思いやりの言葉
「まずは、お聞かせ願いましょうか」
部屋に入るなり、雄也先輩は直ぐに本題に入った。
「何をや?」
「何故、彼女がセントポーリア国王陛下の血を引く娘かと思った理由を、です。何の確信もなく、出てくる台詞ではないでしょう?」
そう尋ねる雄也先輩の目は鋭い。
そして、いつもの余裕は感じられなかった。
「私も、最初分からなかったもんな~。本来手掛かりとなるはずの魔気が、普段の高田からは感じられないし」
まあ、一番分かりやすい証拠となるわたしの魔力というものが封印されているのだ。
だから、普通は分からないらしい。
「セントポーリア国王陛下の娘か思うとったのは前々からや。確信したのはさっきやけどな」
楓夜兄ちゃんは雄也先輩の厳しい視線も気にせず、いつものように軽い口調で答える。
「そして、恐らく母親のことも知っとる」
「え?」
「恐らく『チトセ』やろ……? 嬢ちゃんの母親の名は……」
「その名を……、何故、貴方が?」
意外にも雄也先輩が驚いている。
母は有名な人間と言うわけではないからだろう。
でも……、わたしは……。
「そっか……。楓夜兄ちゃんも覚えていたんだね」
あの占術師が言っていたことを思い出した。
その昔、楓夜兄ちゃんは、あの母さんに会ったことがあるということを。
「栞ちゃん……?」
雄也先輩が不思議そうな顔をわたしに向ける。
「リュレイアさまが言ってたよ。クレスノダール王子殿下は、母さんに会ったって。小さかったから覚えていないかも知れないけど……とも言っていた」
「あの『チトセ』と嬢ちゃんが繋がったのも最近や。前々から似とる似とると思うとったんやけど、確信したのはつい、先ほどや」
わたしがうっかり反応したからかな?
「……しかし、チトセ様のことが他の国に知れることなど……」
「セントポーリア国王陛下……、いや、当時はまだ王子殿下やったか……が、『チトセ』の望みで占術師に会わせたんや。俺はそのオマケ。たった一度きりやったけど……、嬢ちゃんと同じ綺麗な黒髪、黒い瞳の印象的な女性やったわ」
わたしは母に似ているとよく言われていた。
だから……、今の母ではなく、もっと若い時分の母と会った人なら、同じように気付かれる可能性があるということか。
「へ~。高田の母さんは、城仕えだったんだな。確かに城下よりは確率が高いけど……」
水尾先輩が妙に納得していた。
確かに母と王の出会いの話まではしていなかった気がする。
いや、そこまで説明する必要もないと思ったし。
「……と言うより、王子殿下の友人だったようですよ。でも、何故、父親が国王陛下だと?」
「ああ、あの時リュレイアが言っとったんや。あの女性が、良くも悪くもこの国を変える一因となるて」
「「え?! 」」
雄也先輩と、わたしが同時に聞き返す。
「何分、昔のことで、はっきりとは覚えとらへんけど……、確かにそんな感じのこと言っとった気がするわ」
「で、でも、それだけで国王陛下と母さんは結びつかないでしょ?」
「そうか~? あの王子殿下は婚儀の前やというのに、その『チトセ』のことばかり気にしとったし、チトセはチトセで王子殿下のことばかり気にしとったふうやったし。それなら、可能性としては考えられるやろ?」
「……確かに、あのお二方は素直ですからね」
素直……それは「単純」という意味にも取れる不思議な言葉。
「私も初めて知った時は驚いたよ。セントポーリア国王陛下って、他国でも有名なほどの堅物だろ? この国の王と違って浮気の兆しもないってぐらい。それが実は隠し子までいたってセントポーリアにしてみればかなりの醜聞だからな」
水尾先輩も何やら頷きながらそう言った。
そして、さりがなくこの国の王が浮気性ってことも暴露している。
楓夜兄ちゃんが苦笑したのが分かった。
「もう、そこまで知っているのなら隠していても仕方がないでしょう、雄也先輩。それにわたしも隠し事は嫌だから、この際、楓夜兄ちゃんにもスッキリサッパリ話していた方が、良いと思いますよ」
それに水尾先輩にもしっかりと知っていて欲しいとも思った。
もう、彼女も完全に巻き込まれているのだ。
これ以上、隠している理由はない。
そう言うわたしをどう思ったかは分からないけど……。
「……貴女の意思に従います」
彼はそう返事をし、楓夜兄ちゃんと水尾先輩にも簡潔にこれまでのことを話してくれたのだった。
「腹違いの兄貴とか……。そら逃げるわ」
楓夜兄ちゃんの言葉に水尾先輩が溜息を吐く。
「他に手がないとは言え、やり方がえぐいよな」
「あの王妃さんはそないなとこまで追いつめられとるんか。今後、国王陛下の寵愛が得られない以上、可愛い息子の地位を脅かす存在を始末するか、抱き込むかのどちらかしかなかったわけやな。少しばかり気の毒やとは思うわ」
隣国であるために、多少事情と、王妃を知っているのか、楓夜兄ちゃんもそんなことを言う。
「それに……、セントポーリアの王子……、ダルエスラームだっけか。アイツからはあまり質の良い魔気を感じられんからな。少しでも、純度を濃くする方法は……、分かりやすく近親婚なわけか。セントポーリアって国は昔からどうして、ああも、血筋に拘るかね~」
「それがよう分からんな。王族である以上、そこそこその純度は保たれてるはずや。例え、一代に魔力がうまいこと受け継がれんでも、次代にそうとは限らへんわけやし」
水尾先輩は溜息を吐き、楓夜兄ちゃんは首を振る。
「そ~いや、今の国王陛下は第二王子だったんだよな~。長男が病死したとかで」
不意に、水尾先輩がそんなことを言った。
「せや。先代王の長子『クライナール=アルダン=セントポーリア』王子殿下は、突然死やったらしい。元々、身体の弱い方やったらしいからな。でも、俺、一度だけ会うたけど、あの王子殿下は好かんかったわ」
楓夜兄ちゃんは思ったより、セントポーリアのことを知っている人だった。
水尾先輩は「病死」と言ったのに、楓夜兄ちゃんは「突然死」と言ったから。
いや、隣国の王子だから、可笑しくもないのだけど。
「私はよく知らないな~」
「貴女が産まれる前のことだからね。俺も……、その王子殿下がご存命だった頃にはまだ城にいなかったから詳しくは知らないけど……」
……って言うか、雄也先輩も1つか2つぐらいの時の話だって、前に習った気が……。
「俺が3つか4つの時のことやからな。俺も詳しくは知らん。せやけど、一時は病死でなく暗殺説も流れたんやで」
なんですと?
その話は初耳だった。
わたしが知っている現王の兄は、別の理由で亡くなったと聞いている。
世間一般では病死。
でも、実際は……違うとか。
「王位継承の話が持ち上がった頃のことらしいですからね」
「タイミングが良すぎて気味が悪い言うてな。でも、証拠も何もなかったのも事実やったわけやし」
「ん? でも、この国には占術師がいるでしょう? 分からなかったの?」
なんでも見通す眼を持っていた今は亡きこの国自慢の占術師。
「ああ、一応、聞いたで。せやけど、リュレイアは、あれは事故やと言うとったわ」
「事故……?」
その時点で「病死」ではないが、驚く話でもない。
変死って話は前に教えられていたから。
でも……、雄也先輩はどんな事故だったのかは教えてくれなかった。
「城の塔から落ちたということで、事故と自殺……、あとは他殺の線も拭えなかったようですね」
「でも、あの占術師が事故だったってなら事故だったってことだろ?」
そう言う水尾先輩は、占術師を全面的に信用しているようだった。
「事故にも……いろいろありますよ」
「……?」
あれ?
……なんだろう。
今、少しだけ雄也先輩の言葉に背中がゾクッとした気がしたのだけど……。
まさか、本当は、事故に見せかけた他殺だったとか?
でも……、この国の占術師は事故と断言していたんだよね?
どういうことなのだろう?
「そんなことより……、クレスノダール王子殿下。船の方はうまくいきそうですか?」
「え? あ? ああ。なんとか一艘は確保できそうや。ただし……、内緒で出なければならんから、自分たちでなんとかせなあかんな~」
「なんで、内緒なの?」
「国が船を出せね~ような時期に、王子殿下って立場の人間が船出するなんて知れてみろよ。誰もが止めにかかるだろ?」
「ああ、そうか」
水尾先輩の言葉に頷く。
「せやから、船自体も大きゅうない。それでも、2,3日後には使えるはずやから……、港に向かえば乗れると思うで。俺は港町の近くまで転移できるからな」
「そうですか……」
なんで、港町の近くまで行ったことがあるのかを気にしてはいけないのだろう。
「それに……、嬢ちゃんの事情を考えたら少しでも目立たぬように、そして、早いほうがええやろ。ここ暫くセントポーリアから使者が頻繁に来とるらしいからな」
その楓夜兄ちゃんの言葉で、全身に鳥肌が立った。
忘れかけていたこと。
でも、忘れてはいけなかったこと。
「……やはり……」
「ここ2,3日の表向きは占術師の冥福を……、ということらいいけど、商業樹、農業樹、居住樹にすら使者が顔を出してる辺り、別に狙いもあるんやと思う。嬢ちゃんが、ここに身を隠しとったんは幸いやったんかもしれんな。ここなら簡単には捜索できへん」
「城下にも……?」
その使者がもし、本当にわたしを捜してるとしたら……?
やはり、まだ諦めてないってことなんだ。
「母さんは……、大丈夫かな……」
不安になってくる。
あの母は護られているわたしと違って、敵陣真っ直中にいるのだから。
「大丈夫だろ。灯台もと暗しって言うし」
「せやせや。動かん分だけ、嬢ちゃんよりよっぽどか安全なところにおるんやで」
「それに……陛下自らが護ると言っておられた。栞ちゃんが心配することは何もないよ」
3人が、それぞれに言う。
それが慰めだとしても、今のわたしには有り難かったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




