【第137章― 情報戦 ―】本日の衣装
この話から137章です。
よろしくお願いいたします。
「ひぎええええええっ!?」
今日は、誰に問うでもなく叫ぶしかなかった。
いや、これは仕方ない。
叫んだわたし、悪くない。
悪くないったら、悪くない!!
何がどうしてこうなった!?
「えっと……」
ああ!?
被害者が困っていらっしゃる。
それはそうですよね? 被害者さまですから。
加害者の方がいきなり叫んでも困りますよね?
だけど、謝るよりも先に、わたしは思わずじっくりと見てしまった。
さらに生唾を飲み込んでしまった。
男子生徒たちが、雑誌でえっちなポーズをとっているグラビアアイドルたちを見て、涎を垂らしたくなる理由を、わたしは今、思い知っている。
これは、身体のありとあらゆる部分からいろいろなモノが溢れ出てしまう!!
「あれ? これは……、駄目だった?」
さらにそのまま、小首を傾げるとか!?
あなた、今、20歳ですよね!?
この世界だけでなく、人間界でも立派に成人年齢ですよね?
でも、なんでそんなポーズが似合ってしまうのか!?
「いいえ! 大丈夫です!! モンダイアリマセン!!」
問題しかない。
いや、一番の問題はわたしですよ。そうですよ。
目の前にいる雄也さんは全く、何一つとして悪くない。
「問題ないなら良かった」
そして、わたしの痴漢行為はスルーしてくれるのですね?
ありがたいけれど、謝るタイミングを逃してしまったことだけは分かる。
いや、それでは駄目だ!
ここは謝罪一択!!
「ごめんなさい! 雄也に抱き着いた上に頬ずりまでしてしまいました!!」
そうなのだ。
目が覚める前に多分、自分から抱き着いたのだと思う。
しかも、そのまま頬ずりまでしちゃったわけですよ!!
なんたることか!?
さらに、叫びながら飛び起きてしまった。
迷惑極まりない行為である。
「いや、それは構わないんだけど……」
雄也さんは寝台に横たわったままの状態で、先に起き上がっているわたしを見ながら困ったように笑った。
そんな姿も絵になるお人だ。
しかし、構わないのか……。そうなのか。
つまり、先ほどの行動を、セクハラとか痴女扱いはしないんですね?
寝ている状態だったからか。
流石、雄也さんは大人だわ~。
その優しさが身に染みる……。
「それよりも、コレの感想を聞かせてもらえるかな?」
そんな恰好で、両手を広げられると、誘われているとしか思わない。
思わず我を忘れて飛びつきたくなる女性も多いんじゃないかな?
美形が、寝台で、両手を広げている。
どんな漫画だ!?
しかもその服装が……。
「最高です」
そう言うしかないものだから、仕方ない。
そうだった。
暫くは、この兄弟はわたしのために、コスプレをしてくれるんだった。
「それは良かった」
そう微笑む本日の雄也さんはなんと黒の浴衣です!
ジャパニーズYUKATA。
その浴衣な雄也さんがゆっくりと身体を起こす。
おおう。
ただ起きるというだけの行為なのに、何故こんなに色気があるのか?
和服の効果か?
当人の魅力か?
「まさか、浴衣が来るとは……」
昨日は学ラン。
本日は浴衣。
明日は何?
「これは、浴衣ではなく、着物の着流しになるかな?」
「ほ?」
KINAGASHI?
「夏季限定で風通しの良い浴衣よりも、厚みがある生地だからね」
えっと? 着流し?
ワカがなんか言っていた覚えがある。
和服の略式とかなんとか?
時代劇で袴を穿いていない着物の着方だっけ?
うん、うろ覚え!!
だけど、言われてみれば確かに見覚えのある浴衣とは何かが違う気がする。
「でも、略式とはいえ、そんな着物で寝て大丈夫ですか?」
寝る時に着ていたから、浴衣だと思ったのだ。
だけど、着物だった。
なんとなく勿体ないと思ってしまう。
雄也さんとわたしは例の広すぎる寝台で寝ていた。
そこで、わたしが抱き着いてしまったのである。
一般的には、寝台で異性に抱き着くなんて性的嫌がらせって軽い言葉では許されませんよね?
何処に出しても恥ずかしすぎる立派な痴女ですよね?
ああ、なんで、そんなことをしてしまったのか?
寝ていたからですよ!!
「大丈夫だよ。皺になっても戻せるからね」
「まさかの形状記憶!?」
Yシャツとかで聞き覚えがある。
「いや、普通に衣文掛けに掛けて、陰干しかな。数日かければちゃんと戻ると思う」
「おおぅ」
魔法でもアイロンでもなく、陰干し。
しかもハンガーでもなく衣文掛けと言う辺りに雄也さんの拘りを感じる気がした。
確かに洋服用のハンガーと着物用の衣文掛けは形状が違うからね。
「そうなると……、もしかしなくても、九十九も着流し状態ですか?」
「うん」
なんと!?
こんな素敵な恰好をした殿方がこの世界にもう一人いる!?
「今はどこに?」
この場にいないということは、多分、出かけている。
何より、九十九の気配はこの国にはない。
かなり離れた所にいる気がした。
「セントポーリア城から、ストレリチア、そしてローダンセ。俺が昨日、行ったところかな」
それなら今はローダンセだろうか?
でも、ちょっと違う気もする。
セントポーリア城ほど気配は近くないし、ストレリチアではないと思うのだけど……。
方角とか距離とかそんなものは分からないから、ただの勘だけどね。
「この世界で和服……。理解が得られるでしょうか?」
神子装束と似ている気がしなくもないから、その三ヶ国の中ならストレリチアならそこまで問題はなさそうとは思う。
「どうだろう? 俺もセントポーリア国王陛下の前で着流しも羽織袴も着たことがないし、着物に対してこの世界の人間の反応は正直分からないかな」
それでも学ランよりはマシな気がする。
日本史と時代劇が好きな母は喜びそうだ。
そして、ワカも着物は大好きっ子だった。
伊達に日本舞踊をしていなかったし、わたしが浴衣を一人で着ることができるようになったのは、ワカのおかげである。
記憶がもう怪しくはなっているけど。
浴衣なんて、もう、何年も着ていないからね。
だが、ローダンセ。
そこが読めない。
九十九はアーキスフィーロさまに会いに行ったわけではないだろう。
恐らく、会うならトルクスタン王子と水尾先輩や真央先輩だと思う。
その辺りの反応が分からない。
トルクスタン王子は着物自体を知らないだろうし、水尾先輩や真央先輩が着物好きなんて聞いたこともないしね。
「ところで栞ちゃん。身体の調子はどうだい? ちゃんと眠れた?」
着流し姿が素敵な雄也さんはいつも以上に色気を垂れ流しながらそんなことを聞いてきた。
なんだろうね。
首のアピールが凄いのかな?
きっちり着ているから、鎖骨は中心部を除いてほとんど見えない状態である。
漫画とかでは結構、鎖骨どころか胸元まで描かれているんだけどね。
それでも、今の雄也さんはその首筋とか、喉仏とかが見えて男性特有の色気が分かりやすい。
いや、そんなことはどうでも良くて……。
「身体はちょっと以前よりも重さを感じます。眠れてはいると思いますが……」
気に掛けてくれたのだから、ちゃんと答えなければね。
「今、何時ですか?」
九十九がいないのだから、彼らの行動時間ではあるのだろう。
それなのに、わたしは雄也さんを付き合わせてしまったらしい。
一緒に寝ていたのはそういうことだ。
「今は十三刻かな」
「寝すぎ!?」
わたしが寝たのは多分、二十二刻よりも前だ。
15時間ぶっ続けで寝るとか。
それは身体も重くなるし、思考も鈍るというものだろう。
「それだけ、今の栞ちゃんには休養が必要ってことだよ」
雄也さんはそう言ってくれるが、それに付き合わせているのだから、申し訳ない。
「身体が重く感じるってことは、倦怠感があるってことかな?」
「そうですね。重くて、だるくて、ちょっと疲れている気がします」
手や足を動かしてみても、動きが鈍いし、疲労感がある。
頭もどこかぼんやりしている。
「額に触れても良い?」
「え? はい」
ひんやりとした手がわたしのおでこに触れる。
「少し……、熱いかな」
いや、これは熱が上がるでしょう?
雄也さんは、許可を取るから心の準備ができる。
それでも、美形が真面目な顔をして、自分の額に触れるほどの距離ですよ!?
しかも、心地良さを覚える低い声が耳を擽るわけです。
視覚、聴覚は異常なし!
嗅覚も多分、大丈夫。
雄也さんは何かを付けているのか、いつも、少し甘い香りがしている。
それもしっかり分かった。
でも、ルーフィスさんの時はまた香りが違うのだ。
これも不思議だよね。
「もう少し、寝る?」
「いいえ。流石に起きたいです」
何よりも……。
くきゅぅ~
何かの生き物のような高い音が自分の腹部より聞こえた。
わたしは腹に何を飼っているのか?
「そうだね。ちょっと遅くなったけど、昼食にしようか」
そんなお腹の音については何も触れない紳士はそう言いながら、部屋から出てくれたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




