加護殺しの剣
セントポーリア国王陛下から使いどころが限られる武器を下賜された。
刃物武器に見せかけた打撃武器である。
剣身部分は、斬れないように刃の部分が引き潰されていたから。
剣を勢いよく打ち合わせても欠けることがなかったため、模造刀のように脆い素材で作られたものではなく、始めは普通の剣として作られていたのだろう。
刃引きされている剣でも、殴打されれば、やはり痛い。
魔気の守りも、無意識の身体強化もない状態で殴られると、あんなに痛いものだとオレは初めて知った。
さらに、自分の自然治癒能力はかなり強いものを備えていたことも知った。
打撲、炎症の痛みが長引くなんてかなり久しぶりだ。
集中している時は気付かず、セントポーリア国王陛下から治癒魔法を使うように言われて気付いた程度の痛みだったが。
問題は、この武器は使い方を間違えると、世界を揺らがしてしまうことも可能だということだ。
セントポーリア国王陛下がそれに気付いていないとは思えない。
恐らく、代々のセントポーリア国王たちも。
だから、外の人間に漏れることなく、代々、剣術練習用の剣として伝わっていたのだ。
そして、セントポーリアの王族でありながら、あのクソ王子は知らないのだろう。
状況によっては、これは栞の天敵……、いや、何処の国の王族であっても天敵になり得るこの剣の存在を。
―――― その剣はセントポーリアでは「加護殺しの剣」と呼ばれている
剣術限定模擬戦闘を終えた後、セントポーリア国王陛下はそう教えてくれた。
魔力の源泉を封じる効果のある魔石を使った剣。
それは確かに「加護殺し」と物騒な名前がついてもおかしくはないだろう。
人間の身体に魔力の源泉がなければ、大気魔気を取り込んで体内魔気を変換することができないという。
大気魔気を取り込み体内魔気に変換することができなければ、生まれた時に受ける大陸神の加護も意味をほとんど成さない。
この世界で生まれた以上、その大小の差はあっても、必ず大陸神は加護を授ける。
オレはこれまで出産の現場に立ち会ったことはないが、兄貴から聞いたことがあった。
オレが生まれた日、オレは眩い光に包まれたらしい。
そして、多分、兄貴から聞いたことはないが、シオリが生まれた時のことも覚えているのだろう。
シオリを取り上げたのが、オレの父親で、母親もシオリを抱いたという話をしていたから。
その加護を得た上で、王侯貴族たちは王城や聖堂で神官による命名の儀によって、より強い大陸神の加護を得るらしい。
加護は重ね掛けができるのだろうか?
その辺りは、大神官に聞いた方が良いかもしれない。
だが、それらの加護も、大気魔気を取り込んで体内魔気に変換するための器官がなければ、ほとんど意味を成さないということはよく分かった。
実際、あの剣に触れる直前に、オレの身体から魔気のまもりが消え、無意識に行っていたらしい身体強化や自然治癒能力の促進などの効果も消失した。
何の知識も予告もなかったオレが混乱したのは……、仕方ないとは言わない。
ただの未熟だ。
そして、その効果はオレに限ったことじゃないらしい。
王族であっても、その効果は同様に発揮される。
いや、日頃、魔気のまもりが強すぎる王族の方が、その効果を実感することだろう。
魔力が強い人間ほど、あの剣を近付けただけで、その魔力の源泉が封じ込められていく状況を実感するらしい。
そして、例外はない。
セントポーリア国王陛下にもその効果が発揮されていることは、オレも目の前で見たから。
つまり、世界最高峰の中心国の国王たちにも有効だということである。
慣れているセントポーリア国王陛下はともかく、それ以外の王族……、国王たちが大陸神の加護を受けられない事態なんて、考えたこともないだろう。
生誕時、命名の儀、成年の儀、即位の儀でその都度、大陸神の加護を得る国王たち。
それらが一瞬でも失われたら?
「加護殺しの剣」は触れるだけで効果を発揮する打撃武器だ。
打撃武器は、傷害は当然ながら、その威力と当たり所によっては撲殺も可能である。
そして、これまで見た国王の中で、物理に特化している武闘派は、セントポーリア国王陛下しかいない。
あの情報国家の国王陛下すら、武術は嗜む程度だと思う。
オレや兄貴なら、「加護殺しの剣」によって魔気の守りが切れたその一瞬でも殴り飛ばすことは可能だ。
その武器を与えられた意味を深く考える必要がある。
しかも、セントポーリア国王陛下は、その魔石が採れる所まで漏らした。
精製、加工の仕方に注意が必要かもしれないし、時間がかかるかもしれないが、活用することは可能だと思う。
魔石自体を見たことがなくても、オレたちには識別魔法が使える栞がいる。
あの泉の水底にある意識していなかった鉱物をいくつか拾えば、探し出すことは可能だろう。
尤も、それは栞の状態が回復してからになるが。
セントポーリア国王陛下はどこまで考えているのだろうか?
オレたちがそのことに気付かないほど鈍いと思われていたのか?
だが、内容的に、セントポーリア王家秘蔵の知識であってもおかしくはない。
これは信用か?
侮りか?
オレらに何の力もない、と?
魔石を得たとしても何も変えられない、と?
それとも、悪用することはないはずだ、と?
分からない。
……分からないから、これ以上、考えるのは止めよう。
ぐだぐだと色々考えたところで、出た結論は一つだけ。
―――― これで、栞を守る術がまた一つ増えた
それだけ理解していれば良いと思う。
それに得たのはこの「加護殺しの剣」だけではない。
セントポーリア国王陛下からの剣術指南。
なんだ? この待遇。
ありえないだろ?
確かにセントポーリア国王陛下の愛娘を守っている自覚はあるが、それでも、剣術国家の頂点からの指導だ。
心が湧きたたないはずはなかった。
そして、容赦なく、悪い癖について突っ込まれた。
兄貴からも指摘が入りやすい部分だけでなく、全く意識していなかった点まで注意が入った。
踏み込み方にもあんなに種類があるのか。
さらに、体重移動がかなり我流になっているらしい。
何より臂力が活かされていないことが問題だったようだ。
兄貴とオレの体格で、細身の女であったミヤドリードの型を見取り、その動きを踏襲するのは無理があるらしい。
そのことに気付かなかったのは我ながらアホすぎると自分でも思う。
ミヤドリードの剣捌きは本当に綺麗だったのだ。
子供心にそう思っていて、多分、兄貴もそれを疑ってもいなかったのだろう。
だから、それが非力な女騎士の動きだったとは思いもしなかった。
非力だから、速度重視になる。
柔軟性があり細身だったから、その動きが軽くなる。
直線的な素早い動きで手数も増やす。
そっち方面を伸ばさなければ、力任せな屈強な男たちに負けるから。
尤も、魔法勝負なら、情報国家の王族であったミヤドリードに勝てる男の方が少なかっただろうが。
ミヤドリードの教えを捨てるわけではない。
オレより、剛腕な男も多いし、もっと力の使い方を知っている人間だっているだろう。
そんな相手には力で勝負せず、ミヤドリードの動きの方が勝ち筋も見える気がする。
だが、通常は……、多分、セントポーリア国王陛下の教えの方が、オレには合っている。
稽古をつけてもらうのは、一刻の予定だったが、互いに熱が入り過ぎたためか、結局、二刻になってしまった。
セントポーリア国王陛下が「チトセに怒られてしまうな」と苦笑していたのが印象的だった。
あの多忙なセントポーリア国王陛下が、昨日兄貴に2時間、今日はオレに同じく2時間と時間を割いてくださったのだ。
無駄にしてはならない。
「さて……」
報告書を渡すだけで終わりだと考えていたが、思いの外、有意義な時間を過ごすことになってしまった。
そろそろ、次の場所へと向かうことにするか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




