主義ということか」
水尾の言葉に被せるように雄也が結論付ける。
そのことを水尾はやや不審に思うも、自分が続けようとした言葉を言わせないようにされた気がした。
聞きたいことはあるが、こちらから必要以上の情報をくれてやる必要はないということだろう。
「こいつの芝居の可能性もあるぞ」
「不意の言葉にすぐ対応できるほど捻くれた人種ではなく、存外素直そうだ。それに芝居を打つならもっと自国に有利な反応をする」
「ああ、なるほど。確かに先輩と人種が違うのは分かる」
先ほどまでの会話を水尾は思い出しながら納得する。
「馬鹿にしてんのか? あんたたち」
「「褒めてるよ」」
「仲が悪い癖にハモんなよ」
それまでの論争をピタリと止めて同じ言葉を発した男女に対して、紅い髪の男は苦々しく思いながらも、笑うしかなかった。
「しかし、確かに先輩の言うようにこいつから聞き出せることも聞き出す意味もあまり感じなくなったな」
水尾はため息を吐きながらそう言う。
折角、得た手がかりだと言うのに、彼女の反応はあっさりしたものだった。
「癪だけどな」
自分を睨みながらそう言い捨てた水尾に対して、雄也が苦笑する。
「気は済んだかい?」
「さっきまでよりは。なんか先輩の思惑にハマった感がしてすごく嫌だけどな」
水尾は素直に思ったことを口にした。
「聞きたいことはそれだけか?」
「もう一つ、聞いても良いかい?」
「嫌だって言っても聞く気だろ? 良いぜ、言ってみな。答えるかは別だけどな」
内容によっては答えてやっても良いと紅い髪の男は言った。
「キミはセントポーリア王妃殿下のことはどう思っている?」
「なんでそんな質問をするのかよく分からんが、好みの話ならあんな年増は好きじゃない。請われても相手をするのはごめんだな」
そう言って彼は不敵に笑った。
その笑みとその返答の意味は雄也にはよく分かる。
「そうか」
それを聞いて雄也も同じように笑った。
それぐらい大したことではないとでも言うように。
そして、それぐらいの反応はするだろう。
そう思っていたから、紅い髪の男としても不満はなかった。
互いに嘘は言っていない。
「で、結局、俺は解放してもらえるのか?」
「もう良いとは思うが、貴女はどうだい?」
「私ももう良い。大体、現時点で聞きたいことは聞けたと思う」
「思ったより、あっさりと解放してくれるんだな」
「十分、尋問を行われた後であっさりと言えるキミも大物だと思う。割と素直な返答だったし」
「痛い思いはしたくないんでね。あんたたちなら凄惨な拷問も可能だろ?」
「私には無理だな。加減できる気がしねえから」
「凄惨というのがどの辺りを指すかが分からないな。精神はともかく、身体の傷が治る程度なら許容かい?」
即答する二人の言葉は方向が違うものの、内容としてはかなり恐ろしいものであった。
「二人して怖えよ」
紅い髪の男としては、そう答えるしかなかった。
****
紅い髪の男はフードを被り直す。
「じゃあな。また会えるかは分からんが……」
そう言って、紅い髪の男は向き直ると。
「最後に一つだけ良いかい?」
雄也が笑みを浮かべてそう言った。
「まだあるのかよ」
紅い髪の男は溜息を吐きながら、手を止める。
「主人を護ってくれてありがとう」
雄也にしては穏やかで裏のない言葉で礼を口にした。
「それについては、礼を言われることじゃねえ」
先ほど、彼女を守ったのは条件反射に近い。
巨大な魔法に対して、咄嗟に腕の中にあったものを守ろうとしただけのことだ。
「いや、俺たちが知らない時代の話だ。キミがいなければ俺も弟も生きていなかった可能性がある」
「「は? 」」
紅い髪の男と水尾は雄也の言葉の真意をはかりかねた。
「王子殿下が突き落とすほどの殺意を抱く対象はそう多くない。確かに短気な方ではあるが、俺が知る限り幼子に憎悪を向けられたことはなかった」
「それって……」
水尾はそれで理解する。
その「幼子」が誰のことだったのかを。
「王子殿下が塔から突き落としたのは昔のシオリ様だね。そして、それを助けたのがキミ。その際に大怪我した彼を助けるために彼女が治癒魔法を使ったと俺は思ったのだが、どうだろう?」
「気味が悪ぃ……」
思わず紅い髪の男から出た言葉。
それはその場で聞いていた水尾にとって肯定としか思えなかった。
「その後に俺たち兄弟はシオリ様に拾われている。だから、間接的には俺たちにとっても恩人だ。そういった意味でも、無碍にはできないな。そんなキミの心が少しでも晴れることを祈るよ」
そう言う雄也に対して紅い髪の男は何を思ったのか……。
「……あの時、俺が助けなくても、あの頃のシオリなら自力でなんとかできたはずだ」
それだけ言い残して、彼は姿を消した。
どうやら、転移魔法を使ったようだ。
「せ、先輩……。今のって……」
水尾が恐る恐る尋ねる。
まるで本当に見通す眼を持っているようで、目の前にいる青年が酷く恐ろしい存在に思える。
「先ほどの話と俺が元から知っていた話を繋げただけだよ。シオリ様が塔から突き落とされたことがあるのは聞いていたからね。その時、誰かに助けられたという話は聞いていなかったけど、まさか、俺たち以外にも幼馴染がいるとは思わなかったな」
「聞いてたって?」
水尾はその事実に少しだけホッとする。
何もない状態から導き出したわけではないようだ。
「昔、俺の前ではなかったけど、王子殿下が口を滑らせたことがある。『不死身の娘』だと。しかも、落とした後でも全てを忘れたかのようにけろっとしていて、不気味だったとまで言ってたよ」
「聞くに堪えない外道っぷりだな。あの王子」
雄也の言葉だけでも水尾にとっては嫌悪感がする存在だと分かる。
邪魔だから殺す……。
子供とはいえ、その浅はかな発想は、同じ王族という立場にあった彼女にとっては唾棄すべき感情だった。
「彼なりに理由はあるよ。不倫の果てに生まれた異母兄妹に愛情を抱けというのが無理な話だ。それも自分の立場を脅かすような存在だからね」
「それでも、生まれた子どもに罪はあると思うか?」
その辺り、水尾は納得できない。
確かに良いことではないが、それは親のしたことであって、結果、産まれた子どもにまで道義的な責任はないと思うのだ。
「産まれてきてはいけない存在というのは少なからずある。それが分からないのは貴女が恵まれた家庭環境にいたからだと思うが?」
雄也の言葉に対して、少しだけムッとなる。
「娘に対し、『男が良かった』などと、溜め息を吐きながらのたまうような父親だったがな」
「直接、不満を言ってくれるだけ微笑ましい環境だよ」
そう言って、雄也は笑った。
言われ続けてきた水尾にとっては、その言葉は呪いのようなものだったが、他人から見ればそんなものなのだろう。
そう彼女は納得した。
そして、同時に、やっぱりこの青年とは思考も価値観も違いすぎるな……と考えるのだった。
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