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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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想いは零れ落ちて

 難しい話は頭脳班に押し付けて、わたしはこの場を離れ、気分転換に少し出かけようと思った。


 後になって考えれば、これがわたしの最大の過ちだったのかもしれない。


「高田? どこ行くんだ?」


 廊下で何やら大きな袋を抱えていた九十九が声を掛けた。


「ちょっとお散歩」

「おいこら、また一人で出かける気か。ちょっと待ってろ」


 九十九はその袋をどこかに置いて戻ってきた。


 そして、まあ、なんとなく……、2人でふらふらと出かけることにしたのだ。


 日が大分傾き、長い影が伸びている。

 魔界の空に浮かんだ2つの月も少しずつ、その存在を濃くしていた。


 「紅い月(ノウム)」と「蒼い月(ティアラタス)」。

 その不思議な色の月光にもそろそろ慣れてきた気がする。


「オレ……、水尾さんとは買い物、もう、したくねえな。あの人、値切るから」

「将来が見えるような光景だよね」


 九十九がそう言いたくなるのも分かる。


 ……というのも、水尾先輩はかなり激しい値切りを見せる人なのだ。


 交渉前提のフリマとかならともかく、ごく普通の商店街にある商品を値切るってすごいことだよね~。


「……っと、商業樹に行くんじゃねえのか?」

「うん。今はこっちに行きたいんだ」

「……って、お前、そっちは……」


 九十九が何かを言いかけて止めてくれた。

 そして、溜息を一つ吐くと……。


「そうか……、分かった。付き合うよ」


 そう言って、黙って一緒に歩いてくれた。


「ありがと」


 わたしはお礼を言うと、()()()()()()足を進める。


 そして、わたしにしては珍しく、迷わずに目的地に辿り着いた。

 九十九がさりげなく誘導してくれたのかもしれないけど。


「あの時と、変わってないな~」


 多少、海が夕焼けに染まって見えたりしてはいるけど……、三日前と景色そのものに変化はない。


 わたしたちは……、あの現場に立っていた。


 あの日、占術師がわたしの目の前で落ちた場所に。


「大丈夫か?」


 九十九が気遣ってくれるが、それに甘えてはいけない。


「うん。この景色、ちゃんと覚えておかないと……」


 わたしが何もできなかった場所。

 何もすることができなかった場所。


 辛いけど……、あの出来事から、逃げちゃ駄目だって分かったから。


「そっか……。でも、無理はするなよ」

「うん。大丈夫だよ。下を見るわけじゃないから」


 そう言って、そこに座ってぼんやりと景色を見た。


 そうしてどれくらい時間が経っただろう。


「ねえ……九十九」

「ん?」

「九十九は……、好きな人っていないの?」


 今回のことで、なんとなく聞いてみたくなった。


「はあ? 何言ってんだよ……、お前……」


 九十九は分かりやすく、その表情を歪める。

 

「うん。おかしな事を聞いてるなって自分でも思うよ。でも、九十九も雄也先輩も、わたしのために大事な時間を費やしているわけでしょ。だから、もし、好きな人がいたなら悪いな~って思って……」

「今のところはいねえな。女はなんか面倒だ」


 その答えがどこか九十九らしくて、思わず笑ってしまった。


「命をかけるほど……、人を好きになるってどんな感じだろうね」

「知らね。オレには想像もできん」

「……そうだよね。後、5年もしたらわたしにも分かるようになるのかな?」


 今の……、楓夜兄ちゃんと同じ年齢になったら、分かるものなのだろうか?


「ならねえんじゃねえの?」


 九十九はあっさりと否定する。


「なんでさ?」

「5年ぐらいの年月で、お前が簡単に変わるとは思えない」

「いやいや、わっかんないよ~?」


 あまりにもはっきりと断言されたので、一応、反論はさせていただく。


「現に3年会わなかったぐらいじゃ、変わってない」

「お互い様だよ」


 嘘だ。

 九十九は、3年前と比べて大分変わっている。


 性格とかそう言うのじゃなくて、雰囲気……?……とも違うな~。


 なんだろう。

 巧く言えないけど、何かが決定的に違うのだ。


「お前に『女』を感じない。色気もねえし……」

「それだ!」

「どれだよ?」

「いやいや……、こっちの話……って、今、何気にかなり失礼なことを言わなかった?」

「気のせいだ」


 そうだ。

 小学生の九十九と、今の九十九の決定的な違い。


 それがさっきの九十九の言葉で分かった気がする。


 九十九が「男の子」じゃなくて、「男」なんだと認識することが増えたんだ。


 こう肩とか背中とかがガッシリしてきて、あちこちがぷよぷよしたわたしとは全然違う。

 声だって小学生の時よりは低くなったし、背も伸びている。


 そう今、横にいるのは、あの頃の……、一緒に騒いでいた男の子とはやっぱり違うのだ。

 なんだか、わたしとは別の性別……、いや、別の生き物ってぐらい違うような気さえする。


 でも、そう考えると……、なんか複雑な心境になる。


 自分に変化はほとんどないのに、九十九はこんなにも変わっている。


 何だか、ぽつんと……、一人だけで、知らない場所に置いて行かれてしまったような淋しくて心許ない感じがするのだ。


「何だよ。人の顔をジロジロ見て」

「ん? あ。喉仏!」


 ふと、その首にある一部が気になった。


「……悪かったな。この歳になると少しは出てくるよ。兄貴だってもっと出てるだろう。男にゃ、珍しくもなんともない話だ」


 男女の身体的な特徴を比較する時に上げられる部分だ。

 絵とかを描く時には特に意識する部分でもある。


「……触っても、良い?」

「は?」

「だって……、女のわたしには出てくることなんてないよ、多分」


 自分の首を撫でながらそう言ってみる。


「水尾さんなら出そうだがな」


 かなり失礼なことを九十九は真面目な顔で言った。


「それは……、流石に怒られるよ。ね? 良い?」

「別に構わんが……、強く押すなよ。苦しいから。勿論、叩くのなんて御法度だ!」

「うんうん、分かった」


 なるほど……。

 苦しいのか。


 首だから当然だよね。


 ちょっとドキドキしながら、九十九の首に触れる。

 すると、びくりと喉仏が上下した。


「うわ! 動いた!?」

「……動くよ、そりゃ……」

「うわ~、なんか変!」

「……変って言うなよ。傷つくんだぞ、身体的特徴に対する暴言って……」


 もっと、押してみたいけど、力加減が分からないのでこの辺にした。


「どうもありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる。


「面白いか~? こんなのが……」


 九十九は自分の喉元を撫でながら、そんなことを言った。


「面白いっていうより不思議な感じがするよ。う~ん、貴重な経験したな~」

「変なヤツ」

「女の子なら当然の反応だよ、多分……」


 女子が皆、そう思うかは分からないけれど。


 男の子はこんな風に目に見えるけど、女は身体のラインが変わるぐらいだ。


 しかも、それは個人差が激しいから、わたしみたいに変化が分からないと、成長の兆しもない気がする。


 唯一、自分が女だと月に一回ほど自覚する期間はあるけど、それは憂鬱なだけだし、外から見えるような変化じゃない。


 魔界に来てからも、これだけはしっかりあるのだから実は困っている。

 特に、旅の途中でなると厄介だし。


 わたしは、貧血も起こさないし、よく言われているように、お腹が痛くないのが救いだけどね。


「は~」


 思わず、大きな息を吐いていた。


「どうした?」

「いや、いろいろと考えることが多くて」


 こればかりは雄也先輩より水尾先輩の方に相談して対策を考えよう。


 雄也先輩もやたらと詳しそうで怖いけど……。


「それにしても、その占術師。なんで飛び降りまでしたんだろうな?」

「さあ? でも、わたしならそこまで好きだったら貫き通したいな。死んだら、相手も悲しむのが分かっているから」


 今の楓夜兄ちゃんみたいに……、好きな人を悲しませるのはイヤだ。

 そこまで人を好きになったことはなくても、それだけは断言できる。


「でも、なんか、理由も複雑そうだよな。当人じゃなく、第三者が知ってる辺り……」

「そうだね。でも、やっぱり死んじゃいけないと思う」


「それは、それほどの想いをお前がしたことがないってことだろ? まだ全てが分かった訳じゃないんだから、結論付けるのはまだ早いんじゃねえの? その理由を聞けば、意外と納得出来るかも知れないし」

「出来ないよ……、多分……」

「そうか……」


 どんな理由があっても……、自分から死を選ぶ道に賛同はしたくない。


「それに……、わたしは……、()()()()()()()()()()()()、だからってどんな理由があっても死にたいとは思わない」


「は?」


 あれ……?

 なんか……今、さらさら~っと変な言葉が口から零れ出た気が……?


「お……前? 今、なんて……?」


 九十九も動揺している。


 待て待て。

 よ~く思い出そう。


 わたしは今、一体、何を…………?


「あ――――っ!?」


 い、いま、今、今!


 わたし……、どさくさ紛れになんてことをぽろっと言った?


「えっと、今、今のは……その……」


 わたわたとしながら、なんとか巧い言い訳を考えようとして……、こんな状態で考えられるわけがない!


 わたしは雄也先輩じゃないんだから!!


「冗談だろ?」


 そんなわたしに対して、九十九が言い放った言葉は、酷薄なものだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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