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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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奇策

 オレは今、生まれて初めて身体強化も魔気のまもり(物理耐性と魔法耐性)もない状態で戦っている気がする。


 魔力を封印した状態で戦ったこともあるし、意識的に魔法が使えない場所で立ち回ったこともある。

 魔封石(ディエカルド)を身に着けた状態で模擬戦闘だって何度も繰り返した。


 だから純粋な肉体強度だけの戦闘経験はある。

 だが、今は、それらとは全く違う感覚だった。


 こんな状況になって、魔封石(ディエカルド)は意外にも無意識下での身体強化はできていることを理解する。


 それでも、逃げる気はない。


 簡単にオレをふっ飛ばしそうな横薙ぎを潜り抜け、セントポーリア国王陛下の懐を狙うが、この距離でも反応される。


 相当、こんな環境下での戦いに慣れているのだと思った。


 セントポーリアの王族たちがコレを使って剣術を学んでいたのなら、幼い頃からの鍛錬なのかもしれない。


 いや、幼い頃は身体ができていないから、これで模擬戦闘を繰り返すなら成人後(15歳以降)か?

 だが、型稽古だけでも相当な負荷が身体にかかるだろう。


 それだけ、体内魔気のまもりや、身体強化は生きていく上で自然に行っていることなのだと改めて感じた。


 身体が重く動きにくい。

 体内魔気が身体を流れる様子がない。


 ただただ不安になる。


 ―――― ()()、今、()()()()なんだな


 そう思うと、弱音など吐けるはずもなかった。

 多分、兄貴もそうだったことだろう。


 同じ状況にあるはずのセントポーリア国王陛下は表情を崩さない。

 いや、オレのこの状態を楽しまれている気がする。


 ロングソードの一種である片手半剣(バスタードソード)をこんなにも重く感じるのも初めてだ。


 だが、振ることはできる。

 自前の筋肉は仕事をしているようだ。


「その動きは、男よりも臂力が劣る女の動きだ。直線的な動きで早さを求めることが悪いとは言わんが、遠心力を使って攻撃を狙うのも手だぞ」


 セントポーリア国王陛下が、細々と指導してくれる。

 だが、言い換えればオレの剣筋を見極めて、会話する余裕があるということだ。


 オレにそんなものはない。

 乱さないように呼吸を調えながら、剣を振るうという単純な作業しかできない。


 だが、速度より、威力重視。

 それなら、確かに遠心力を利用する方が良い。


 速度を重視する直線の動きばかりで曲線の動きに慣れていないのは事実だ。


 逆に、日本刀は曲線の動きが多い。

 その方が次の動作に繋げる時の見栄えが良いと言うのは法力国家の王女殿下の談。


 そうか。

 ミヤドリードはどんなに強くても女性だ。

 この世界には身体強化があるけれど、筋力が変わるわけではない。


 同じことができれば、男の方が力も強くなるのは当然だ。


 尤も、普通の身体強化よりも強いものを使っていたと思っている。

 そうでなければ、ミヤドリードの動きはおかしかったものが多いと今なら分かるから。


「今のは横に払うな。相手の軌道をずらした方が無駄はない。このように……」


 口での指導だけでなく、実際に動きを見せてくれるから分かりやすい。

 だが、その動きを捉えるのが大変だった。


 言葉を信じるなら、セントポーリア国王陛下も身体強化が使えないはずなのに、それでも強化してるだろ!? ……と、言いたくなるほど、動きが人並外れているのだ。


 人類は鍛えれば、魔法無しでもあんな動きができるのか。

 そう感心してしまう。


 身体のバネが凄い。

 そして、柔軟性もあるのだろう。


 全体的に動きがしなやかだ。

 踏み込む足の力強さ、引き寄せる足の動き、軸がぶれない体重移動。


 その動きにどれだけ無駄がないのか。


 軌道も読みにくい。

 弧を描く剣の流れを途中で修正するなど、腕だけでなく、手首の力も相当強くなければ無理だろう。


 ―――― この方は正しく剣術国家の国王だ


 ほとんどの国で魔法が中心となって、武術と呼ばれる技能が時代の風潮に合わず取り残されていっても、ただ一人でこの技術を守り、精錬していく。


 追いつくなんて考えることも烏滸がましい。

 せめて、近付きたい。


 セントポーリア国王陛下からの攻撃を避けるよりも、受け止めて流す方に切り替えたら、幾分、マシになった気がしなくもない。


 尤も、受け流した後に攻撃をしかけても、全くバランスを崩していないセントポーリア国王陛下は簡単に対処してしまう。


 まだ足りない。

 何が足りない?


 自問自答しながらも少しずつ、距離を詰める。

 すぐに弾かれ、一定の距離を取られるが、それでも近付いている実感はある。


 それでも、やはりまだ遠い。

 剣は何度か掠めるが、それすらも誘いに見えて仕方ない。


 ―――― 焦るな


 元より実力差がある相手だ。

 恐らく、兄貴も()()()()ことだろう。


 それほどまで技術、力量に差がある。


 思い切って振り抜いてみても、顔色一つ変わらない。


 完全に見切られている。

 尤も、これは誘いだった。


 ここでオレの懐に入ろうとするだろうから、そのまま最速で振り落とす。

 だが、わざと見せた隙にセントポーリア国王陛下は引っかからない。


 オレの浅知恵なぞ、読まれていた。

 あの体勢から、よく後ろに少しだけ身体を引くのが間に合ったと本気で感心するしかない。


「先ほどの動きは単調だ。リズムが一定過ぎて、読みやすい」


 さらに、兄貴からよく言われることも口にされる。

 オレの模擬戦闘は、兄貴が圧倒的に多い。


 それを除けば、空手と同じように繰り返し覚えている型や素振りを繰り返すことしかできないのだ。


 ローダンセの第二王子の護衛たちと模擬戦闘をしていなければ、もっと単調な動きで固められていた可能性はある。


 だが、単調なリズムにも理由はある。

 兄貴から自分の悪い癖を指摘されているのだから、それを直さないはずがないだろう?


 自分の繰り出した動きに反応したセントポーリア国王陛下の剣が接触する。


 それを絡め取るように自分の剣を滑り込ませ、そのまま一気に振り抜こうとして……。


()()()()か」


 その動きに合わせられ、絶妙な力加減でこちらの剣の方が流される。


「王から武器を取り上げようとは、なかなか行儀が悪い」


 そう言って不敵な笑みを浮かべられた。


 セントポーリア国王陛下は「巻き上げ」を知っていたのだ。


 恐らく、兄貴だろう。

 セントポーリア国王陛下から一本を取るために使ったと思われる。


 つまり、奇襲は不発。

 相手の武器を巻き取ろうとして、危うく、自分の方が取られる所だった。


 それが悔しい。

 技術の差が大きすぎる。


 こうなれば、小手先の技術は捨てるしかない。


 兄貴やミヤドリードのような速度重視の動きより、先ほどセントポーリア国王陛下が言ったように、体格を活かした力業に切り替える。


 リズムが単調になることだけを避け、遠心力を利用してぶん回したり、直線的な動きに戻したり、切り替えていく。


 ついでに、見映え重視の動きも取り入れれば、セントポーリア国王陛下の目が一瞬、細められた。

 腕の力だけで腰の入らない素振りはお気に召さないらしい。


 相手は、剣術国家の国王だ。

 それなら、中途半端な動きは邪魔でしかないようだ。


 剣術を知っている人間には()()()()()()()()()()だろう。

 特に、オレを指導しようとしている状況ならな。


 調和のとれた合唱の中に、音程やリズム感という概念をぶん投げているトルクスタン王子の歌声が混ざったような気持ち悪さがあるはずだ。


 小細工?

 ただ必死なだけである。


 せこい?

 そうまでしても手が届かねえんだよ!!


 ―――― 全力を尽くすだけだよね?


 呑気だけど真理を突く主人の声が聞こえた気がした。


 そうだな。

 その通りだ。

 手を抜く方が失礼だろう。


 だが、奇策を持っているのは、オレだけじゃなかったのだ。


 いや、オレは()()()()()()()()()()()()()のだから、完全に相手の方が上だったということだろう。


「なっ!?」


 なんと、セントポーリア国王陛下はオレに向かって、()()()()()()()()()()()()のだ。


 剣術国家の国王が、投擲に切り替えるなんて考えもしなかった。


 いや、型に嵌った剣術を使う人間が手にしている武器を自ら手放すという発想があるなんて思ってもいなかったというのが正しい。


 更にその剣に対して回避するよりも、手にしていた剣で打ち払う方を選んでしまった。


 そこが敗因。

 セントポーリア国王陛下は飛んできた剣に気を取られたオレに詰め寄った。


 そして、後頭部にコツッと言う軽い音を聞く。


 (とど)めすら()()()された。

 振り抜かなくても、勝敗は決していると分かっていても、そのことが悔しかった。


「勝負あり……、だな?」


 すぐ近くで、声がする。


 観念するしかない。

 どう見ても、オレの負けだった。


「そうですね」


 自分の後頭部を擦りながら、オレは素直にそう答えた。


「卑怯とか叫ばないのか?」


 卑怯?

 戦略だよな?


「いえ。()()()()()()()()()()()()です」


 剣術国家の国王が剣を手放すはずがない。

 そんな思い込みが、判断を遅らせた。


 これが模擬戦闘でなければ、オレは後頭部に重い一撃を食らって床に沈んでいたことだろう。

 それをしなかったのは、セントポーリア国王陛下の慈悲だ。


「兄からも聞いていなかったのだな?」

「はい、全く」


 兄貴も同じ手を使われたらしい。


 ―――― ()()()()()()()()()


 そう言われた気がした。


「自分にとって大きな学びにもなりました。ご教授、感謝いたします」


 勝つためには全力を尽くす。

 その気持ちに王族とか庶民とかは関係ないらしい。


 いや、それ以上に、そんな手を使わせる程度には、オレと兄貴がセントポーリア国王陛下にとっては、()()()()()()()()()()()()だと自惚れても良いのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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