齎された情報
さて、放課後である。
流石に、もう課外授業はない。もう本番目前だからだ。
帰り支度をしていると……。
「ケイちゃん、シオちゃ~ん! 良かった、まだいてくれた! ニュースニュース!!」
一人の女子生徒が教室に飛び込んできた。
「真理亜……?」
わたしは思わず彼女の名を口にする。
「他のクラスがわざわざ何の用で?」
ワカも訝し気な顔のまま、そんなことを言った。
「良かった~。まだ、帰ってなかったんだね」
わたしたちの反応を気にせず、邪気のない顔で笑った。
彼女の名は、新田真理亜。
別のクラスの生徒である。
ふわふわした少し茶色がかった髪。
大きな二重の好奇心の強そうな瞳はほどよく垂れていて、悪い人に簡単に騙されちゃいそうな顔をしている。
何食べたらそこまで細くなるんだ? と聞きたくなるようなすらりと伸びた細い手足や首。
それなのに、存在感をアピールしている大きな胸。
そして、わたしやワカより背は高いが、全面的に守りたくなるような雰囲気を醸し出している。
庇護欲をかきたてる存在……という感じかな。
そんな理由から男子には人気がある女子だった。
さて、基本的にこの学校は特別な理由がない限り、通常時間は他クラス同士の交流が制限されている。
分かりやすく言うと、用がないのに別のクラスに立ち入るなというもの。
教科書の貸し借りを禁止するためとか、いじめ対策などを含めた混乱防止の措置をとりやすくしているというなど、いろいろな建前はあるが、その真偽については不明。
他のクラスであるこの真理亜との接点は、ワカの場合、同じ演劇部だったため。
そして、わたしは去年、委員会が同じだったから面識があった。
わたしたちの方から彼女に会いにほとんど行くことはないが、ワカに懐いているのか、割とよく放課後にこのクラスまで来たりする。
まあ、ワカが演劇部の部長やっていたのだから、副部長の彼女が来ること自体は自然な流れなんだけど……、部活を引退した後も顔を出すのはちょっと不思議だね。
「うん、今、帰るところだったんだけど……、どうしたの? 別クラスまでわざわざ来るほどのニュースって……」
まるで、漫画のようだと思った。
「そ、それが……ね、シオちゃん。今……、校門に、他校の男子生徒がいるんだけど……」
ん?
他校の男子生徒?
そんな疑問を浮かべるわたしとは対象的に、ワカは呆れたように言う。
「そりゃ、いてもおかしくないでしょ。他校の生徒と付き合ってる女子なんていっぱいいるじゃない。いつも、何人かこそこそと坂の下とかで待ってたりするけど、校門は珍しいね。堂々とした少年もいたもんだ」
堂々とした少年……。
何故だろう。
そのフレーズは、嫌な予感しかしない。
そして、何故か、朝に会った少年の顔が頭にチラつく。
「いたもんだ、じゃないよ、ケイちゃん。その子、結構、かっこいいらしいよ」
「ほほう、かっこいい? どんな方向で?」
あ、ワカが食いついた。
その気持ちは分かるんだけど、わたしはどうしても何かがひっかかって仕方がない。
「背はあまり高くないみたいなんだけど、かっこいい……と可愛いの中間みたいな感じらしいよ」
「可愛いって黒川くんみたいな?」
わたしはこの学校で一番可愛いと評判の生徒を思い出す。
言っておくが、我が校で一番可愛いと言われているのは女子ではなく男子だ。
なよっとした印象ではないのに、普通に顔が本当に愛らしいのだ。
男子にしておくのが勿体無いと評判だったが、わたしは、彼が女子じゃなくてよかったと思っている。
昨年、同じクラスだったのだが、彼のように真っ直ぐな性格では、生き馬の目を抜くことが日常とされる女子社会で生き抜くのが大変だろう。
「黒川……? ああ、剣道部だった子だね。あの子ほどの可愛さは女子でも無理じゃないかな。男の子なのに凄いよね~」
そう言いながら、真理亜はにっこりと笑った。
「でも、聞いた所によると、その他校の生徒。さっき彼氏持ちの二年生がうっかり足を止めちゃって、横にいた彼から責められる事態になったらしいよ」
「あら、修羅場ンバ。そっちの方が興味あるわ」
笑いながら、そんなことを言うワカ。
ところで、「修羅場ンバ」って何?
妙に語呂が良いけど……。
「ケイちゃん……」
「ワカ……」
真理亜とわたしが呆れたくなるのも分かるだろう。
「いや、勿論、喧嘩が見たいわけじゃないのよ。そこまで悪趣味じゃない。でも、演技の参考にはなるんじゃないかな~っと。嫉妬の感情って私にはよく分からないから」
「いや、その発想は十分、悪趣味だよ、ワカ」
ワカは演劇部だったせいか、人間観察が好きだったりする。
そこで得た知識を新たな糧として、自分の演技に取り込んでいくのだ。
ある種のプロ根性だと思う。
「ケイちゃん、演技のための人間観察も良いけど、彼氏とかは作らないの?」
真理亜もそのワカの性質を知っているようで、その部分についてはあまり気にしていないようだ。
「いらない。その辺の男子は中身がなくてつまらん! 鑑賞としては良くても、まだまだガキンチョが多い」
「ガキンチョって……、いくつぐらいなら良いの?」
ワカに「ガキンチョ」扱いされたその辺の男子と付き合い出したという真理亜は、どこか複雑な顔で尋ねる。
「そうね~、八十歳くらい?」
「「年上すぎ!! 」」
わたしと真理亜が同時に突っ込む。
いくら何でも、その歳の差はないと思う。
少なくとも、わたしは無理だ。
「そう? 加えて財産と権威を持っていれば最高じゃない? 余命は少なくて良いからさ!」
「……分かりやすく何かを狙っているとしか思えないよ、ワカ」
わたしは呆れてしまう。
どこまで本気かも分からないけど。
「でも、それは言いすぎとしても、やっぱ、男は年上っしょ! 同年代の男子はどうしても幼さが目立っちゃうし。ああ、別に2人をバカにしてるわけじゃないのよ? 同級生は話題をあわせやすいからね」
「とって付けたようなフォローをありがとう」
わたしはそう答える。
本当にワカは馬鹿にしているわけじゃないのだろうけど、真理亜はなんとも言えない顔をしていた。
わたしに何か言いたげな視線を送ってくる。
「いや~、幼児期にすっごくマメに贈り物を送りつけてくる同年代の男がいてさ~。それで思ったの。やっぱ、年齢が近いガキな男はダメなんだと」
「……幼児期の同年代ならお子様でも仕方ないと思うよ?」
それに幼児期なら好意を示すための贈り物攻撃はおかしくないことだと思う。
いや、わたし、実はその幼児期の記憶ってやつを封印されちゃっているらしいので、想像することしかできないんだけど。
「そんなこと言ってるから、演劇部部長なんて魅力アピールしやすい場所にいても彼氏ができなかったんだね」
真理亜は疲れたように肩を落としたが、すぐにわたしの方を向いて目をきらきらさせて尋ねてくる。
彼女も結構、復活早くて逞しい気がする。
「シオちゃんは? 流石にケイちゃんみたいに同級生に興味ないなんて言わないでしょ?」
さらに、そんなことを突然、言い出した。
ああ、女子中学生ってなんで恋バナ好きなんだろうね。
それも、自分がうまくいってる人ほど話したがるし、聞きたがるのは何故?
「へ? わたし? わたし……、は……」
なんて答えようかと迷っていた時……。
「ああ、高田は最近、すっごい良い男を捕まえたよ」
そんな声が横から聞こえた。
ちょっと若宮さん?
誰が「すっごい良い男」ですって?
いや、否定はしないよ?
でも、ワカはまだ会ってないはずだよね?
「え……?」
わたしではなく、横から自然に答えたワカの返事に、真理亜が目を丸くする。
そりゃあ、ビックリだよね。
いや、このワカの言葉はわたしだって驚いてるのだから。
せめて、当人に会ってから言ってくださいよという話だ。
「いや~、幼馴染に再会してそのまま意気投合! ああ、なんて漫画みたいなんでしょう!」
幼馴染?
小学校の同級生も幼馴染って言っても良いの?
それだと、わたしの場合、一学年だけでも100人規模になっちゃうよ?
「シオちゃん、ケイちゃんが言ったことって本当?」
「大袈裟だけどそこまで外れてはないかな」
「そっかあ、それで……」
そう言いながら、真理亜は少し目線を落とした。
あれ?
もう少し突っ込んでくると思ったけど、どうしたんだろう。
まあ、下手に突かれるとボロが出そうだから助かるんだけど。
そんなわたしたち二人の会話に興味がなかったのか。
ワカが窓を見ながら言った。
「なるほど……、校門のとこに男がいる。さらに、男女ともそちらを見て通ってるね」
「え? 見えるの?」
校門の方角を見るが、わたしの位置からからは、木が邪魔していてよく見えない。
でも、人の流れは確かにいつもと違う気がする。
「あそこ……。門のとこに頭だけ見える。あそこまで露骨に視線を集めてもキョロキョロしてないなんて大物ね。高田、悪いけど、私、ちょっと先に見てくる」
「へ?」
そう言いながら、わたしの返事も待たずにワカはカバンを持って、教室から出ていった。
「相変わらず、決めたら行動が早いね~、ケイちゃんって」
「……ワカだからね。」
わたしはそう言って肩を竦めるしかなかったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。