剣術指南
初めて身体強化も魔気のまもりもない状態だというのに、臆するどころか前に踏み込んでくる。
様子を見ることもなく、打ち込んでくる姿は昔の自分を見ているようで微笑ましく思えた。
他人の子と自分の若い頃を重ねるようになったのは、己が年を重ねた証拠だろう。
残念ながら、自分の子は剣を振るうタイプではない。
血族の子も、表向きの子も。
血族の子は、武器を振るわないと聞いている。
金属製の棍棒を使うことはあるらしいが、基本的にそれは攻撃ではなく防御のためらしい。
尤も、才能的にも性格的にも魔法使いだろう。
そして、表向きの子は、この地下に下りてきたのはただ一度だけだった。
それ以降は、踏み入れることもない。
大気魔気の調整の重要性は説いたはずだったが、伝わらなければ同じことだ。
自分がやらなくても、他の誰かがやってくれる……。
無意識でもそう思っている時点で、上に立つ資質は欠けていると判断せざるを得ない。
それに対して、昔、シオリが見つけた黒髪の兄弟は、実に好ましいものであった。
現状に満足しない。
貪欲に知識と技術を吸収し、更に上を目指し続けるその姿は、常に壁を乗り越えてきた証だろう。
片手半剣の使い方は、なかなか堂に入ったものだ。
先ほどの反りのある片刃剣よりは、やはり、使い慣れている。
そして、その動きは、何度か手合わせをしたことがあるミヤドリードの剣筋に似ていた。
その師事を受けたのは十年以上昔で、それも二年ほどしかない。
それでも、その動きを覚え、自分のものとするほど馴染んでいる。
この兄弟にとって、ミヤドリードの存在がどれだけ大きかったのかが、これだけでも分かる気がした。
そして、昨日の兄に引き続き、その動きに口を挟むことになるのは、彼らの中のミヤドリードを消してしまうことになる気はするが、彼女なら笑って許してくれるだろう。
そう信じるしかない。
「その動きは、男よりも臂力が劣る女の動きだ。直線的な動きで早さを求めることが悪いとは言わんが、遠心力を使って攻撃を狙うのも手だぞ」
恵まれた体格、筋力を持っているなら、それを生かさなければ勿体ない。
どうあっても、身体強化をしない限り、女は男に臂力で劣る。
そのために力よりも速さ重視の動きになってしまうのは仕方ない。
尤も、その動きを止めると、ミヤドリードは蹴りを使ったな。
アレに大半の騎士たちが転がされた。
来ると身構えていても、その足の出所が分かりにくく、上、中、下を使い分けるのだ。
足は腕よりも強い。
筋力で劣る女の蹴りでも、それなりの一撃になる。
特に……、下半身への一点集中は昼間でも星が見えるらしい。
その一撃を食らった男たちは、もう二度とミヤドリードと立ち会いたいとは言わなくなった。
何戦も行ったのは、俺ぐらいだろう。
ミヤドリードは、俺に対して一点集中は狙わなかったからな。
「今のは横に払うな。相手の軌道をずらした方が無駄はない。このように……」
一度、見本を見せると、すぐにそれを生かす。
兄もそうだが、弟も学習能力が高い。
しかも、それをフェイントに使う器用さもある。
初めて使う剣に対しても、文句を言わずに使いこなしている。
いつもよりも身体は重く、動作も遅くなっているにも関わらず、この動きか。
日頃からよく鍛えているのか、多少、バランスを崩したぐらいではすぐに立て直す。
先ほどの体勢からの突きなど、当たればそれなりの衝撃を伴ったことだろう。
魔気のまもりがなく、身体強化もできないという条件はこちらも同じだ。
そして、これは刃物武器ではなくとも打撃武器ではあるのだ。
当たれば、こちらも無事ではすまない。
兄よりも遠慮も迷いもない剣筋は、こちらへの信頼か。
これぐらいは当たらないと思われているのだろう。
その期待には応えておきたい。
だが、髪を掠める程度には、先ほどから肉薄していた。
若くブレない剣筋に思わず苦笑したくなる。
こちらからの打ち込みも、いなすようになった。
始めは当たっていたのだが、徐々に当たりにくくなっている。
恐るべき点は、当たったとしても全く怯まない点だ。
痣もでき、出血もある。
当然ながらそれに伴う痛みもあるだろう。
それでも、前進する姿は、相手をしているこちらの精神力を削ってくるものがある。
どれだけ痛みに強いのか。
これは相当、兄から叩き込まれているな。
あるいは、集中しすぎて、痛みを感じなくなっているか。
戦闘中に痛みを全く感じなくなるなど、そんな領域に至るのは、たまにしかない。
その上で、衝撃の外し方を理解している。
当たると予測している点から僅かでもずらされると、威力が殺されるのだ。
今の振り抜きは、やや肝が冷えた。
だが、当たらなければ問題はない。
そして、この距離で振り抜けば、その瞬間には無防備な身体が……。
そう思って、踏み込もうとして……、背筋に何か走り、踏みとどまる。
反射的に防御の姿勢をとれば、先ほどよりも鋭い斜めへの打ち込みが来た。
どうやら、誘われたらしい。
魔法戦は魔力で圧倒できても、剣術はこれまでの技術が物を言う。
動きも多彩だ。
だが、残念ながら、それらの動作はお前の兄が既にある程度、見せている。
独自性のない動きならば、こちらも早々、後れをとることはない。
だから、勿体ないとは思う。
もっと伸びるはずだから。
「先ほどの動きは単調だ。リズムが一定過ぎて、読みやすい」
剣筋は綺麗だ。
そのほとんどは手本のような動きでもある。
相当、ミヤドリードや兄から言われたのだろう。
だが、その分、綺麗すぎて読みやすい。
一定のリズムによる打ち込みなど、ある程度、掴めば回避も防御も思いのままだ。
模擬戦闘は多くても、実戦経験が少ないのかもしれん。
それでも、荒れない。
当たらなければムキになる人間は少なくない。
そう思った時だった。
不意に単調だったリズムに雑音が混ざったような動き。
接触した剣が少しだけ軌道を変えて潜り込む。
これは……っ!!
「巻き上げか。王から武器を取り上げようとは、なかなか行儀が悪い」
それまで表情が変わらなかった男の表情を変えてやった。
なるほど、単調だったのは、先ほどの巻き上げのためか。
かなり長い間、こちらにリズムを覚えさせて、あの一撃に賭けたのだろう。
だが、奇襲は読まれては奇襲にならない。
それ以降のリズムは変則的になった。
これが本来の動きか。
ミヤドリードや兄に似ているが、そこに独自性が加わっている。
しかも、足を止めて打ち合おうとは、臂力では劣っていない点に気付いたようだ。
兄の方は速度重視の姿勢を絶対に崩さないからな。
あれも拘りなのだろう。
同じ土俵なら、速度や筋力で若い男に勝てるはずがない。
こちらはもう四十なのだ。
その半分ほどしか生きていない若造たちに勝てるとしたら、これまでの研鑽による技術と、この小賢しい頭だろう。
さて、今度は表情だけでなくその顔色を変えてやろうか。
「なっ!?」
案の定、驚愕の色に染まった。
そのために対処が遅れ……、その後頭部にコツリと一撃を当てる。
流石に手加減はした。
魔気の守りもない無防備な後頭部を思いっきり殴りつければ、死ぬこともあるから。
「勝負あり……、だな?」
思った以上に手間取った。
だが、面白かった。
「そうですね」
自分の後頭部を撫でながら、黒髪の青年はそう答えた。
「卑怯とか叫ばないのか?」
「いえ。気付かなかった自分の未熟です」
この辺り、すっきりしている。
兄とは違った。
兄は暫くの間、文句を言っていたのに。
「兄からも聞いていなかったのだな?」
「はい、全く」
まあ、口止めはしておいたからな。
何も知らない状態でなければ面白くもない。
言わなかったのなら、兄もそう思ったのだろう。
いや、弟も同じ目に遭えということか。
あの男は見た目よりも余裕がない男だ。
そして、案外、子供染みた部分がある。
まあ、年長者に甘える場が少ないと言うところでもあるのだろう。
それに、こちらも相当、甘えさせてもらっている。
寝室に置いても本当の意味で寝首を掻かれる恐れがない人間は貴重だ。
尤も、セントポーリアの王族は血が濃いほど、刃物で傷つけられることがないという。
それに、万一、寝ている所を狙われても、魔気の護りに任せていれば、この「加護殺しの剣」を使わない限り、死ぬことはない。
中心国の王というのは、そう言った存在だから。
それでも、過信は禁物である。
我が誉のためにも、まだ退位をするような愚は冒せない。
色々な動きが出ていることは知っているが、それらをなんとか躱していく必要がある。
そのためにも、この兄弟を敵に回せない。
今回の指導も、付け届けも、そのためのものだ。
聡い彼らは気付くだろう。
その「加護殺しの剣」の重要性を。
あの娘を守るために必要なものだ、と。
「自分にとって大きな学びにもなりました。ご教授、感謝いたします」
そう言って、目の前の黒髪の男は清々しいほど爽やかな笑みを見せたのだった。
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