思いの形にもいろいろある
そうして、城樹に戻る頃にが白々と夜が明け始めていた。
そんな時間だというのに、あまり眠気はなく、すっかりわたしの目は覚めてしまっている。
「朝帰りやな、嬢ちゃん」
楓夜兄ちゃんが妙に嬉しそうに言う。
「……そうなる……のかな?」
「不良娘や~」
「それを言うなら楓夜兄ちゃんもじゃないか」
「俺は20歳やし、男やからええんや。嬢ちゃんはこの世界ではともかく、人間界で言えば、未成年やろ?」
そう言って、彼は笑った。
「あ。楓夜兄ちゃん一つだけ聞かせて欲しいんだけど……」
「ん?」
「コレ……どうして?」
わたしは、左手首を差し出して見せる。
そこにはあのお守りが光っていた。
貰った時から変わらない輝きを放つ不思議な紅い珠がついた細く小さな装飾品。
あの森の中、こんな小さい物を見つけ出すなんて簡単なことではないと思う。
しかも、明かりが少ない夜だったのだ。
見たところ、楓夜兄ちゃんはわたしと違って携帯用の「照明石」という魔石も持っていなかったし、魔法で明かりも使ってはいなかったと思う。
それなのに、なんで見つけることができたのだろう?
「ああ、あの森をふらふらと歩いてたら、気配がしたんや。アイツの法力の……」
「え?」
「俺は魔法感知や法力感知はそんなに鋭くはないんやけど……、アイツの法力感知に対してだけは目が効くんよ。変な話やけどな。」
「……特定の人物に対してってこと?」
「せや。一応、5年も連れ添った幼馴染みとも言えるヤツやからかもしれへん。僅かなのでも察知できるようやから相性も俺とそこそこ合うとるんやろな」
「ふ~ん」
王子さまと大神官……。
変なところで縁があったものだね。
「嬢ちゃん等も……幼馴染なんやろ?」
「覚えがないけどね」
でも、楓夜兄ちゃんたちも10歳から15歳の間の関係で幼馴染のようなものなんだから、小学校が一緒だったわたしと九十九は、記憶のあるところからでも十分、幼馴染みといえるのかもしれない。
でも、それを言い始めたら、同級生は皆、幼馴染みになっちゃうよね?
「幼馴染みやと関係を崩すのは骨やで~。恋か慣れだか分からんようなるしな」
「え? 楓夜兄ちゃんって恭哉兄ちゃんに恋してたの!?」
「……ド阿呆!! 俺は男に興味はない!」
「ド……、ど阿呆……って……」
思わぬ反論が来た。
「ただでさえ、人間界にいる時散々、言われたんよ。アイツとよう一緒におったせいやろうけど」
「ああ、そ~ゆ~のが好きな女性もいるもんね」
でも、わたしはそこまで興味ない。
男同士ってなんか暑苦しそうだよね。
「まあ、嬢ちゃんはよう考えてみた方がええよ。俺みたいに……、後悔せんようにな」
「楓夜兄ちゃんは……、後悔してるの?」
「正直なところ、まだ、よう分からんわ。アイツに出会えたことは後悔しとらんけど……、それでも、どこかで迷いもある」
「そっか……」
その言葉でなんとも言えない気持ちになってしまう。
始まりに後悔はなくても、その結果は納得できない。
そんな時は、どうやって自分の気持ちに折り合いをつければよいのだろうか。
「とりあえず、嬢ちゃんを部屋の前まで送ろうか」
城樹まで戻った時、楓夜兄ちゃんがそんなことを言った。
「え?」
そこまでしてもらうのは悪い気がする。
楓夜兄ちゃんはこう見えてもこの国の王子さまなのだ。
そんな案内人みたいなことをしてもらっちゃって良いのだろうか?
「また迷子になられてもかなわん」
「う……」
そう言われると困る。
それを否定しようにもわたしには既に前科があるからだ。
でも、不思議なことがある。
そんなに迷うような人間だというのに、あの場所には何故か迷いもなく行けたのだ。
それだけ印象強い場所だったということ……なのだろうか。
「……っと。先客がおったようやな」
楓夜兄ちゃんは、そう言いながら足を止めた。
「え……?」
「嬢ちゃんの部屋の前に、なんや怪しげな物体がおるで」
「怪しげ……?」
楓夜兄ちゃんからそう言われてみると、確かに部屋の前にはモコモコとした、大きくて変な物があった。
少なくとも、わたしが部屋から出た時にはなかったと思う。
「何? あれ……」
「近付けば分かるやろ」
そう言って……、近付けば、その正体がはっきりと分かった。
「どうやら、ここで一晩明かしたらしいな」
楓夜兄ちゃんがそれを見て、苦笑した。
「……馬鹿だね」
でも、わたしはそう言うことしかできない。
「そんなつれないこと言わんと」
「でも、馬鹿だよ」
ホントに、馬鹿だって思う。
わたしのことを好きじゃないのに、仕事とはいえ、こんなことをしているなんて馬鹿以外の言葉が見つからない。
その変な物体の正体は、毛布を被って、丸まった九十九だった。
どれくらい待っていたのか、彼はスースーと寝息を立てている。
いつもは雄也先輩ほどじゃなくても、何かの気配がすると目を覚ますのに、その様子がない辺り、結構、長い時間まで起きていたのかもしれない。
部屋にいないわたしを心配して。
それでも、いつもならわたしの気配を探って移動魔法を使っていただろう。
今回は通信珠も持っていたのだ。
探そうと思えば、彼なら探せなくもなかったはずだ。
彼はわたしがどこに居ても探し出すことができるはずなのだから。
それでも……、今回に限ってそれをしなかったのは、わたしが通信珠を使いにくかったことと同じ理由なのだろう。
「これで、分かったやろ?」
「え?」
「この坊主にとって、嬢ちゃんはまだ恋愛対象やない。せやけど、ある程度、特別な存在や思うてることは間違いない」
「ううん」
楓夜兄ちゃんは優しい言葉をかけてくれたが、わたしは首を横に振る。
「九十九がわたしを護るのも、雄也先輩がわたしに優しくしてくれるのも、わたしの為じゃない。彼らはただ、わたしの護衛を任されているだけだから」
そうして、彼らが傍にいる理由をはっきりと思い出せた。
そうだね。
だから、恋愛感情をお互いに持ったらいけないのだ。
どんな形であれ、わたしの意思じゃなくても、彼らを一方的に縛っている以上、対等の立場ではなかった。
だから、好きになってはもらえないし、好きになってもいけなかったのだ。
九十九がわたしを突き放した言い方をしたのも多分、そんな理由からなのだと思う。
それが分かったから、改めて……、彼は本当に不器用なのだなとも思った。
そんなわたしをどう思ったのか……。
楓夜兄ちゃんがとんでもないことを口にする。
「それは嬢ちゃんが……、セントポーリア国王陛下の娘……であることと関係があるからか?」
「え!?」
不意に言われた言葉にわたしは固まってしまった。
「な、なんで……、それを……?」
「もしかしたらと思って、カマかけたんやけど……。当たったみたいやな。その反応は分かりやすいわ」
楓夜兄ちゃんが苦笑する。
「あ……」
しまった……。
こんな単純な手に……。
そう思ったけれど、もう遅い。
声に出す前に、顔に出してしまった時点で、楓夜兄ちゃんは確信したことだろう。
わたしは完全に気を緩めていたのだ。
「……って、クレスノダール王子にバレちまったか?」
「へ?」
その声で、振り返ると……そこには水尾先輩の姿があった。
「高田と……、クレスノダール王子の姿が見えたんで、来てみたら……」
え……っと、こ~ゆ~時は……どうしたら?
「まずは場所を変えようか」
不意に聞こえた助け舟。
そう。
場所替えだ!
これ以上、ここで騒ぐと、他の人まで出てくる恐れがある。
「とりあえず、栞ちゃんの部屋が目の前だから、悪いけどここで良い? ああ、愚弟はそこに置いといても問題はないが、誰かに発見されても面倒だから、運び込んでおくか」
「……って、雄也先輩?」
助け舟を出してくれたのは、雄也先輩だった。
「ん? 何?」
「いつの間に?」
気配すらなかったんですけど?
「ああ、俺もたまたま、2人の姿を見たんだよ」
「ホンマは嬢ちゃんが一人で森に入る辺りからやろ?」
「おや?」
「俺が嬢ちゃんを見つけた時から、視線をずっと感じとったわ。ホンマ、油断できん男やな」
どうやら、雄也先輩はわたしを見守っていてくれたらしい。
「お互い様でしょう?」
そうニッコリ笑う雄也先輩。
楓夜兄ちゃんの言葉に心の底から同意したい。
この人は本当に油断できない人なのだから。
でも、わたしにとっては心強い味方なのだけどね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




