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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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想いと語ろう

「でもね……。分からなくなっちゃったんだ」


 楓夜兄ちゃんに全てを話し終えた後、わたしから出たのはそんな言葉だった。


「何が?」

「わたしが、九十九のことを……ホントに好きだったのかなって……」


 さっきから自分の中でずっと渦巻いている疑問……だった。


「いつ、どこで、どんな理由で好きになったかも分からないんだ。ただ、いつも近くにいて守ってくれてた……。それだけなんだ。口から出た言葉を信じ込もうとしただけなんじゃないかって思ってる」

「気の迷いだったんやないかって?」

「うん。楓夜兄ちゃんはどう思う?」


 期待と……微かな希望を抱いて尋ねてみた。

 楓夜兄ちゃんなら、答えを教えてくれるのではないかと思って。


 だけど……。


「分からん」

「え?」


 予想もしなかった答えが返ってきた。


「それを考えるのは嬢ちゃん自身や。嬢ちゃんが分からんことには、誰にも分からへん」

「だけど……、わたしにも分からないんだ」

「そりゃあ~、考えて答えが今すぐ出る問題やないってことやろ。焦らんでええ。ゆったりしとき」


 楓夜兄ちゃんはそう言ってくれるが……。


「でも……、今のままは嫌なんだよ。こんな自分の答えがはっきりしていない状態をずっと続けてなんかいられない」


 こうモヤモヤした思いを抱えているのは……、酷く居心地が悪いのだ。


「でもな。嬢ちゃん。こればかりは簡単に結論付けても仕方ないで。人の気持ちは不変やない。ほんの1秒後には変わってまうような、あやふやで可変なものや」


 それでも、こんな自分の気持ちも分からないっておかしいと思う。

 わたしはどこか欠けているのだろうか?


「楓夜兄ちゃんは……?」

「ん?」

「楓夜兄ちゃんは……、リュレイアさまのことがどうして好きなの?」

「それも分からんよ。いつ、どこで、どうして好きになったのかなんてそんなこともはっきりしてへんわ」

「なんで?」


 何か分かりやすいきっかけとかがあったのではないの?


 恋に落ちる瞬間って、胸の高鳴りを自覚するとか、そんな感じだと思っているのだけど。


「そんなもんや。気付いたら、一緒にいたなった。少しでも触れていたくなった。ホンマにいつからか、どこからかなんて分かってへんのや」

「でも……、それならなんで好きだって言えるの?」


 そんなはっきりしない状態で、なんで好きだって言いきれるのか?


「痛いとこ()きよるな~。しゃ~ないやん。気が付いた時には誰にも譲れん存在になってもうたんやから。感情は理屈じゃ計れへんもんやし、難しゅう考えたところで答えがでるわけでもない」

「恋愛に理由は要らないってやつ?」


 でも、それはちょっと違う気がする。


 そして……、楓夜兄ちゃんも何とも言えない表情をして見せた。


「う~ん……。せやな~。嬢ちゃんは俺のことをどう思うん?」

「へ?」


 不意に聞かれて、頭が真っ白になる。


 そんなことを意識したこともなかったから。


「適当でいいから、言うてみ?」

「う~ん。明るいし、軽い?」


 これは見た目の印象。


「軽いって……。まあ、ええわ。それから?」

「強いって思う」


 少なくとも、前を向く強さを持っている。


「それから?」

「いつも茶化してばかりだと思っていたけど、真面目な話もできるんだな~って今、思ってる」

「複雑やな」


 いや、真面目な人だってことは知っていた。

 でも、本心を見せないために軽い反応をされているイメージはある。


「それから?」


 そして、さらに先を促される。


「面白いし、一緒にいて楽しいけど……、彼氏にしたくはない感じ」

「容赦ないな~」

「なんとんく泣かされそうだし」


 何も考えずにポロリと口に出てしまった。


「今の俺にそれは(とど)めやと思うんやけど」

「あ、ごめんなさい!!」


 確かに……、傷心の楓夜兄ちゃんに言って良い言葉ではなかった。


「で、どないや?」

「え?」

「軽く質問しただけでもスラスラ出てくるもんやろ? 俺に対する印象や考えが」


 まあ、確かに。


「それで、一つも同じ答えなんて出えへんかったやろ?」

「それは、聞かれたから……」

「多分、坊主のことやったらもっと一杯出てくるはずやで。俺より、いろんな面を知ってるはずやからな」


 九十九の……、いろんな面?


「完璧な人間……、理想の人間なんて恐らくおらへんよ。同時に全てにおいて自分の考えと合致することもあらへん。どんなに仲の良い友人相手でも、嫌いなところや好きなところはいっぱいあるはずやろ?」

「好きなところや嫌いなところ……が?」

「しかも、恋愛感情や言うとな。もっと別モンになってまうんや。感覚……、『なんとなく』や『気付いたら』はどうしても、増えてまうんよ」

「フィーリングってやつ?」


 感覚的なものって難しい。


「せやな。例えば、俺の場合……。理想の女性いうんは容姿がややきつめの美人顔で勿論、ナイスバディ。ここは譲れん。性格は明るくハキハキして言いたいことはズバッと抉るようなことでもはっきりと言える毒舌家。行動的で意欲的。常に前を向いとる女がええな」


 ずらずらと並べられた楓夜兄ちゃんの理想の女性。

 だが、それだけ聞くと、ある疑問が浮かび上がってくる。


「ふ、楓夜兄ちゃん……ってマゾ?」


 聞いていると、「抉る」とか「毒舌家」とか……。

 正直、あまり賛同できない言葉が入っていた。


「……ポイントはそこやない。それを聞いて何か気付かへん?」

「え?」

「リュレイアと比べてどないや?」

「比べて……?」


 容姿は美人だったけど、きつい感じはなかった。


 体型については、あのローブからじゃ分からないけど……。


 性格は……暗くはないけど、明るくもない感じ。

 言いたいことは、遠回しに言うか、何も言わないか……。


 でも、毒舌とは思わない。


 行動や……、意欲……?


「どや? あまり共通点はないやろ?」

「そりゃ……、理想と現実は別だし」

「でも、捜せばおらんことはないはずや。現に、容姿だけなら好みに近い女はいくらでもいたしな。でも……」

「でも?」

「心が震えへんかった」


 楓夜兄ちゃんは、胸の中央部を押さえてそう言った。


「心が?」

「リュレイアとおる時は自分の感情やペースが激しく乱されるほどの何かを感じていたのに、他の女やと、一度もそうなったことがないんや。抱き合うて、キスしても、それ以上のことをしてもそこまでの感情を伴ったことが正直ないわ」

「そ、それ以上……」


 その意味を考えて、思わず顔が紅くなってしまう。


「おっと。嬢ちゃんにはまだ早い話題やったか……」

「そ、そそそ、そんなことないもん!」


 あります。

 ありまくります。


 わたしにとってその辺りは未知の世界だ。


「じゃあ、言葉を変えよう。嬢ちゃんにも分かりやすく言うとな。トキメキいうもんがないんや」


 そう言った楓夜兄ちゃんが何故だか紅くなって顔を抑えた。


「う~ん。これは俺の方が恥ずかしい表現やった……」


 あ、そういうことか……。


「トキメキ……ドキドキするってこと?」

「せや」

「でも……、それを言ったらわたしはいろんな男の人にときめいてるような気が……」

「それは……、単に経験不足や。異性に慣れてないんやったら、ちょっとの刺激もドキドキしてしまうやろ」

「子ども扱い?」

「ちゃうちゃう。例えば……」


 そう言って、楓夜兄ちゃんは私の手を握った。


「どや?」

「へ?」

「ドキドキしよるか?」

「え? う~~~~ん。」


 手を握られたことに対する多少の照れ臭さはあるけど……、顔が熱くなったり動悸が起きたりと言う感じはない。


「今の嬢ちゃんの反応を見れば、鈍い男でも分かるけどな。ドキドキどころか、緊張すらしてへんやろ?」

「うん」


 特に、楓夜兄ちゃんから手を握られたことが初めてではないため、そんな抵抗もない。


「せやけど、特定の相手に対してはその鼓動が激しなったりすることもある。慣れしまうと気付かへんかもしれんけど……、特定の相手だけには正常に振る舞えなくなったりもする。俺みたいにペースを乱されたりな」

「特定の……相手……?」


 そういや、九十九が相手だとある程度慣れてからも、不意打ちとかには少し緊張はしたし、恥ずかしいし、ドキドキもしてた気がしなくもない。


「そうそう。俺の場合、些細な事に緊張したり、嬉しなったり。哀しくなったり、怒りたなったり。全ての感情が大袈裟になった言うんかな。そして、自分をそんな感じに変えた相手を恨みたくもなった。暫くはその理由に首を捻ってたんやけどな」


 全ての感情が大袈裟に?


「勿論、個人差はある。せやけど、嬢ちゃん……。いつかは分かると思うで。これがそう言う感情の一部やて」

「恋愛感情の?」

「恋が終わって気付く鈍感もいるらしいしな。気付く気付かん言うんは、まあ、きっかけ次第や、きっかけ次第」

「きっかけ……」


「結論が出なくて焦る気持ちも分かる。俺だって、多少悩んだわ」

「え!? 楓夜兄ちゃんが?」

「普段、俺をどないな目で見とるんか分かる台詞やな」

「いや、恋愛とかで悩むイメージがなくて……」

「その台詞もフォローになっとらんて。ただな。悩んだ分だけ、気付いた時は、一気に楽になったわ。世界が変わったような気がしてな。まあ、その結果はこないやったけど、それでも……、俺は彼女と出会えて良かった思う」

「楓夜兄ちゃん……」


 そうなのかな?

 分からなくても大丈夫なのかな?

 こんな不安定な感情のままでもおかしくないのかな?


 でも、今の楓夜兄ちゃんの顔を見ていると……、そんな悩みすら馬鹿馬鹿しく思えてくる。


 ―――― 九十九と会えて良かった?


 うん、良かったと思う。


 ―――― 九十九と一緒にいるとドキドキする?


 うん、少しだけする。


 ―――― 九十九が笑うと嬉しい?


 うん、すっごく嬉しいね。


「ああ、そういうことか」

「ん?」


 わたしの心にストンと何かが落ちた音がする。

 でも……、それが恋と気付いた音なのかは、やっぱりよく分からない。


「いや、確かに考えて簡単に結論が出せることじゃないって思うよ」

「せやろ?」

「でも……、、考えることは必要だね」


 そして、自分に聞いてみることは大切なことだとわたしはようやく気付いた。


 この心にある気持ちが、本当に恋だったかは正直、分からない。


 それでも、これでようやくわたしも前に進むことができる気がしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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