誰よりも自分を見通す者
紅い髪の少年は、救いの手を差し伸べてくれたが、わたしは振り払ったことになる。
だが、彼はそれすら予想していたようだ。
それを見て、少し前の疑問をちゃんと確認しておきたくなった。
「……あなたは、ミラージュの王族なの?」
「……何故、そう思った?」
わたしの疑問に対し、問い返す少年。
「サードネームを隠す理由ってそれ以外、考えられないから。わたしは他国の家名まで詳しくはないけど、流石に直系王族に国の名前が付いていることぐらいは知っている。だから、サードネームに『ミラージュ』が付いているんじゃないかってさっき思った」
さっき覚えた違和感は、口にしてみれば普通の理由から来たものだった。
「……違うと言ったら?」
「そのどこか偉そうな性格はどこから来たのかと疑問に思う」
「そうだと言えば?」
「そのかなり自信家で尊大な俺様気質っぽい性格の謎が解けて、わたしはスッキリする」
「……肯定の方が、酷い謂われようになるのはどういうことだ?」
「なんとなく?」
そんなわたしの言葉で、彼は無駄に大きな溜め息を吐いた。
「確かに俺は現ミラージュ国王の息子だから、王族ってことに間違いはない。だが、俺自身はそれを否定したいために別の名を名乗っている。だから、お前に正体がバレたところで、痛くも痒くもないのだがな」
王族であることを彼は否定しなかった。
国王の息子……。
つまり、彼は王子さまってことになる。
「否定したいの? なんで?」
「父親が嫌いだから」
わたしの問いかけに対して彼は不機嫌そうに答える。
「……思春期特有の両親への反抗意識?」
「違う。単純に人として反りが合わないだけだ」
「反りが合わないって……。国王陛下は良い人なの?」
「どうしてそうなる?」
彼は分かりやすくムッとした顔を見せる。
「いや……、貴方って結構、手段を選ばないでしょ? わたしの誕生日や卒業式とかそんな感じだったし」
そうは言ったものの、彼とのこれまでの会話でそうじゃないのは分かっている。
ある程度、わたしと会話が成り立つことから考えても、単純な性格の不一致だけではなく、話を聞かない相手でも苦労しそうだ。
「お前の瞳にはどう映っているか知らないが、これでも、俺は十分手段を選んでやっていたつもりだが?」
「どこが?」
「今のところ、魔界人以外は巻き込んでないはずだが? 卒業式の時だって、結局のところ魔力を持たない人間に害は与えていない」
「え?」
それは……、わたしにとって意外な言葉だった。
「俺は自慢じゃないが魔力感知は鋭い方だ。人間が本来持っている微弱な魔気と、魔界人が隠していたり封印したりしている魔気の違いくらいは分かる程度だがな」
「……どういうこと?」
彼の言葉の真意が分からず、問いかける。
「人間名の『笹ヶ谷九十九』も『若宮恵奈』も、どちらも魔界人だっただろう?」
「え!?」
ちょっと待て!
今、おかしな言葉が聞こえた気がした。
「な、なんだ?」
「どういうこと? ワカ……、若宮恵奈が……、魔界人!?」
ちょっと待って……。
つまり……、それって……?
「……って知らなかったのか?」
「知らない! 聞いてない!!」
「温泉で、あの女が目の前で炎に包まれたのを見たことを忘れたとでも?」
「え……?」
あれは夢で……?
「お前が気付いてないだけで、人間界にいた頃、お前の周りには妙に魔界人が集中していた。惹かれ合ったのか、意図的なのか、偶然なのかは分からないが……」
「そんなこと……、いきなり言われたって……」
分かるはずがない!
わたしの周囲は皆、普通だったのだから。
でも、九十九も雄也先輩も……、水尾先輩や真央先輩も……、楓夜兄ちゃん、恭哉兄ちゃんでさえ実は、魔界人だった。
でも……、だからと言って、あのワカまで?
「お前を混乱させたいわけじゃなかったんだが……。ただ、俺は真実を言っただけのつもりだ。若宮恵奈に関しても……、お前は既に知っていると思っていたからな」
そうは言われても……、わたしとしてはいきなりの展開で、頭がついてこない。
「それに……、今、ここでそれを否定したところでお前が先に進もうとする限り、そいつらとの遭遇率が上がるだけだ」
「どういうこと?」
「魔界の王族は、人や魔力を引き寄せる性質がある。一度、人間界でお前の近くに集まった以上、またこの地でも引き寄せられる可能性があるってことだ。実際、この国の第二王子殿下とも人間界で出会ってここで再会したんだろ?」
「あなた……、一体……?」
どこまで知ってるというのか?
「お前がセントポーリア国王陛下の娘だと言うことは知っていたからな。悪いが、大阪にいった時のことまで知っている」
「なんでやねん?」
思わずそう言ってしまった。
「エセ関西弁はやめろ。それだけ、お前に興味があるんだよ」
「なんでやねん、その2」
いろいろと突っ込みたくなる。
「変わり種だからな。魔界人と人間の混血。それも……、伝説の聖女の血を引いていると言う、オマケ付き」
「聖女……?」
いきなりどこかファンタジーな単語が出てきた。
「まだ知らないか? 伝説とまで謳われた聖女さまの話」
「いや……、少しだけ聞いたことはあるけど……」
この魔界を救った聖女の話は聞いたことはあるし、文字を勉強するための絵本でも読んでいる。
あまり読み込んではいないけれど。
ジギタリスで出会った二人の占術師たちもわたしに対してそんな話を何度かしているし、セントポーリア城であの王子さまに見せられた肖像画も確か、「聖女」と言っていた覚えがあった。
魔界が危機に陥った時に一人立ち上がって、大いなる災いを封じたとか何とか。
災いなんて見えない物をどうやって封印するのかは分からないけれど、絵本で見た限り禍々しい生き物の形をしていた。
まるで、ゲームに出てくる魔王みたいな感じ。
でも、個人的な感想としてはそんな本当に存在ならその人だけじゃなくて集団で行くべきじゃないかと疑問にも思ったのだ。
主人公が活躍してなんぼのゲームなら仕方ないとは思うけどけどさ。
「その娘はセントポーリアの王女だった。かつて一度は国を出たが、その子孫は再び戻っている。つまり、現在のセントポーリアの血筋は聖女の血統だ。だから、セントポーリアは頑なにその血の純度を守ろうとするんだろう。二度と聖女の血を失わないようにな」
なるほど、理由としては分かりやすい。
その血をしっかり守り続けることで、対外的には「昔、魔界を救った凄い聖女さまはこの国にいましたよ」ってアピールができるわけだ。
日本の皇族が神話の時代から続いていると公言しているようなものかな。
「だから……」
わたしは義兄に当たる人と?
その部分が少し、納得は出来ないのだけど。
「そして、お前はその聖女によく似ている」
「は?」
その言葉で全然、違う方面の話になった気がする。
「先祖返りとでも言うんだろうな。お前もセントポーリアでバカ王子に見せられただろう?聖女の肖像画を……」
この人は、そこまで知っているのか。
あの時、確かに肖像画を見たけど、あれは、王子の私室だった覚えがある。
いや……、厳重な結界の奥にいるはずの母の存在まで知っているのだからその辺は気にしても仕方ないのかもしれない。
「あんなに綺麗じゃないよ?」
「……しかし、雰囲気やらは似てると感じなかったか?」
彼はわたしの言葉を否定しないし……。
あの絵を見た時、確かに自分とほんのり雰囲気が似ているような気がしたのは事実だ。
それどころか懐かしく感じたことも否定はしない。
「同じ血だから不思議はない。だが、俺はそこが気に入ったんだ」
「はあ……」
つまり、彼がわたしに興味を持った理由としてはあの王子さまと似たようなものか。
もともと、あの聖女さまに似ているから、わたしは森で拾われたんだった。
「そして、お前は歳を重ねるごとに少しずつあの聖女に近付いている。そんな気さえするんだ」
「え?」
彼は王子と同じことを言う。
しかし、その後にさらなる言葉が続いた。
「聖女ディアグツォープに」
初めて聞く聖女の名……、だと思う。
でも、セントポーリアの王子さまは何も言わなかった。
……と言うより、あの聖女は名前が伝わっていないっぽいのだ。
どの本を見ても「聖女」という単語しかなかった。
だけど、その名を彼は何故、知っているんだろう?
なんとなく、この人と話していると謎が解明されるどころか新たな疑問が増える一方だと思うのは気のせいではないと思う。
「これから、お前がどう化けるかは分からない。このままただの平凡な女で終わるか。それとも、伝説の聖女になるか……」
「それで……、あなたはわたしを攫おうとしたの?」
卒業式の日はともかく……、誕生日に彼は部下を使って、わたしを連れ去ろうとした。
あの場に九十九がいなければ……、わたしは本当にどうなっていたのか分からない。
「その辺りは考えるのは自由だ。俺には俺の考えがあって動いている。ただそれだけのことだからな」
でも彼は否定もしなかった。
「だが、もしお前が聖女に化けるというのなら……」
「え!?」
不意に、腕を引かれた。
「え? ええ!?」
完全なる油断。
急なことでバランスを崩しかけ、彼の方へと倒れかかる。
咄嗟に、撥ね除けようと力を込めたが、引き寄せられる力の方が強く、わたしは彼の胸元へと抱き寄せられてしまった。
この感覚にはどこかで覚えがある気がする。
それでも、抵抗を試みようとしたが……、わたしの肩や背にある彼の手には力が込められ、それもできなかった。
「俺の願いを……、聞いてくれ。俺が俺である間に……。俺が……、俺のままでいられる間に……」
「え?」
その表情こそ見えなかったけれど、不意に言われたその言葉と彼の真剣な声。
わたしを包む黒い外套から漂う微かな香り。
そして、その胸から伝わる規則的な音と少しの温もり。
それらが……、わたしから抵抗する力というものを奪い去ってしまった。
そして、彼は、わたしの耳元に顔を寄せると、一言だけ口にした。
「お前の手で俺を殺してくれ」
ちょっと意味深なところで終わってしまいましたね。
次話でとうとう300話目です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




