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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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昨日と同じようで

 いつものように朝が来た。


 昨日ほどではないが、やはり身体がだるい。

 しかし、今日はちゃんと学校に行かねばならないだろう。


 昨日は、登校中に九十九に連れられて学校を休んでしまった、

 でも、流石に二日連続で休むのは、あと数日で本番の受験生としてどうかと思う。


 ふと何かが頭の中に何かの声が聞こえた気がして、なんとなく後ろを振り返る。


 勿論、そこには誰もいない。

 あるのは、いつものように机と本棚だけだった。


「何か……、忘れている?」


 ここ数日の記憶はどこかはっきりしない。


 いろいろありすぎたせいだろう。

 忘れている何かを思い出そうとして、寝ぼけた頭を動かしてみる。


「――――?」


 何も思い出せない。


 どちらかというと頭はごちゃごちゃしているのに、妙に気分はスッキリしているという不思議なな状態だった。


 だけど、忘れたことは思いだせないようなので、仕方なくこれ以上深く考えることを止め、支度をして学校に向かう。


 そうして、大通りと交わる交差点に出たところだった。


「あれ?」


 昨日と同じくガードレールに腰掛けてのんびりとしている限りなく黒に近い紺色の制服を身にまとった男子生徒がいた。


 彼はわたしに気付いて、昨日と同じように顔を上げて、笑顔を見せる。


「よっ。昨日よりは早いんだな」

「うげ」


 男子生徒は昨日と同じ人物だった。


「人の顔を見るなり、『うげ』ってなんだよ。失礼な奴だな」

「いや、なんで、またここにいるの?」

「お前を待ってたんだが?」

「二日連続で学校はサボる気はないからね」


 わたしがそう言うと、彼は一瞬目を丸くし、肩を落としながらため息を吐く。


「お前、昨日、オレが言ったことを忘れたのか? 安全が確認されるまでは、朝夕の送り迎えをするって言ったろ?」

「そう言えば……?」


 昨日、九十九の家に行った帰りに通信珠という不思議な珠を渡された。

 その少し前に、そんなことを言われた気がする。


 しかし、その後、今度は九十九がわたしの家に現れたので、いろいろと頭からすっ飛んだのは否定しない。


 あの通信珠の話だけはかろうじて現物があったために覚えていたのだが……。


「……ったく、『やれやれ』ってやつだ」


 九十九は肩を竦める。


「でも、九十九。わたしを送っていたら、自分の学校は遅刻しちゃうんじゃないの?」

「するかよ。オレを誰だと思ってんだ?」


「九十九」


 問われたから素直に、目の前の人物の名前を口にする。


 それ以外の人間だと困るよね?

 よく似た人とか……?


 あれ?

 何か、今……?


「違う。オレは魔界人だ。いろいろと小細工が出来るんだよ」

「小細工って……」

「昨日見ただろ? 移動魔法。魔界と違って、あまり長距離を飛ぶのは無理だが、お前の学校からオレの学校ぐらいの距離ぐらいは飛べる」

「ああ、電撃お宅訪問されちゃったやつか……」


 自分の部屋に異性が来る。


 そんな本来ならときめくはずの状況は……、何故だかほとんど心が踊らなかった。


 いや、ハラハラしたという意味では間違いなく心の臓は跳ね上がったが、あれは何か違う気がする。


「でも、結構、距離があるんじゃないの?」

「今でも10キロぐらいの距離なら飛べる。魔界ならもっといけるけどな」

「10キロの距離を瞬間移動……か。RPG好きじゃなくても、心ときめく夢の移動魔法を現実としているなんて……」


 正直、本気で羨ましいと思う。


 本屋に行くのが楽になりそうだ。

 具体的には、街にある大きな本屋!


 電車で4駅って距離は、中学生には本当に(つら)いのだ。


「因みに制限はあるの?」

「オレの場合は一度でも行ったことがあって、明確な場所を思い浮かべることができればそこに行ける。兄貴は座標計算派で、一度でも行ったことがあれば、確実にその場所に行けるそうだ。但し、オレより移動距離は短い」


 ぬ?


「同じ魔法なのになんで違うの?」

「結果は同じでも、同じ魔法じゃないんだ。オレは移動魔法で、兄貴のは移転魔法。この場合、魔法そのものが違うんだよ。ただ……、同じ魔法でも、その使い手のイメージで効果は変わるけどな」


 なるほど。

 同じようで違う魔法を使っているってことなのか。

 そして、魔法は使うために契約の必要がある……、と。


 うんうん。

 ファンタジーの基本どおりだね。


 魔界人でもいきなり「ふぁいあ~」とかできるわけじゃないんだ。


「どちらも契約できないの? その移動魔法と、移転? 魔法」


 移動魔法はともかく、移転魔法か。


 「移転」という名称はなんとなく、お店とかを移動させるようばイメージがあってどうかと思うけれど……。


「できるよ。実際、契約自体はどちらもやってる。単に使い勝手の問題だな。オレはできるだけ遠くまで行きたいし、兄貴は失敗したくない。その結果、同じ魔法ばかり使うようになるわけだ」

「魔法に経験値みたいなのはあるの?」

「ある。ゲームみたいに単純に目に見えて数値化はされてないが、何でも練習は大事だ。使った分だけ精度や効果、威力などが変わっていくぞ」


 なるほど、奥深い。

 そして、納得もできる。


 ゲームはプレイヤーがやりやすくするために数値化する必要があるけど、現実は機械じゃない。


 自分の経験が目に見えるはずがないのだ。


「でも、移動魔法にしても移転魔法にしても、一度でも来たことがないとダメなんでしょ?なんでわたしの部屋に乱入できたの? 来たこと……ないよね?」


 小学校まで記憶を遡ってみても、そんな覚えはなかった。


 そんなことがあれば、当時のわたしはかなり興奮していそうだし。


「通信珠にオレの魔力があるから、それを追ったんだよ。移動魔法と追跡魔法の併用になるな」


 新たな魔法がまた出てきた。

 覚えきれるかな?


「目印となる魔力を捕捉する必要があるが、自分の魔力ほど分かりやすい目印はない。加えて、自分の魔力の残り香がある場所は、自身がその場所に行ったものと錯覚するのか、オレは飛べるようになっている」

「残り香って……魔力は匂いなの?」

「違うけど……、お前にも分かりやすい言葉を使わせてもらった」


 本来は、魔界の言葉で「残留(ざんりゅう)魔気(まき)」と言うらしい。


 残留は言葉の意味からなんとなく分かるけど、「魔気(まき)」ってなんだろ? 真木(まき)みたいなもの?


「ところで、オレはこのまま立ち話をしていても良いが、あまりモタモタしてるとお前が遅刻するんじゃねえの?」

「いや、でも……」


 他校の男子と一緒に自分の学校へ向かうことには激しく抵抗がある。


「放課後ならまだしも、今の時間、他校の生徒がわたしと同じ方向に向かうのは少々、怪しまれるんじゃない?」


 移動魔法とやらで、距離のショートカットができても、周囲の目は誤魔化せないだろう。

 集団暗示にでもかける……とか?


 でも、なんか、そ~ゆ~のって、ちょっと嫌だよね?


「それなら、オレはお前から姿を消せば済む話だろ?」

「へ?」


 わたしの疑問をよそに、九十九は姿を消していた。


「あれ?」


 いきなり予告もなしにいなくなるなんて……。


 でも、周りを見渡すが、誰もいない。


『おいおい、ぼ~っとしてたら、本当に遅刻するぞ』

「ふぎゃ!?」


 見えないところから聞こえた声に、奇声が上がった。


『猫か? お前……』


 何のことはない。


 通常「姿を消す」というと、その場からいなくなることだが、九十九は文字通り本当にその姿を消したのだ。


 いや、消える瞬間、誰かに目撃されてないよね?

 本当に周囲に人はいなかったよね?


「せ、せめて、説明してよ。心臓が止まるかと思った」


 やっぱり九十九は言葉が全然足りない。


『オレはちゃんと姿を消すって言ったはずだが?』

「本当に消えるなんて考えないよ。ああ、誰にも見られなかったかな……」


 誰かに見られていたら、厄介どころの話じゃなくなるよね?


『ここは思ったより人目につくから、事前に「結界」を張って、人や車が来ないようにしてある』

「け……かい?」


 またまたファンタジー用語が出てきた。


 「結界」ってアレだよね?

 バリアとかシールドとかそんな方向性の防御みたいなやつ。


 ところが、そんな微妙に興奮状態にあったわたしの様子を見て、九十九はとんでもないことを口にする。


『「立入禁止」や「全面通行止め」の看板って知ってるか?』

「ちょっと待て!」


 それはいろいろとダメな方法だ!


 確かにそのやり方なら魔法なんか使えなくても誰にもできるとは思うが、力技にもほどがある!!


『冗談だよ。昨日と違って今日はお前にしか姿を見せてない。始めから周りにはオレの姿は見えてないんだ。今回は何の対策もなしに行動してねえよ。で、この状態はその効果をお前にも適用しただけだ』

「あなたの冗談は笑えないし、分かりに……って」


 ふと彼の言葉に聞き逃せない部分があった。


「もう一度言う。ちょっと待て?」

『なんだよ? 学校行くんだろ?』

「あなたの姿が、わたしにしか見えないってことは……、先ほどからの状況は……、周りから見れば?」

『道端で立ち止まって何も見えない所で興奮する変な女。受験勉強のしすぎで精神を患ったと思われるだろうな』

「あなたはわたしを社会的に殺す気か!!」


 言っても無駄かもしれないが、それでも声を大にして言いたい。


 「わたしの平穏を返せ! 」と。


 わたしの暮らしを守るための彼の行動は……、どう考えてもわたしの平和な暮らしを脅かす行為にしか見えなかった。


『どうでも良いけど、これ以上遊んでると遅刻するぞ~』

「誰のせいだ!!」


 九十九連れの登校に、抵抗そのものがなくなったわけではないが、ここまでされては断る理由も見つからない。


 観念して、学校に向かうことにした。

 あれ以上騒いでもわたしの利どころか、負にしかならないだろう。


 そして、重たい気分で学校に着くと、九十九は……。


『じゃあ、また後で……』


 と、言って、自分の学校に向かった……と思う。


 わたしはどっと疲れが出る。

 この疲労は、まるで長距離走をした気分だった。


 ひょっとして、放課後もこんな思いをして帰らねばならないの?

 もう、こっそり逃げちゃダメかな?


 ―――― だが、残念ながら、現実はもっと無情だったのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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