【第16章― 紅い髪 ―】港町にて
この話から第16章となります。
「うわ~! 船がいっぱい停まってる~!!」
あのアミュレットぶん投げ騒動から4日。
わたしたちは港町マノハーグに無事辿り着いた。
見た所、この港に停泊している船は20隻以上ありそうだ。
この世界の海は、少し前に遠くから見たことがあるけれど、間近で見るのは初めてだった。
天気が良いためか、波はほとんどない。
港を見回して、なんだか少し違和感があると思ったら、人間界のように、護岸のための防波堤や消波ブロックと呼ばれるものが全く見当たらないことに気付く。
自然に対して何も備えをしていないのだろうか? とも思ったけれど、ここは魔界だ。
人間界とは違ったやり方で対策を立てているのかもしれない。
「いつもはもっと停泊している数は少ないんやけど……、この時勢やからな」
楓夜兄ちゃんは船を見ながらそう言った。
楓夜兄ちゃんのその髪は銀から濃い茶色に変わっており、瞳も蒼ではなく黒になっている。
そのためか、随分いつもと印象が違う気がするが、わたしにとってはどこか懐かしさを覚える顔だった。
「今日は、ここに宿をとって……、出航は明日にした方がいいな」
雄也先輩が周囲を見ながらそう言った。
「このまま、出航した方が問題ないんじゃねえの? 国外脱出するなら転移門を使わなければ船しかねえんだ。ここにもセントポーリアの使者が隠れている可能性もあるだろ?」
水尾先輩は先を急ぎたいのか、このまますぐに船に乗ることを提案する。
船はジギタリス国籍の小さなもので、自分たちで操縦することになるため、好きな時間に出港することはできるらしいけど、さて、どうするべきなのか。
「それはそうだが……、転移魔法で近くまで来たとはいえ、そこからは歩き通しだった。少しはまともに休憩しないと、船旅は保たないと思うが」
雄也先輩はどちらかと言うと反対のようだ。
確かに……、街道とはいえ、歩いての移動で確かに疲れている。
他の四人だって一番遅いわたしにペースを合わせてくれているのだ。
そのために余計に疲れていることだろう。
因みに楓夜兄ちゃんが、あまり速く進めないわたしに対して「おんぶ」を提案してくれたが、謹んで辞退させていただいた。
特別な事情がない限り、やはりこの歳でそれは恥ずかしいのだ。
それよりは、少し前の人力車の方が我慢できる。
いや、そっちも恥ずかしいのは変わりないのだけど。
「それに……、真っ昼間からの出航は目立つと思いますよ。他にも船が出ていれば、誤魔化すこともできるでしょうが」
続けて、九十九が海を見ながらそんなことを言った。
言われてみれば、確かに周囲の海に船の姿はなく、出港準備をしているような船もない。
ここで一隻の小さな船が船出をすれば、さぞ、目立ってしまうことだろう。
「……それもそうだな」
二人による反対意見。
わたしはその辺の常識がよく分からないし、楓夜兄ちゃんはあわせてくれると言っている。
そういうわけで、出航は夜明け前。
早朝、出立することを伝え、今回はこの町で宿をとることになった。
宿泊する以上、確かにお金はかかってしまうけれど、安全策をとる方が良いしね。
***
「ふへ~」
宿で足を伸ばす。
「なんて声を出してんだよ」
「いや、気が抜けたらつい……」
今回は水尾先輩と久しぶりに同室だ。
そして、あの男三人も同室。
どんな会話をしているのかある意味、気になってしまうね。
「ま、とりあえず、寝とこうか。確かに……、私は船旅、初めてだしな~」
「へ~。そうなんですか?」
「ああ。他国に行く時は、基本的に転移門を使うからな」
「城に直接移動できるヤツですね」
わたしたちもこの世界に来る時に使った覚えがある。
「あ、そうか……。高田も王族だから、それを知ってるんだったな」
「王族ってほどのモンじゃ……。でも、王族以外は知らないものなのですか?」
わたしはふと気になった。
人間界に行く人はほとんど知っているものじゃないのかな?
「転移門」を使わないと、人間界という気が遠くなるほど離れた場所には行けないと思うのだけど、違うの?
「使えないからな」
「え?」
「城にある転移門は、ある程度、王族の血が色濃くなければ使えないんだよ。使用不可」
「え? 許可があれば……、誰でも、使えるんじゃ……?」
「あれ? そうなのか?」
「現に……雄也先輩たちは使用してますけど……。それに……、人間界に来ている魔界人だっていたでしょう?」
実際、貴族でもない大神官と呼ばれる地位の人も使っていると思われる。
「ん~? じゃ、記憶違いか? 先輩は、確かに得体がしれないけど……、王族って感じじゃなさそうだしな~。他国でも王族からあの年代の兄弟が揃って不明なんて話もきかねえし」
「じゃあ、やっぱり許可があれば良いんでしょうね」
「う~ん」
水尾先輩はまだ首を捻っている。
「どちらにしろ……、雄也先輩はともかく……、九十九も王族って感じじゃないですよ。人のことは言えませんけどね」
雄也先輩にしても、幼い頃から城仕えをしていたわけだし。
「2人の親は……、不明なんだよな?」
「わたしが記憶を封印される前だったら何かを知ってたかもしれませんけど……。少なくとも、九十九も雄也先輩も親についてはあまり語りたがりませんからね……」
しかも、少し漏れ聞いている事情だけでも尋ねにくい要素満載だ。
九十九が乳飲み子の時に母親が亡くなり、さらには彼らが幼い頃に、父親も亡くなったという。
そんな話を聞いて、それ以上突っ込めるような図太い神経は装備していない。
「セントポーリア国王陛下の兄の子……。駄目か、少年の計算があわねえ……。ユーチャリスの行方不明中の王女殿下はまだ、20代前半だから無理か……。他には……」
水尾先輩はまだ何やら考え込んでいる。
他にも次々、国の名やその王族の年齢がその口から零れ出ているが……、どんな記憶力をしているのだろうか?
「イースターカクタスの国王陛下の兄なら!」
「は?」
不意に水尾先輩が叫んだ言葉に、わたしは短く返す。
「……って駄目か。先輩とも計算が微妙だし、少年とは全然、合わない。先輩の気質が情報国家っぽいからもしやとは思ったんだが……」
水尾先輩は再び考え込む。
「……イースターカクタスって……情報国家……、中心国の一つですよね?」
「そうだよ」
「そこの国王陛下の兄がどうかなったんですか?」
イースターカクタス国王ってあの人だよね?
セントポーリア城で、アリッサム崩壊の知らせを聞いた直後にセントポーリア国王陛下に通信してきた人。
確かに……、声とか口調とか雄也先輩に似てなくはない気はした。
九十九には……、声はともかく、性格が全然違う印象だったけど。
「ああ。現国王陛下の……、双子の兄が病死したらしい。情報国家らしく、密葬だったから、正式な死亡年月日も、詳しくは知らないけどな。死んだって話も私が産まれる前らしいし」
双子だったのか……。
あの人がもう一人って……、もっと手強い国だったかもしれない。
「王族は……、早死にしやすいのでしょうか?」
セントポーリア国王のお兄さんも……、病気ではなく事故っぽいけど若くして亡くなっていることを思い出す。
「いやいや。単に病気に対抗する手段がないだけだ。人間界ほど医学が発達していないんだよ」
「そう言えば……、そうでしたね。でも……、それも変な話だと思うんですけど」
「人間界に行ったヤツはそう思うだろうな。でも、ハナからその状態、病に対抗する術がないってのが普通なら、そう変な話だとは感じないもんだ」
知らないから何も疑問に思わないということか。
この世界では、魔法に対する知識にしても、人によって違う。
教育すること……の大切さってよく分かる気がした。
「病気になっても天命に任せるだけだなんて……」
「解熱とか、鎮痛とかもある程度なら魔法で出来てしまうからな。それが問題だ。薬学がないわけではないし……」
「でも、薬学も病気を治すためじゃなく、魔法の補佐みたいな物でしょう?」
雄也先輩から以前呑まされた薬もその類のものだ。
「まあ、そうだな」
「……人間界から薬、持ってくれば良かったかな?」
「そういうヤツもいるが、無駄だと思うぞ」
「え?」
「基本的に人間界の薬には使用期限がある。それに、知識がない状態で使うことができない。さらに、魔界の空気で変質してないとは言い切れない。この世界の料理と薬は不思議な変化が起きるからな」
「おおう」
既にやろうとした人はいたかもしれない。
「どちらにしても病気ってのは自然なものだ。人間界でもそうだっただろ? ……人間界の感染症対策ぐらいは知っておいた方が良いかもしれないけど」
「怖いですもんね。水疱瘡とか、インフルエンザとか」
人間界の流行り病を思い出す。
水疱瘡は、わたしも中学二年生の時にやった。
わたしが、人間界に行った時は5歳だったから、予防接種の種類も、普通の人間界の子供よりは受けていなかっただろう。
「あ~、水疱瘡もだけど、今まで罹った人間界の病気の中では、インフルエンザが一番きつかった。あんなに高熱が出るとは……。正直、死ぬかと本気で思ったよ」
「実際、死んでしまう人もいますからね」
人間界では対抗策がある病気も、魔界ではないようなものだ。
もし、人間界の感染性の病気をうっかりこの世界に持ってきたら……。
流行して大パニックになってしまう可能性もあるかもしれない。
そう思ったが、なんとなくそれをわざわざ口にする気にはなれなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




