思いの語り部
「リュレイアさまから、わたしに……、言伝?」
意外な言葉に思わずわたしは目の前の幼い少女……、占術師を見た。
「はい。セントポーリア国王陛下の血を引き、聖女の流れを汲む貴女に」
幼さを残した占術師はそう断言する。
何故、わたしがセントポーリア国王陛下の血を引いていることを知っているのかなんて、今更、聞く気にもなれなかった。
彼女は幼くても「占術師」と呼ばれる存在だ。
だから、知っていてもおかしくはない。
どこかで公言されない限り、わたしとしても問題ないわけだし。
でも、何だろう?
この「聖女」って単語を聞くたびに、自分の身体を走り抜けようとする何かがある。
自分の中から激しい拒絶の意思が湧き上がってくる気がするのだ。
そして、全身全霊で叫びたくなる。
「そんなもん知るか!」と。
普通は「聖女」……、「聖なる女性」という存在は、心ときめく言葉だと思う。
間違いなくファンタジー好きの心を擽る単語。
聖属性とか光属性を繰り出す稀有な存在というイメージ。
でも……、何故だか、ファンタジー好きなわたしにしては珍しく、あまり心惹かれないのだ。
女性の献身の果てにある姿……、という印象のせいだろうか?
「『貴女に流れる聖女の血は、眠れる魔神に愛され、加護を分けし魂より得られたもの』」
「ほ?」
その言葉は……、どこかで……?
「『貴女は、精霊の祝福を受け、神の国より神の加護を得て、神扉の護り手と恩愛の絆によって、覚醒させられるでしょう』」
あの時の……言葉だ!?
少し前にわたしが占術師より受けた神言というやつではないか!?
でも何かが少しずつ違う気がする。
「『やがて、猛々しい火の言、静かなる火の言、落ち着きたる火の言、大いなる風の言、眩しき光の言、穢れなき光の言、迷いなき光の言、混じりなき光の言、気高き地の言、豊かなる地の言、清らかなる水の言、晴れ渡る空の言、誇り高き闇の言により、あるべきところへ向かうでしょう』」
ちょ、ちょっと待って!?
やっぱり覚えられない!!
しかも、前より全体的に長くなっている気がする。
「『その時こそ、運命の女神は勇者に味方する』」
ああ、そこだけ妙にはっきりと聞こえる。
いや、必要なのはその前!
その前が大事だと思うのに!!
「『いずれ来る絶望の中で、この魂に導きをと願うでしょう』」
いやいやいや!
前、絶望とか言ってなかったよね!?
なんで余計な修飾語が増えているの!?
「『その誰よりも強い想いが世界を揺らします。心より祈りなさい。聖女の血を引きし、救われぬ神魂よ』」
そして、さらに進むとか!?
ちょっと待て!
言葉が増えるほど、その先にあるのはマイナスな香りがする言葉ってど~ゆ~ことなの!?
「『神の御手から隠れた時、新たな呪いが世界の果てで誕生する』」
……そろそろ、勘弁してください。
「以上です」
ここまでが伝言らしい。
でも……。
「すみません。さっぱり分かりません」
わたしは途中から考えることを放棄していた。
いや、大事なことだとは思うのです。
でも、覚えられるか! こんなもの。
いくら何でも長すぎる!!
なんとなく九十九を見た。
彼は眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
彼はどれだけ覚えてくれただろうか?
「師、リュレイアが受けた『神言』のようですからね。正直、私も部分的にしか理解はできません」
少しでも理解できている分だけ、わたしよりはマシだろう。
「先ほどの言葉を文章に起こしてもらうことはできませんか?」
九十九がそう提案してくれた。
なるほど、それなら助かる。
雄也先輩や水尾先輩ならわたしよりも知識があるし、書物で調べることもできるだろう。
「それはできません」
幼い占術師はきっぱりと言い切った。
「ぬう……。やはり、『神言』ってだけあって、制約とかあるのかな?」
「できないなら仕方ないか」
わたしと九十九がそう言うと……。
「い、いえ……『神言』とかは関係ないのです。ただ……」
慌てるように、恥ずかしがるように、幼い占術師は口にした。
「私が、普通の文字を読み書きできないのです!!」
なんでも、占術師というものは、知識が偏らないように、外部から影響されないように、大陸言語と呼ばれるものを学ばないらしい。
そのために、生後間もない時期、占術師として指名されるということに繋がるらしい。
親、兄弟姉妹を含めた周囲より、特定の思想や思考を植え付けられる前に、占術のことだけを考えさせられるようになる……と。
「わたし……、占術師って職業は、無理だ」
適性があるとかないとか関係なく、ただでさえ、娯楽の少ないこの世界で……、本を読むことすら許されないとかあんまりだ。
「しかし、本当に読み書きができないとしたら、先ほどのクレスノダール王子殿下に対する数々の暴言とかはどこからの知識なんだろうな」
九十九がどこか遠い目をしてそんなことを言った。
言われてみれば、先ほどの発言の数々は、ある意味、特定思想に流されているっぽかったけど、あれらはセーフなのかな?
「ですので、先ほどの『神言』を記録するのなら、申し訳ありませんが、お二人の手でお願いするしかないのです」
そう言って、深々と礼をされた。
「先ほどの言葉を何度か繰り返していただくことはできますか?」
九十九がそう言って、メモ用紙と筆記具を取り出す。
「はい! 大丈夫です! 私はしっかりと覚えていますから」
あれだけの長い文章をしっかり覚えられる頭が羨ましい。
結局、わたしと九十九は2人して、遅くまで7歳の少女に何度も長文の暗唱をお願いするのであった。
****
「なんだか申し訳ありません」
わたしが頭を下げる。
「いいえ、大丈夫です」
何度も同じ文章を唱えさせられた彼女は大変だっただろうに、それを微塵も感じさせなかった。
でも、彼女の協力のおかげでなんとか、雄也先輩や水尾先輩にも確認できそうで、正直ほっとしている。
ただ……、単語の意味は独特過ぎて、やはりよく分からなかったのだけど。
「師からの最期の願いでもありましたが……、個人的に私は貴女方に興味があったので、丁度良かったのです」
「個人的な興味?」
「はい。貴女は大きな光に包まれ、護られ、望まれて生まれた存在です。さらに数多くの数奇な運命を手繰り寄せ、導き、狂わせていく姿は、私たち占術師にとって、希望でもあり、脅威ともいえるでしょう」
なんだろう?
褒められてはいないことはよく分かった。
一言で言ってしまうと、「前途多難」ということなのだろう。
そう言えば、リュレイア様も言っていた。
わたしは占術師の眼をもってしても簡単に先が読めない人間だと。
だから……、その結果に興味を持ってもおかしくないのかもしれない。
「……お前はよく平気だな」
九十九が呟くような声でそんなことを言った。
「何が?」
「普通はもっと動揺するだろ? どう聞いても、希望が持てる話ではないのに」
動揺?
そんなの少し前にしていた。
「まあ、先にリュレイア様の話を聞いていたから。何より、『極小の確率で三日後に死ぬ』って言われたからね。それに比べたらマシじゃない?」
「三日!?」
九十九が驚きの声を上げる。
あ。
そう言えば、言ってなかったね。
「多分、リュレイア様の身投げに飛びつく未来だったのかな……と」
「本当に、お前は変な所で神経が太いよな」
なんで言わなかったのかとか責められはしなかった。
そんなわたしと九十九の会話が聞こえているのか。
幼い占術師はニコニコとしていた。
「本当にお二人は恋人じゃないのですか?」
「「違います」」
わたしと九十九はまたしても声を揃えて否定する。
「本当に難しいですね、男女の心理というものは」
まだ7歳の少女は、そんなませたことを言った。
それから、わたしたちは、ちょっとした雑談をしたり、九十九の手作りお菓子を食べたりして時を過ごした。
特に、甘いお菓子を食べた反応は、水尾先輩に勝るとも劣らない反応だったので、わたしは少し、嬉しく感じたのだ。
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結論から言うと、この時に聞いた「神言」のほとんどは、全てが終わった後で、「ああ、これがあの言葉の意味だったのか」と、気付くことになる。
その渦中にいる時は、目の前のことで、本当にいっぱいいっぱいになってしまい、少なくとも、わたしは思い出すこともできなかったのだ。
だけど、告げられた言葉は確かに全てに意味があって、これから先に続くわたしたちの困難に身構えるための心の準備となっていたことは間違いなかったのだった。
本日三話目の更新。
明日はいつものように定時に二話更新です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




