強制執行
「ビバ!! 和服!!」
聖運門を使って大聖堂に行き、指定された部屋に行くと、いきなり、叫ばれた。
勿論、大神官ではない。
こんなアホな叫びは栞でもしないだろう。
「いや~、昨日の雄也さんが学ラン姿だったし、今日は笹さんが来るって聞いていたから、また何か面白い物が見れると思って、ワクワクソワソワワクワクソワソワしていたら、まさかの和服ですよ、和服! ブラボー!! ジャパニーズ着物!!」
元日本舞踊経験者はかなりの興奮状態である。
誰か止めてくれ。
「でも、正絹じゃなく、ちりめんの単衣か~。まあ、機能性重視の笹さんっぽい。これはこれで善き哉、善き哉」
オレの袖を掴みながら、そんなことを言う法力国家の王女殿下。
「これは兄貴の私物だ。オレは着物なんか持ってねえ」
「なるほど、雄也さんの趣味か。これも高田からの罰ゲームってやつ?」
「そんなところだ」
肝心の本人は見てねえけどな。
「いや~、戦国時代、幕末期の日本史好きな高田にはどんぴしゃな趣味だわ~。良いな~、極上の仮装者。羨ましい」
褒められているはずだが、嬉しくはない。
この女は栞の類友だ。
異性視点ではなく、何かの見本視点で見ている。
「和服は良いよね~。着流しで見える首や襟元、鎖骨や胸元、そして太ももに感じるエロス!!」
オレは何を聞かされているのか?
「首や襟元、鎖骨はともかく、胸元は見えないように着付けているし、太ももなんて完全に隠れているわけだが?」
念のために確認する。
鎖骨もそこまで主張はしていない。
セントポーリア国王陛下と剣術限定模擬戦闘をした時は、流石に気崩れると集中できなくなるため、着替えていたが、今のこの着付けの仕方なら裾も簡単にはだけることはない。
「うん。綺麗でカッチリした着付けよね。もっとだらしなく着崩しても笹さんには似合いそうなのに、真面目な着付けだと思うわ。だからこそ、想像の余地がある!!」
そんなことを声高に叫ばれた。
オレの記憶が間違っていなければ、目の前にいる亜麻色の髪、翡翠の瞳をした女は王女殿下と呼ばれ、尊ばれる存在のはずだ。
だが、尊さを微塵も感じないのは何故だろうか?
「いや、それは想像って言うより、妄想と呼ばれるものだろう?」
「そうとも言う」
「否定しろよ、王女殿下」
「否定できないから仕方ないわね」
完全に肯定されても困る。
「ところで、そんな男の色香を漂わせている笹さんにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「断る」
嫌な予感しかしないため、即答した。
「いやん、いけず。でも、一回だけ。一回だけで良いの」
「一回だけ?」
オレの問いかけに、王女殿下……若宮は揉み手をするように手を合わせて、首を傾げる。
その仕草に、オレの中の警戒指数が一気に上げられた。
まるでセントポーリア国王陛下から、「加護殺しの剣」を差し出された時のように。
「帯、くるくるさせて?」
「断る!!」
思っていた以上にとんでもないことを言いやがった。
これはアレだ。
時代劇で悪代官が町娘の帯を「良いではないか良いではないか」とか言いながら回し解くやつ。
「くっふっふっ」
だが、若宮は変態的に笑いながら、距離を詰めると……。
「断られても強制執行!! 良いではないか~!!」
「ちっとも良くねえ~!!」
そして、いつの間にか握られていた帯を勢いよく引っ張られる。
だが、オレは一回転もできず、そのまま着物が開いただけとなっただけだった。
胸は開襟した上、引っ張られた弾みで左肩からずり落ちている。
腰ひもがあるからそこである程度は止まってはいるが、裾がはだけたために足は多分、下着まで見えているだろう。
まあ、女じゃないからそこまで慌てることでもないが。
「や~ね~、笹さん。そこは『あ~れ~』じゃないと」
「オレにそんなノリを求めるな!!」
「でも、やっぱり普通の巻き方では一回転もできないわね。時代劇の手籠めにされかける娘たちってこのためだけに帯を何重も巻いているって聞いたのは、ガセじゃなかったのか」
それはそうだろう。
そして、帯を解かれる相手の方も回る気でいなければ、綺麗に回転することはない。
そんなどうでも良いことが証明されてしまった。
「はい、これ、返すね」
オレの帯を丁寧にたたんで、渡される。
「お前な~」
だが、不思議だ。
若宮はこちらを見ていない。
さっきまで、楽しそうだったのに、不意に、元気がなくなっている。
オレのノリが悪かったせいか?
だがな~、「あ~れ~」って言う台詞を吐くのは町娘だったはずだ。
立場的には間違っていないだろうが、性別的には大いに誤りがある。
いや、オレが「良いではないか」と言いたいわけではないが、なんとなく。
「自分でやっといてあれだけど、笹さん、着付けはできる? 私、男の着付けって知識としてはあるけど、やったことはないのよね」
「先に確認しておけ」
そう言いながら、オレは腰ひもを縛り直し、その上で帯を再び締める。
緩みはないか確認するが、大丈夫そうだった。
「着付けた?」
こちらに顔を向ければ分かることなのに、王女殿下は明後日の方向を見たまま問いかける。
「おお」
そう答えると、王女殿下はオレの方を見て……。
「笹さんは貝の口派なのね」
そんなことを言った。
見ているのが帯だから、多分、結び方のことなのだろう。
「知らん。兄貴に言われるがまま、結んだものだからな」
そして、これしか結び方も知らない。
「いやいや、自分で帯を結べるだけ大したものよ」
そう言いながら、若宮は笑っている。
「オレが結べなければ、どうしていたんだよ?」
「えっと? そこにいるベオグラに頼む?」
オレの問いかけに若宮はそう答えた。
「そこは本人が責任取れよ」
「いやん、笹さんったら。責任取れだなんて、魅力的な申し出だと思うけれど、流石に高田に悪いわ~」
「そういう意味じゃねえ」
その大神官はオレたちの遣り取りを黙って見ている。
まるで、何かを探るように。
その視線を見て、今更ながら、気付いた。
……あれ?
これってもしかしなくてもマズくないか?
普通に考えれば、好きな女が自分ではない別の男を脱がしているわけだ。
いつもの冗談の範囲を超えているような気がする。
もし、オレが大神官の立場なら?
栞はそんなことしない。
いや、仮にやろうとしても止めるだろう。
だから、比較対象にならねえ!!
「姫。そろそろよろしいですか?」
まるで、寒い室内に冷たい風が吹き込んできたような錯覚を起こした。
涼し気な声ではない。
これは、冷えた声だ。
オレは虎の尾を踏んだ気がする。
またも地下室に招かれて説教コースか!?
「ああ、うん。笹さんの半裸も拝ませていただいたから、割と満足?」
「嘘吐け。お前、見てなかったじゃねえか」
「いやいや、じっくりと拝ませていただきましたよ?」
その言葉と共に、若宮の身体が光った。
半裸を見たのは本当だが、じっくりは見ていないということか。
いや、そこじゃない。
どうして、この女は大神官の前で余計なことを口にせずにはいられないのか!?
「九十九さん。申し訳ございませんが、少々、お待ち願えますか? 私は、一度、姫を送り届けてからこちらに戻りますので」
「げっ!?」
大神官の言葉に、若宮は王女に相応しくない言葉を口にする。
「いやいやいや、遠路はるばる尋ねてきてくれた客人をこれ以上、待たせるなんてお優しい大神官猊下らしくありませんわ~。私は勝手に部屋まで戻りますので、お気遣いなく~」
さらにそう言いながら、逃亡しようとする。
だが、若宮は忘れているのではないだろうか。
今、自分の肩を笑顔で掴んでいるのは、世界最高の大神官であることを。
「私を置いて、どこに行こうというのですか? 姫?」
「早っ!? そして、怖っ!?」
知らなかったのか?
その大神官はあの兄貴も恐れる強者だぞ?
「いかがでしょう? 九十九さん」
「はい、承知しました。大神官猊下の御心のままに」
そう言いながら一礼する。
「笹さん!? 承知してないで助けて!?」
「助け?」
若宮の言葉にオレは首を傾げる。
「私が守り、力添えするのは主人だけだと決めております。ケルナスミーヤ王女殿下の御心に添えず申し訳ございませんが、謹んでご辞退させてください」
そう言いながら、わざとらしくストレリチアの最敬礼をした。
「さらりと惚気られた!?」
今の言葉は惚気になるのか?
だが、事実だ。
「さて、姫。お部屋にお連れしますね?」
大神官は若宮の肩を握ったまま、扉の方へ向かう。
肩を抱くではなく、肩を握る……だよな、あの掴み方は。
「ああっ! もうっ!! 覚えてらっしゃい!! 今度会った時は、主従纏めて揶揄い倒してやるんだからああっ!!」
若宮はそんな不吉な予告をするが……。
「お手柔らかにお願いします」
それぐらいで慌てることはなかった。
栞と一緒に若宮から揶揄われることなんて、いつものことだ。
だから、その言葉は脅しにもならないことに気付け。
「くっ!? 意外と、敬語キャラもハマってやがる!!」
「口が悪いですよ、ケルナスミーヤ王女殿下」
そう言って、オレは笑顔で手を振ると、若宮は大神官に連行されていった。
さて、戻ってきた後は、オレも説教……かな?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




