思いは欠けることなく
「そんな……、シオリ様……」
クロネス様が呆然とした表情でわたしを見る。
自分の半分も生きていない彼女のそんな姿を見て、多少の罪悪感を覚えなくもないけれど、先ほどまでの彼女の態度を見た後で、わたしは彼女の話を聞く気にはなれなかった。
「高田……。クレスノダール王子殿下を外させた方が良い。状況によっては、オレも外れる」
だが、九十九が後ろから、わたしに囁くように声をかける。
「多分……、クレスノダール王子殿下が傷付いているのと同じで、彼女も傷ついている。だから、原因をなったと思われる王子の存在が許せないんだろう。言葉は過ぎるが……、その気持ちは分からなくもない。大事な師を失っているのだからな」
「でも……」
「良いから。お前がまずは落ち着け」
九十九が声を潜めて、わたしに言葉をかけてくれる。
この場にいたのが、3人だけだったらもっと修羅場化していただろう。
主に、わたしがブチ切れることによって。
だから、彼を呼んで正解だったと思った。
しかし……、これだけの気遣いを、あなたはもっと別の所でも発揮していただけませんか?
「クロネスさま……。クレスノダール王子殿下がこの場にいない方が、落ち着けますか?」
できるだけ、優しく問いかける努力をする。
「はい」
俯きながらも、彼女ははっきりとそう肯定の言葉を口にした。
「それならば、仕方ありませんね。クレスノダール王子殿下、場を設けていただいたのに、申し訳ありませんが……、少しだけ、ここはわたしに任せていただけませんか?」
「……大丈夫か?」
楓夜兄ちゃんはどこか心配そうにそう言う。
先ほどの激しさが、わたしに向けられることを心配しているのかもしれない。
「何かあったら助けを呼ぶよ、楓夜兄ちゃん」
わたしは小さな声で、そう答える。
「嬢ちゃんが、そう言うなら……。ただ……、見ての通り、クロネスは幼く未熟や。感情が先走ってしまう。そのことで嬢ちゃんが傷付かなければええんやけど……」
傷ついたのは自分の方だというのに、楓夜兄ちゃんはわたしの身を案じてくれる。
それがわたしには嬉しかった。
「大丈夫だよ」
少なくとも、彼女はわたしに害を与える気はなさそうだ。
でも……。
「クロネスさま。わたしの従者も外した方がよろしいですか?」
「従者?」
彼女は何故かきょとんとした顔をして、九十九を見た。
「彼は……、シオリ様の恋人でしょう?」
「「違います」」
そんなとんでもない言葉に、わたしと九十九の声が重なる。
彼と恋人なら、こんなに面倒な感情にはなっていなかったと思う。
「違うのですか?」
「「違います」」
またも、九十九とわたしの声が重なった。
どうやら、彼女は占術師と言ってもリュレイアさまのように全てを見通すわけではないようだ。
「彼は、わたしの護衛です。便宜上、従者という言葉を使わせていただきました」
「護衛……? ああ、それで……」
わたしの言葉に納得してくれたのかクロネス様は九十九をもう一度見た。
「彼なら大丈夫です」
その言葉に……、わたしは少し違和感を覚える。
「よろしいのですか? 彼も、クレスノダール王子殿下と同じく男性ですが」
先ほどの言葉から、男性に不信を覚えていると思ったのだけど……。
「私が嫌いなのは『下半身でしかものを考えられない男』です。彼は『新品未開封』なので全く問題ありません」
なんだろう?
この独特な言い回し。
「下半身でしか……」というのはなんとなく分かる。
女性にだらしないって意味だろう。
でも、「新品未開封」ってなんのこと?
そして、ふと見ると、九十九が何故か顔を真っ赤にしていた。
その様子を見た限り、彼には意味が通じているらしい。
そして、よく分からないけれど、あまり良い言葉ではないのかな?
「そんなわけですから、案内係はお役御免です。とっとと出て行ってください」
相変わらず、楓夜兄ちゃんに対してあまり良い態度ではない。
でも、ここは我慢しよう。
「嬢ちゃん、坊主。大丈夫か?」
「わたしは……、大丈夫だよ」
できる限り、笑って見せる。
九十九がいれば、多分、ある程度のことは耐えられるだろう。
だが……。
「オレはちょっときついかも」
九十九が何故か胸を抑えてそう言った。
「まあ、知識が偏っとるからな、クロネス。言っとくけど、リュレイアが仕込んだわけやないで。アイツが勝手に知識を入れてきよっただけやからな。まあ、嬢ちゃんのために頑張りや」
楓夜兄ちゃんは、九十九の肩に手を置いてそう言った後、部屋から出て行った。
「さて、話とはなんでしょう?」
わたしは机を挟んで、クロネスさまと向き合った。
彼女とは身長差があるため、必然的に座っていても、わたしがやや見下ろす形になってしまう。
それが、威嚇になっていなければ良いのだけど。
「我が師、リュレイアが、貴女に大変なご迷惑をおかけしてしまったことを、亡き師に代わり、お詫びいたします」
そう言って、彼女は頭を下げる。
「迷惑?」
だが、わたしの方はその心当たりがない。
「リュレイアは一人で死ぬつもりでした。貴女は、不幸にも巻き込まれただけです。だから、その御心を痛める必要は何もありません」
そうは言われても……、納得できないものがある。
「貴女は、クレスノダール王子殿下を責めるのに、わたしを責めないのですね。近くにいて、止めることができたのはわたしだけだったとは思いませんか?」
「思いません。そもそも貴女は原因ではないのです。あの男が全て悪い。純真なる師に無理矢理関係を迫るとは、男の風上にもおけません!」
「リュレイアさまがそうおっしゃったのですか?」
「いえ! でも、男は目的のためなら心にもない甘言を吐きます。クレスノダール王子殿下はもともと、その浮名で知られた方。異性に不慣れな師を唆すことなど朝飯前です!」
酷い言われようだと思う。
当人がいなくても、やはりその口は止まらないらしい。
「結果はともかく……、リュレイアさまは覚悟されていたのでしょう?」
後々のことまで記された遺書まであったのだ。
あの人は全て準備した上で、楓夜兄ちゃんを受け入れた。
占術師としての能力を失う覚悟をしていたからこそできたことだと思う。
……その結果が、投身自殺と言うのは、今でも納得できていないのだけど。
「師は覚悟をしていましたし、その先も視ていました。私も何度も止めたのに。止まってはくださらなかった」
それだけ、彼女の想いが強固だったということだろう。
それなら……、部外者は何も言えないのではないか。
「占術師が異性を受け入れれば、いずれ、能力を失います。それを承知であんな男に純潔を捧げるなど、師は早まったとしか思えません。ですが、それは師の判断です。その結果を含めて受け入れるしかないことも分かっています」
そう言いながら……、幼き占術師はわたしを真っすぐ見据える。
「だから、あの馬鹿王子とともに生きることもできず、帰る場所も既にない師が、自身で死を選んだことに対して貴女が自身を責め続ける必要はないのです」
だけど……、わたしは言いたい。
「それでも……、助けたかったと思うのはいけませんか?」
「助けることはできませんでした。仮にあの場で息があっても、あの色ボケ王子を受け入れた時点で、師に居場所は無くなったのですから」
そこが一番、良く分からない。
占術師として生きられなくても、別の道があったと思うのに。
「だから、シオリ様がそのように御心を砕く必要はありません。逆に、あの場に貴女がいてくださったから、師は安らかに旅立てたのです」
そう言われても納得できるものではない。
目の前で身を投げられて、それらを考えずにこの先、生きていけるはずがないのだ。
わたしの肩に何か置かれる。
多分、九十九の手だろう。
こんな時に下手な慰めの声もかけないところが彼らしいなとわたしは妙に安心した。
「師より貴女に言伝があります」
「え?」
「私は、師、リュレイアより、貴女宛の言葉を預かりました。それを伝えるために、貴女にお会いしたかったのです」
そう告げる幼い占術師は、先ほどのような不安定さを一切、感じさせなかった。
次話は本日22時に更新します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




