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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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いつもと同じ帰り道

「それにしても……、なんでここ三日ほど、課外授業になると寝るの? しかも、じゃすと残り10分のとこで。2月までは普通だったよね?」


 校門に向かう途中、ワカがこんなことを聞いてきた。


「さぁ?」


 そんなのわたしにだって分からない。


 ただ、ワカの言う通り、残り10分くらいになると、何故か強烈な眠気に襲われるようになったのは間違いなく今月に入ってからだ。


 そして……。


「でも、その間、決まって変な夢を見てるんだってことだけは覚えてる」

「夢?」


 ワカが不思議そうに問いかける。


「うん。誰かに呼ばれる夢」


 自分の姿さえ見えないような真っ白な世界の中で、響く声。


 それがわたしに向かって呼びかけている声なのは分かるけど、何を言われているのかは意識がはっきりした今となっても分からない。


 もしかして外国の言葉……、だったりするのかな?

 それなら、聞き取れないのも仕方ないよね。


「誰に?」

「う~ん…………。正直、分からない。だから『誰か』」

「男? 女?」


 ワカは重ねて質問してきた。


「多分……、男? でも、姿は見てないからはっきりとは断言できないよ」

「聞き覚えは?」

「あるような、ないような?」


 聞いたことがある気もするけど、その声とは少し違う。


 でも、その聞いたことがある声についても、はっきりと「誰」と分かっているわけではない。


 こう頭のどこかに聞き覚えのある声に似ているという感覚だけが残っていて、実際、特定できないのだ。


「あ~、もう! はっきりしない返事ばっかね~」

「そんなこと言われたって……。夢だから記憶も曖昧になるのは多少、仕方がないことでしょ?」


 簡単に思い出せれば、こんなに考える必要もない。


「そこを思い出せと言ってるの」

「そんな無茶な」


 ワカはいつも無茶ばかり言う。


 でも、彼女にはどこか不思議な空気があって、それが無茶な要求だと分かっていても、ある程度は挑戦してみようと言う気になってしまうのだ。


 これってカリスマというやつだろうか?


 そんなわけで、ただでさえぼんやりした記憶だったけど、一生懸命思い出そうと努力をしてみる。


「ん~、歳は近そうな感じだったかな。声変わりしてないわけじゃないけど、そこまで低くないような男の子の声っぽかった」


 記憶に中に微かに残っている声は、同級生たちと同じように、少しだけ低かった。


「ほほう、殿方とな? それはこの学校の男子?」

「違う。それはなんでか分かんないけど分かる」

「いや、わけ分からんわ」


 そんな会話をしながら校門を抜ける。


「ああ、でも、その声を聞けば、思い出せそうな気がするよ」


 夢と記憶が一致すれば、分かる気がした。


「それって思い出すって言う?」

「うん。『思い出す』で、間違いないと思う。声の持ち主を忘れてるだけなんだし」


 本当に、聞けば、思い出せるはずだ。……多分。


「あんまり深く考えることはないか。所詮はただの夢だし」


 ワカはそれ以上追求することなくあっさりと話題を打ち切った。


「いや、もともと深くは考えてないんだけどね」


 ただ、眠くなるのは困る。


 一昨日や昨日みたいに周囲に気付かれなければ問題ないけど、今日はしっかり周りに迷惑をかけてしまった。


 課外授業を脱出したがっていた生徒たちはともかく、真面目に最後まで聞きたかった生徒たちは嫌だったことだろう。


 わたしがそんな風に考えていると……。


「で、今日はどうする? 高田の()()()っしょ?」


 ワカはにんまりと笑った。


 そうなのだ。

 実は、今日、3月3日は、わたしの記念すべき15回目の誕生日なのである。


 そんな日に、こうもモヤモヤする気持ちになるとは思わなかったけどね。


「あ、覚えててくれたんだ」

「そりゃあ、3月3日なんて覚えやすい日だもの。覚えてくれと言わんばかりじゃない、『耳の日』って」


 ここで「ひなまつり」という一般的な単語を出さない辺り、彼女の性格を表している気がする。


 素直じゃないというか、なんというか。


「ワカも覚えやすいと思うよ? 12月22日だからね」


 わたしからすれば、この日だって十分、覚えやすい。

 一年で一番長い夜の日になることが多いからだ。


「ふっ。ど~せ、『桃の節句』なんてかわいらしくて覚えやすい日と違ってこっちは冬至よ。マイナーよ。カボチャよ。柚子湯よ。しかも閏年には該当しなくなるわよ!」


 などと、ワカは、すごい勢いでまくしたてる。


 準備していたかのような台詞の数々。

 どうやら常日頃から気になっていたらしい。


「でも、『女の子の節句』なんて似合わないって言われたことあるよ」


 まあ、その人が抱いている「女の子」像というやつからわたしがずれているのだとは思う。


 実際、自分でもあまり世間一般で言われる「女の子らしさ」というのから、かなり外れている自覚は存分にある。


 他の同級生たちほど服やアクセサリー、お化粧などのお洒落とかに興味はそこまでもつことができない。


 手作りのお菓子とかは台所を片付けることを考えると面倒くさいし、買った方が安いし美味しいと思っている。


 ファッション雑誌を読むより漫画や小説、ゲームの方がずっと面白い。


 ショッピングそのものは嫌いじゃないけど、どうせ行くなら本屋やゲームセンター、バッティングセンターの方がずっと楽しいと思っている。


 そんな人間に「女の子」という虚像を求められても困るよね?


「あ、確かにそれって嫌。……っていうか余計なお世話よね。誕生日に似合う似合わんなんてないっての。産まれてくる自分も産む母親も、帝王切開とかしない限り、日にちまでは選べないんだし」


 暫し、沈黙。


 ワカもわたしも一度、考え事を始めると無口になることが多い。

 多分、考え事に集中したいからなのだと思っている。実際、わたしはそうだし。


「で、どうする?」


 ワカが先に口を開いた。


「せっかくだから、なんか奢るけど?」


 それは魅惑的な誘いだった。


 でも……。


「う~ん。今日はこの髪を切りに行くんだよ。一昨日、予約しちゃったし」


 わたしは自分の長い髪を掴む。


 腰まで長いとそれなりにずっしり重いとは思うが、こうして手に持たない限り、あまりその自覚はない。


 少しずつ伸びていくから、慣らされたんだろうね。


「髪ならいつでも切れるじゃない」

「ちっちっちっ。それが違うんだな」


 わたしは人差し指を立てて揺らした。

 そして右手をぐっと構え……。


「駅前の桃屋美容室が、なんと桃の節句記念で半額セール!!」


 と、ガッツポーズをとった。


「何? その怪しげな企画は……」


 ワカが呆れたように言う。


「桃屋だから桃の節句にひっかけたんだろうね。不景気だからサービス業は大変だと思うよ」

「どれくらい切るつもり?」

「この際、思い切って、ショートかな。いい加減このロングもうざいし、重いし、何より洗うのめんどいし」


 シャンプーやリンスの量も馬鹿にならないし。


「勿体ないな~。腰までのロングなんてそういないのに……」


 そうは言われても、何度か切ろうと思うたびに、いろいろ予定が入ったりして切りに行けなくて、気がついたらここまで長くなっていただけだ。


 部活中も、伸ばし放題で重たかったけれど、周りが気にするほど、邪魔と感じたことはなかった。


「あ。やっぱ、()()()ってこと?」


 思い出したようにワカがこう言った。でも、わたしには心当たりがない。


「何が?」

「一昨日っていうと、丁度、()()()()()()()()()()()だったっしょ?」


 そう言われて思い当たることは確かにあった。


 一昨日、ちょっとだけ気になっていた人に彼女ができたんだった。


「あはははは。そういえばそんなこともあったね。でも、失恋で髪を切る時代は終わったよ。単に気分の問題」

「でも、眠りだしたのもその辺よね」

「そう言えばそうだけど……、そんなにショックを受けたわけでもないし」


 実際、ワカから言われるまで本当に忘れていたぐらいだ。


 だから、わたしにとって、大したことではなかったらしい。


「でも、相手があの女よ? 男に媚び媚び~の、童顔~で、巨乳~の、何故だか男受けだけはいいって女。最近の男にゃ見る目がないわ、ホントに」


 苦々しそうに言う辺り、わたしより、ワカの方が気にしている気がする。


 わたしはそこまで苦手じゃないんだけどね。


「いやいや、それは関係ないって。前々から切りたかったし」

「でもまだ肌寒いこの季節にショート? 風邪ひくわよ? しかも受験の願掛けのために伸ばすならともかく……」

「だって、安いんだも~ん。お金、大事!」

「も~ん、て。確かにお金は大事だけどさ」


 でも、まあ、少しくらいはそのことがきっかけではあるかもしれない。

 思い切って、気分を変えてみたくなったのはホントのことだし。


 でも、それをワカに言ったら、また何を言われるか分かったもんじゃないから黙っていることにした。


 その後は、いつものとおり、ワカと今日の学校であったことや、ゲームの話、途中の道で気付いた点など、話題をぽんぽん飛ばしながら帰り道を歩いていく。


 いつもながら、受験に関する話は一切ない。


 「それで良いのか、受験生」って周りは思うかもしれないけど、勉強は学校でしてるんだから、帰る時まで、そんなことを意識したくはないよね。


 そして、いつもの場所でワカと別れてから、わたしは一度、家に帰って、制服を着替え、駅前の美容室に向かった。


 それが髪型や気分だけでもなく、後の「運命」まで変えてしまうことになろうとは、その時のわたしは気づきもしなかったのだけど。

次話で、ようやく章タイトル内にある「少年」が出てきます。


ここまでお読みいただきありがとうございました。


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