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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 船旅編 ~

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誰よりもペースを乱す青年

「むっ!?」


 紅い炎が水尾を取り巻くように燃え上がった。


 これは、彼女の自動防御だ。

 自分の意思より先に、魔気が危険を察した時のみ発動する。


 水尾は目の前の相手を見た。

 意識を失ったように見える紅い髪の男からではない。


 自分が無意識に危険だと思ったのは……。


 ―――― どふんっ


 それは、何か重い物が落下した時の音に似ていた。


 だが、実際はその逆。

 風圧により重い物が舞い上がったのだ。


 風を纏った魔力の塊が勢いよく天に向かって突き上がるその様はまるで……。


「風の龍!?」


 水尾が先ほど放ったのは洋風の龍だったが、そこからうねりを上げて飛び上がったのは和風の龍に似ていた。


 何のことはない。

 竜巻のような風が吹き上げ、そのままそこにいた紅い髪の男を持ち上げただけの話。


 だが、その一連の流れは空想上の龍を思わせるのに相応しかった。


 そのあまりの見事さに、水尾は目を奪われる。


「これは……、想像以上だ」


 才能という言葉があるが、水尾はそれを自分が持ち合わせているとは思っていない。

 水尾はどちらかと言うと努力型だと自覚していた。


 姉二人の才能には到底及ばない、とも。


「感心するのは構わないが、彼を放置するのはいかがなものかと」

「…………先輩がいたから大丈夫だろ」


 不意に傍で聞こえた声に水尾はぶっきらぼうに答える。


「おや、それは光栄」

「既に先輩が男を抱えた状態でいたのに、私に何ができるというんだ?」


 水尾が口にしたとおり、既に紅い髪の男は雄也が左肩に担いでいた。

 そして、その反対の腕には栞もいる。


「治癒魔法は?」

「不得手。少年の話じゃ先輩も得意じゃねえんだろ? だったら()()()()()()()()()()()……」


 そう言いながら、水尾は紅い髪の男に触れかけた指を止める。


「……火傷が、ない?」


 無数にあると思われた小さな火傷は治癒を施すまでもなく消えていた。

 熱で少し傷んだはずの髪の毛も違和感がない。


「そこまで加減をした覚えは…………」

「見た所、彼の服や外套は傷んでいるようだな。つまり、これは治癒魔法の痕だと考えるべきだろう」


 雄也は紅い髪の男を地面に下ろしながら、その身体を確認する。


「治癒魔法っていつだ!?」

「彼は貴女の魔法を受けて既に意識が刈り取られていた。ならば、他に治癒魔法を扱える可能性がある人間は一人しかいない」

「まさか、あれが……治癒魔法……だと?」


 水尾は先ほど目の前で見た魔力の塊を思い出す。


 普通の魔法には見えなかったそれは、目の前にいる青年に言わせれば、治癒魔法の一種だったと。


 雄也の言葉の意味が理解できないわけではないが、それにしても信じがたい話だ。


「魔法を使う際に、出力調整ができなかったことが、彼女の最大の欠点だったと記憶している」


 雄也はそう溜息を吐く。


「つまり、昔からだってことか?」

「その辺りは愚弟がよく知っているよ。何度も宙を舞っていたからね」


 そう言って、雄也は何でもないように言った。


「その辺りの話はここまで。そろそろ結界を解かねば、夜とは言え、近隣に怪しまれるだろう」

「そいつはどうする気だ?」

「このまま、放置が最適かな。連れ帰っても揉め事の原因にしかならないだろうね」


 そして、一番揉めることとなるのは、彼の弟であることは想像に難くない。


「情報を聞き出したりはしないのか?」


 水尾にとって、そこは意外に思えた。


「ある程度、栞ちゃんとの会話で引き出しているからね。現状では、これ以上は難しいだろう。あれらの会話も……、彼女だから聞き出すことができたのだろうし」

「……アリッサムのことを知ってそうだぞ」


 水尾としては簡単に解放したくはない。


 その紅い髪の男は、ようやく手に入れた手がかりなのだ。


「当事者じゃない人間から聞き出しても憶測や推測が混ざった曖昧なものになる可能性が高いだろう。かの国の王子殿下とはいえ、彼に全てが伝わっているとは思えないからね」

「女王陛下や王配殿下の行方を知っている可能性もある」


 それが分かるだけでも、全然違うだろう。


「可能性としてはね。でも、彼は貴女相手に『生きていた』と言った。『双子だけあって判別できない』とも。少なくともマオリア王女殿下たちの行方についても彼は分からないということだと思う。そうなると、他の王族に関しても知っているとも思えない」


 雄也の言い分は分かるが、水尾としては曖昧でも推測でしかなくても、僅かな手がかりでも良いから欲しいところであった。


 占術師の口から、彼女たちが生きていることは伝えられたが、どこにいるのか、どうしているのは分からないままなのだ。


「それに情報を聞き出したければ問答無用の攻撃は悪手だったかな。少なくとも俺なら真実を語りたくはなくなるよ」

「……先輩には分からねえよ」


 水尾だって先ほどのやり方が正しいとは思っていない。

 だが、頭では分かっていても感情が付いてこなかったのだ。


 自分の国を崩壊させた原因となった国の人間が目の前にいて、冷静でいられるはずなどないではないか。


「ミラージュの全責任を王子である彼に押し付けた所で何もならないとは思う」

「王族なら、国の不始末を負う必要があるとは思うが」

「襲撃理由が分かっていないから本当に『不始末』かどうかは断言できないけれどね」

「アリッサムが襲われる理由があったとでも言う気か?」

「いや、そこまでは」


 雄也は水尾の言葉を即座に否定する。


 どんな理由があったとしても、自国のために他国を侵害して良い理由はない。


「だが、それを言い出してしまうと、民を守りきれなかった王族にも相応の責務を求められるね。例え、身内である女王陛下と王配殿下も被害者ではあっても、民は納得出来ないだろう。それに貴女だって縋り付く民より私情を優先したことに変わりはない」

「っ! それとこれとは話が……」

「同じだよ。国の責任が国王陛下だけではなく王族にまで及ぶと答えてしまうならね」


 国の大小に関わらず、国家というものは(すべか)らく、全ての財産を守る務めを担っているとされる。


 この場合、財産とは単純に土地や家屋などの固定資産や金品だけではなく、国民を含めた国土内にある全てのモノのことだ。


 なかなか壮大な割に曖昧な話ではあるが、それを守って当然だと言う約束の元、国が成り立っているのが現状だったりする。


 勿論、個々の小さな諍いまで口を出す必要はないが、国家存亡の危機が迫った時は王が率先して国民たちを護ってきた歴史がある。


 尤も、近年ではそんな大きな事態に陥ることもなく、平和を享受しているが、国民たちはその状態も国家が生活保障をしてくれているためのものだと理解しているのだ。


 そして、国家とは基本的に国王が全責任を負うものである。

 王族や貴族はそれを手助けしているものに過ぎない。


 司法権、行政権、立法権の頂点は王にある絶対王政。

 そんな権力集中に異を唱えるものはこの世界にはほとんどいない。


 そして、それこそが「国王」と言う存在に対して多大なる責務が課されていることの証明でもある。


 次代に譲ることでしか解放されることのない重圧。

 いや、譲った後も最後の最期までその身をもって死ぬまで護り続けよと国は言うのだ。


「一度、王となった人間は最期まで国を守り続けなければいけばならない。そんなことは、俺よりも王族である貴女のほうがご存知だと思うが?」


 雄也の言葉は実は正しくない。


 国民の意識では、「王は死して尚、国を守り続けよ」となっているからだ。


 生命が尽きたからと言って、簡単に国を護るという使命を放棄するなと。


 その魂がやがて新たな生命となって生まれ変わる瞬間までは死後の世界である聖霊界にも行かずに国に留まり続けよと。


 実際、辺境の国では国王の死の際に魂を聖霊界に送る「葬送(そうそう)儀」ではなく、現世に魂を留める「留魂(りゅうこん)儀」と呼ばれるそんな儀式を行う国もあるらしい。


 万一、その考えのとおりに国が成り立っているのなら、魔界ではどれだけの「国王」と呼ばれた人間たちの魂が留めおかれているのだろうか。


「……分かってるよ。単に八つ当たりだよ」


 王族は絶対君主である「国王」の手助けをするが、全ての責任を背負うことはない。

 それは国王の役目だから。


「国の責任は国王の責任であり、王族といえども全部を背負う必要はない。各国間で起きたトラブルは国王たちの立会の下で調整されるものであって、その血を引いているだけの王子や王女程度では話にならんってことぐらい理解できてる。でも……簡単に納得できるかは別だ」

「それは当然だろう。実際、貴女は被害者なのだから。加害者に詰め寄りたくなるのは自然な心理だね」

「……先輩は誰の味方なんだ?」


 雄也の言葉に、水尾はかねてから抱いていた疑問を口にしていた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


新作「乙女ゲームに異物混入」を投稿しました。

こちらは本作より、更新はゆっくりとなります。

こちらもよろしくお願いいたします。

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