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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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想いは重いと思うもの

「ふむ……。我らが(あるじ)は思っていた以上に度量があるようだな」


 そう兄は言った。


「そうか……?」


 でも、弟にはそれが理解できない。


 そもそも自分の兄が何を基準としてそう言っているのかすら、彼には分からなかった。


「ああ。魔界に来てからよくそう感じるようになった。本人が意識をしていなくても、記憶も魔力が封印されていても、その身に流れる血は争えないと言うことだな。彼女の中にある陛下の血とチトセ様の血をそれぞれ感じることが多い」


 セントポーリア国王が持つ威厳や、母親に備わる魅力を筆頭にそれぞれが時々、彼女の内より現れている。


 少なくとも、兄はそう思っていた。


「オレには、よく分からんが……」

「それは、お前の未熟だな」

「どうせ、兄貴程じゃねえよ」


 そう言いながら、弟は少しだけ頬を膨らませる。


「それはそうと……、アレはお前なりの嫌がらせか?」

「何がだよ?」


 兄の言葉に心当たりがなく、弟は問い返す。


「異性の部屋の前で寝ているなど、嫌がらせ以外の理由があるとは思えんのだが」

「あ、そっか……。あれは高田が帰ってくるのを待ってたんだよ。アイツ、部屋にいなかったし」


 弟が主人の部屋を確認した時、彼女はあの部屋にいなかったのだ。


 そのままうっかり、眠ってしまったのは不覚……としか言いようがない。


「つまりは、待ち伏せ……。ストーカーということか」

「そんなんじゃねえよ。ただ……オレはよく分からねえけど、なんか高田を傷つけたみたいだし……、一応、詫びの一つぐらい言っとかねえと、これから先、いろいろと気まずいだろ?」


 弟は自分なりに考えてみたのだ。


 誰にも相談することなく、たった一人で。


 出口のない問答を繰り返し、その結果の行動だった。


「……何というか……、お前はやっぱり阿呆だろ」


 弟の言葉を聞いて、兄は心底呆れている。


「なんでだよ」

「そういうことはもっと早めに行動するべきだ。いちいちお前は遅いんだよ。彼女が復活してから動いたところで、神経を逆撫でするだけだろうが」

「それでも、言わないよりはマシだろ?」

「……幸せなヤツだな、ホントに……」

 兄は溜息を吐くしかなかった。


 どこで教育を間違えたのかと。


 だが……、情緒面に関しては、自分も少し鈍いばかり鈍い部分があることを兄は知っているため、これ以上深追いすることは、避けるべきだとも思った。


 兄は、彼女が落ち込んでいたことを知っている。

 そして、恐らくはその原因にも心当たりはあった。


 それは目の前の弟の言動からも外れてはいないのだろう。


 それが、たった一夜明けただけで、あれだけの変化を見せたのだ。

 何かきっかけがあったにせよ、彼女が何かを吹っ切ったことは間違いない。


 ただその吹っ切った何かが……、この呆れるほど鈍い弟に振られたことに対してか、弟への淡い恋心そのものか……、今の段階でははっきりと分からなかったのだけど……。


「まあ、とにかく、お前が呑気に寝ている間に、かなり話が進んだのは確かだ。とりあえず、話をしてやるから、大人しく聞け」


 今の兄が弟に言えることはそれだけだった。


 弟は不服そうにしながらも、素直に席に着く。


「まず、船の目途が立った。2,3日後には出向できるように手筈も整えてくれるそうだ」

「仕事が早いな」


 弟は素直に感心する。


 ここはジギタリスの城樹であって、船が停泊している港町ではない。


 そんな場所だというのに、動かせないはずの船を動かす手続きをするのにはもっと時間がかかると思っていたのだが……。


「それだけ、クレスノダール王子殿下が一刻も早くストレリチアへ向かいたいと言うことだろう」

「なるほど……。そう言うことか」


 占術師が言い遺した言葉。

 あの王子が最も大切にしていた女性は、「大神官に会え」とそれだけを彼女に伝えた。


「今更ながら、高田はよく、疑われなかったな」

「……というと?」

「魔界は人間界と違って、状況証拠が全てだ。占術師が身を投げた現場にその根拠となるはずの残留魔気が残っていない以上、魔力が封印されている高田が疑われても仕方がないだろう?」


 弟はあの場所のことを思い出す。


 呆然としていた少女と、その(そば)で身を投げた女性。


 残っていたものは占術師のものと思われる魔気のみで、遺体に近くにいた少女の痕跡は確認できなかった。


 だが、あの少女は特殊な封印をされているため、通常の魔界の常識は通用しない。


「お前は疑ってるのか?」

「まさか。オレは、アイツがそんなことをするはずがないって思っている。だが、他の人間はそうじゃないだろ?」


 全ての人間が、他人の言葉を信じられるわけではない。

 それは、上に立つ人間ほど顕著となる。


「まだ幼い占術師の証言があった。それに……、彼女自身の遺書も見つかっている。それで疑うような人間は多くないだろう」

「遺書?」

「どちらかというと遺言書のようなものだったな。死を決意した経緯(いきさつ)については書かれていなかったが、覚悟の自殺であることは間違いない」


 その遺書には、占術師が亡くなることに対して表れる弊害に対処する方法や、幼い占術師の今後について書かれていたらしい。


「なんで大神官ではなく、クレスノダール王子殿下に直接話さなかったんだろうな」


 もし、クレスノダール王子に言えない事情があったのなら、自国の人間でもよかったはずだ。


 わざわざ他国の人間に言付ける理由が、弟には分からなかった。


「話さなかったのではなく、話せなかったのだろう」

「女ってホントにわけ、分かんねえな」


 弟は溜息を吐くが、兄の方は気にしない。


 彼は女性という生き物は程度の差はあっても、感情で動くものだということを知っている。


「分からないから、知りたくなるのだ。既に答えが分かっているような問題は面白くないだろ?」

「……真実を知らないままの方が面白くねえよ」

「全てを白日の下に(さら)け出す必要はない。真実は当人たちが知れば良いことだ。だから、彼女は国外に事実を伝えたのだろう」


 国内ではそれを遺すことはできなかったのだ。


「……兄貴は何を知っているんだ?」

「俺は何も知らない。部外者にできるのは推測することぐらいだな。それより、話を続けるぞ。諸々の準備もあるが、出発も2,3日後にはできるだろう」

「本当に急ぐんだな」

「その辺は船の提供者に言え。今回は彼が出資者(スポンサー)だ」

「……まあ、早く動ける分には助かるが……」


 本来ならば、定期船が動き出す少し先まで身動きが取れないところだったのだ。

 それがわずか数日後に移動することができるなら、それが一番良い。


 しかし、それは誰の目にも少々、急ぎすぎとも思えることだった。


「まあ、早い分には悪くはないか。オレの個人的な意見としては、一日、空けてくれるなら良かった。移動が明日以降であれば問題ない」

「理由は?」

「高田は夜中、部屋にいなかった。戻ったのが先ほどなら、徹夜に近いはずだ。オレたちはともかく、魔力を封印中の身体にはかなり負担だと思う」


 それは、弟に指摘されるまでもないことだ。


 だが……。


「……ストーカー認定して良いか?」


 兄としてはそう言うしかなかった。


「高田を尾行して(つけて)いた兄貴だってそれぐらい気付いてたことだろ? アイツを使ってオレを試すな」

「まあ……な。分かった。クレスノダール王子殿下にはそう伝えておこう」


 自分の言葉に対して、あまり動じない弟に、兄は大きく息を吐いた。


「なんだよ?」

「いや……、お前は気が回るのか回らんのか分からん男だなと思ってな」

「何を言ってる? 兄貴が育てた結果だ」

「……違いない」


 そんな弟の言葉に兄は苦笑するしかなかった。


 確かに兄は弟に対して常日頃より「感情よりも行動を優先しろ」と教えはしたが、ここまで極端に育つとは思わなかっただろう。


 彼自身も他人の感情に対して、正直、無感覚ではあるが、状況に応じて阿諛(あゆ)迎合(げいごう)の意思を見せるぐらいのことはする。


 だが、この弟は完全に自他の感情に対して無頓着であった。


 それは情がないわけではない。

 これはこれ、それはそれと、単純に割り切りすぎるのだ。


 加えて常日頃から、「自ら捨てられないほどの執着心を持つな」とも言っていたが、弟の性格から考えても、ここまで極端に育つとは思っていなかった。


 ただ……、それは従者としては悪い傾向ではない。

 いざとなれば、主を守ることができれば何も問題はないのだ。


 そして、その点に置いてのみ、兄は弟以上に信頼できる存在はないと思っていた。


 彼は幼い頃より、「絶対命令服従魔法(命呪)」を施されるより先に、「魂への刻印付け(インプリンティング)」、俗に言う刷り込み状態にあった。


 全てにおいて優先されるのは彼女のことであり、盲目的に護る。

 それは、恋愛感情や打算などで動くよりも、純粋で不易(ふえき)な思考とも言えた。


 それでも、いつかはその前提も崩れることだろう。

 他ならぬ当事者たちの言動と感情によって。


 本当に永久不変のものなど、この世界のどこにもないのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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