思いを受け止めて
―――― わたしが知らない時代の夢はまだ続いていた。
『視点は……、このままみたいだね』
『それは幸いです。でも……、これをいつまで見続けられるかは……アナタ次第です』
『誰かに起こされないことを祈るよ』
『……それは逆に起こされてしまうような予感がするのですが……』
そんな「現在のわたし」と「過去のわたし」のどこか呑気な会話の合間にも、話は進もうとする。
「ユーヤ、ツクモ。あの二人の反応がなくなったわ。もう動けるでしょう?」
金髪の女性が二人に声をかける。
「なん……で……」
身体が動き出しても、ずっと泣き続ける兄と……。
「……っ!」
身体の動き始めとともに、その瞳に光が戻る弟。
「一度しか言わない。貴方たちは今から、この先の転移門を使って彼女たちを追いかけなさい。使い方は前に教えた通りよ」
「それなら、なんでっ!?」
彼女たちと一緒に行かせてくれなかったのか?
兄の瞳はそう言っていた。
「甘えるな」
金髪の女性は少年の懇願を切り捨てる。
「私は貴方たちをそんな弱く育てた覚えはない。まずはその平和にふやけた顔をシャンとしてから口を訊きなさい、この未熟者ども」
さらに冷たく言い放つ金髪の女性の言葉に……、兄弟の眼の色が変わる。
兄は泣き顔を拭い、弟は自分の両頬を叩いた。
『……なんか、彼女のイメージが違うのだけど』
『どんなイメージを抱いていたか分かりかねますが……、彼女はこんな感じでしたよ。ワタシに対しても……』
『……そうなのか』
少なくとも、5歳や7歳の子供にかけるような言葉ではないと思うのだけど……、これが元にあれば、彼らも彼女も大人びてしまうのは仕方ないかもしれない。
魔界人だからだと思っていたけれど、そう育てられただけだったのだ。
「時間がないから手短に言う。貴方たちへの全ての指示はこの紙に書いてあるから後で読みなさい」
「指示? ミヤドリードは?」
先に復活した弟が尋ねる。
「私は行けない。貴方たちと一緒に行きたいけれど……、行けないの」
そう言って、金髪の女性は自分を真っすぐ見る男の子から目を逸らした。
「物事には責任を取る人間が必要だからね」
そう言って、彼女は笑いながら、紐を取り出して、二人の手を結んだ。
転移門で決して離れ離れにならないように、と。
これぐらいしか彼らにできることなどないことを彼女は悔やんでいる。
だけど……、残された時間がほとんどないことは、見ているだけのわたしにもよく分かった。
既に一度、大きな音が鳴っているのだ。
すぐ城の人間たちが駆け込んでこないことが不思議なくらいだっただろう。
転移門を使うためにどれだけ気を使う必要があるのかをわたしは知っている。
わたしが人間界から戻る時に使った時だって、あんなに不味い薬を服用してまで、魔力を含めた気配を消す必要があったのだから。
『いや……』
わたしのすぐ近くで、幼い女の子の震える声がする。
全てはもう起こってしまった出来事……。
これは、それをなぞるだけの過去の記録。
だからこそ……、この先に起きることも知ってしまっている。
だけど……、ちょっとわたしの中で疑問が生まれたのだった。
『ちょっと不思議なのだけど……』
わたしはすぐ横で、泣きそうな女の子に声をかける。
慰める気はない。
その気持ちは彼女だけの物で、覚えてもいないわたしが無責任に関わってはいけない部分だ。
『……? 何が……ですか……?』
『あなたは、あのミヤドリードさんの出自は知っている?』
『ミヤの? ……セントポーリア国王陛下の乳母の娘と聞いています』
『あなたは……、わたしと全てを共有しているわけじゃないんだね』
そうじゃないとおかしなことがあるのだ。
わたしが……、城下から出る時に、母から聞いていたことと、彼女の知識。
それが、一致していない部分があるのだ。
『はい。流石に全てではありません。ワタシの記憶はほぼ5歳までのものです』
『なるほどね』
『それが……、何か?』
『大したことじゃないよ』
ただ……、このことは覚えておかなければいけないことだ。
夢の中のことは残念ながら、全てを覚えてはいない。
ここでの会話も、一部を除いて忘れてしまうだろう。
ふとした時に思い出す。
夢は実体験と異なるためか、そんな程度の経験でしかない。
「ツクモ、ユーヤ。私には子がいない。だから、貴方たちに全てを叩き込んだ」
金髪の女性はそう言って、拳を立ててガッツポーズをとる。
「全ては活かせないかもしれない。でも……、少しでも役に立てて……」
「分かった」
力強く頷く弟。
「ミヤドリード……、どうして、そんなことを?」
迷いのある兄。
その反応の違いは、現在の状況を正確に把握できているためか。
持っている知識の差かは分からない。
だけど……、ここまでこの二人を見て……どうしてもわたしに違和感があった。
これは、10年も昔の出来事。
「高田栞」と「笹ヶ谷兄弟」が出会う前の物語。
『この頃の雄也先輩と……、今の九十九が妙に重なる……』
反応とか……、そう言ったものが似ている気がした。
だからと言って、勿論、この頃の九十九と、今の雄也先輩が重なるわけではないのだけど。
『ユーヤは自力であそこまで、成長しました。でも……、ツクモは今も兄の背を追いかけているからでしょう』
『ああ、目標とする視点の問題……、か』
確かに九十九は雄也先輩を目標としている部分はある。
そうなると、彼が……、雄也先輩から離れる時が……、本当の意味で成長するってことなのだろうか?
でも、雄也先輩から離れる九十九と言うのはあまり想像ができない。
彼は兄を全面的に信用して、多少、無理なことでもやってのけるからだ。
そう考えると……。
『今の九十九も結構、凄いと思うけどね』
少なくとも、わたしのできないこともいっぱいできる。
だから……、彼が兄のようになる必要はないのだ。
『育てた兄が兄ですからね』
『確かに』
その言葉はわたしにとって、妙に納得できるものだった。
そして、長かった物語も終わりを迎える。
わたしが知らない遠い過去の物語。
そして、本来なら知ることもできなかったはずの歴史の一部。
「行きなさい!」
短時間で、できる限りのことを伝えた金髪の女性は、二人に向かってそう叫ぶ。
兄弟は同時に力強く頷き、既に紐で結ばれていた互いの手をさらにしっかりと繋いで、転移門の光へ飛び込む。
再び、大きな音が鳴り響き……、そして……、後に残された女性は部屋の入口に向き直った。
「彼らを見逃してくれてありがとう」
一言そう呟くと……、その部屋の扉がゆっくりと開き……。
―――――― 夢から醒めた。
「何か……、不思議な夢を視ていたような?」
目頭を押さえながら、わたしは身体を起こした。
でも……、その夢の中身については、よく思い出せない。
とても大切で……、悲しい夢だった気がするのに忘れてしまった。
それを咎めるように、胸の奥が酷く痛んでいる。
「……わたしの替わりに……、覚えているのかな」
少し鼓動の早い胸の奥に向かって呟く。
頭で記憶していなくても……、この心の奥が、ちゃんと覚えていてくれるように。
すると、小さく心臓が跳ねた。
まるで、返事をしてくれたかのように。
それだけで、少しだけ安心できたような気がする。
「さて、今日は港町に行く日だったっけ」
さっさと、着替えて外に出よう。
今は、何故か九十九と雄也先輩の顔を少しでも早く見たかった。
慌てなくても、彼らは近くにいるのに……、妙に気が急いてしまう。
「慌てなくても、大丈夫だよ」
わたしは、自分の心臓に向かって言い聞かせるように呟くと、少しだけ、気持ちの落ち着きを感じた。
「よし!」
着替えて荷物と通信珠を確認する。
準備は万端!
「お世話になりました!」
そうして、わたしはいろいろな思いが詰まった部屋に一声かけて、そこから飛び出したのだった。
【序章】の続き部分に当たります。
この話で第15章が終わります。
諸事情により、思ったより長い章となりました。
次話から第16章「紅い髪」です。
章タイトルから分かるように久しぶりにあの人が登場します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




