想いは思うもの
「それならば、出立前の商業樹への買い出しは私が出た方が良いな。先輩はその使者たちに顔を知られてるだろうし、少年は先輩に顔が似ている。さらに、主人である高田は王子に狙われてるからな」
話が落ち着き、今後の方向性を決めた後、水尾先輩はそう口にした。
それはありがたい申し出だけど、一国の王女さまを、使いっぱしりみたいにしても良いのだろうか?
しかも、この状況って危険が伴うのではないだろうか?
「せやったら、俺が護衛になったるわ」
楓夜兄ちゃんは胸を叩く。
「え……、でも、楓夜兄ちゃんもあまり城下は……」
仮にも、楓夜兄ちゃんはこの国の王子さまだよね?
かえって目立ってしまうのではないだろうか?
「今更、俺が美人連れで商業樹をうろついてたかて、誰も疑問に思わへんよ。いつものことやし」
「それはそれで、どうかと思うよ……」
しかも、さりげなく水尾先輩のことを「美人」とか言ってる。
そんなことを言われてしまったら、かえって不安になってしまうではないか。
「それで、護衛になるのかよ……」
水尾先輩も呆れている。
「ま、一応、いつものように、髪の色も変えるし……。ああ、ついでにアミュレットやタリスマンをいくつか売って、小金も稼いどこか」
やりがいを見つけたように、どことなくうきうきした顔と足取りで楓夜兄ちゃんは部屋を出て行った。
彼の職業「王子さま」だよね?
実は「商人」……じゃないよね?
そんな疑問も頭を走り抜けるが、ゲームのようにステータスと呼ばれる紹介用の表示板が見えるわけでもない。
だから、わたしにそれを確認する術はなかった。
「まあ、不安は多々あるが、城下をより知ってるヤツがいるのは助かるな。王子殿下の顔が利けば、今よりもっと値切れるかもしれないし」
水尾先輩は先輩で、不穏なことを口にしている。
「王女殿下を使って悪いね」
雄也先輩はそう言いながら、何かをさらさらと書き始めた。
現時点での必要な物をまとめているのだと思う。
「王女と言っても、既に国はねえわけだし……。どうせ、先輩のことだ。私がそう言い出すのを待ってたんだろ? だから、巻き込むために今頃になって、詳しい事情も話す気になったんじゃねえの?」
「事情については、栞ちゃんが望んだからだよ」
「それすらも先輩は織り込んで計画を立てているんじゃねえかと私は思ってる」
そう言って……、雄也先輩からメモを受け取ると、水尾先輩も部屋から出ていってしまった。
後に残ったのは、雄也先輩とこの部屋を借りているわたし。
そして、まだ目が覚める様子がない九十九だった。
「さて……、我々も、出来る限りはしないとね」
雄也先輩は笑顔でそう言う。
確かに今は余計なことを考えずに動いていた方が良いのかもしれない。
「はい。でも……」
ちらりと寝台を見る。
その上ではまだ九十九が眠っていた。
「ああ、そいつはほっといても目が覚めるよ。それより……、栞ちゃん」
雄也先輩はまっすぐわたしを見て言った。
「馬鹿な弟でごめんね」
「え?」
突然の雄也先輩の言葉にわたしは驚くしかない。
まさか、彼が弟の代わりに謝るなんて思わなかったのだ。
今回の話は雄也先輩は何も関係はないのに。
「でも、多分……。アイツなりに考えたことだとは思うんだ。不器用だし、馬鹿だけど、嫌わないで欲しい」
その言葉から、多分……、雄也先輩もなんとなく気付いてるんだろう。
わたしが九十九に振られたことまでしっかりと。
わたしは楓夜兄ちゃん以外に話してはいないし、内容的に九十九が話したとも思えない。
「雄也先輩は、人に気を遣ってばかりですね」
「え?」
今度は雄也先輩の方が驚いた顔を見せた。
「でも、わたしは、もう大丈夫ですよ」
それだけ言って……、九十九の方に向く。
ちゃんと大丈夫なところを彼にも見せなければ!
これ以上、情けない姿をみせるわけにはいかないのだ!
それに、わたしはこのまま、護られているだけの女になる気はない。
「九十九~。早く起きて!! わたしが今からここで寝るんだから!!」
わたしは通信珠も使わずに、部屋中に響き渡るほどの大きな声で呼びかける。
広い運動場の端まで聞こえるほどの元ソフトボール部の声量だ。
決して小さくはないことだろう。
「うおっ!?」
わたしの大音量に九十九は思わず飛び起きる。
「あ……れ? オレ……」
きょろきょろとする九十九に対して……。
「本当にごめんね」
わたしは彼に向って一言だけそう口にする。
それは勿論、今、起こしたことに対しての言葉ではない。
そのことが彼にちゃんと伝わったかどうかは分からないけれど。
これは、一種の逃げなのだと思う。
あの件について、真剣に彼と向き合うことは、今のわたしにはまだできないみたいだ。
「……あ?」
彼は起き抜けで思考が追いついていないのか目が点になった。
だけど、深く考えさせる暇は与えない。
「それでは、雄也先輩。九十九にも先ほど決まったことを含めて、現状説明をお願いできますか? わたし……少し眠たいんで……」
まあ、ほぼ徹夜だったのだ。
そのことを意識すると眠気が急激に襲ってきた。
そんなの買ったばかりの小説に没頭してしまった中学生以来だった。
……思ったよりあんまり離れてないね。
「ああ、分かった」
わたしの言葉に雄也先輩は返事をしてくれる。
それだけで十分だ。
彼に任せれば、わたしよりずっと上手に説明をしてくれることだろう。
「よろしくお願いします」
わたしは彼に笑顔を向ける。
「お役目、仰せつかりました」
雄也先輩は、いつもよりも仰々しい返答をした。
「え? 兄貴?」
まだ混乱している最中の九十九を、雄也先輩がズルズルと引きずって、部屋から出て行ってくれる。
「さて……、寝ましょうか……」
そう言いながら……、まだ温もりが残っている寝台に横になって目を閉じる。
「ん?」
何か……、いつもと別の匂いがする……?
そんな気がして、身体を起こして思い出す。
「ああ、そうか……」
これは、さっきまで、ここに寝ていた人物の匂いだ。
「それに、これ……。九十九の……毛布か……」
自分が使っている物を引っ張り出す余裕もない。
そのまま再び身体を倒して、自分のものとは違う毛布に包まると、わたしの意識は心地よい眠りの中へと遠ざかっていく。
それはいつもより穏やかで安らかな気持ちだった。
魔界に来てから眠る前に不安な気持ちになっていたばかりのわたしが、初めて、こんな気持ちで眠りにつけたのだ。
そして、あれだけ散々、騒いだにも関わらず、九十九のことが異性として好きかどうかなんて、結局、自分でもよく分からなかった。
考えれば考えるほど混乱するし、思考が混ざって変な感じになってしまう。
それは苦しいわけではなく、切ないとも違って、ひたすら面倒くさいとすら思えた。
わたしはやはり、どこか欠けた人間なのかもしれない。
でも、はっきりと言えるのは、楓夜兄ちゃんが占術師のリュレイア様に抱いた感情とは全く違うということだった。
それを断言できるのは、あの楓夜兄ちゃんの露骨な台詞にある。
実はそこに分かりやすい答えがあったのだ。
わたしは、異性に対して触れたいとか、それ以上のことがしたいとか思ったことはない。
確かに、そういった方向性に多少の好奇心や興味がないとは言わないけれど、わたしはまだ、特定の誰かに対してその域まで達したことはなかった。
だから、わたしの中にあるこの感情は、間違いなく友人に対する親愛ではあるのだろうけれど、異性に対する恋愛とは違うのだと分かったのだ。
だから、これは恋じゃない。
少なくともこの時のわたしは本気でそう思っていたのだ。
こんな考えを持ったまま、わたしは数年後。
様々な経緯を経て、とある男性に対して、自分の想いを伝えることになる。
だけど、それはまだ本当に先の話。
それぐらいわたしは子供で、そんな気持ちに気づくまでにもかなりの時間がかかってしまうのだけど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




