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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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手段を選ばない

「ん? 珍しい。今日会ったばかりだというのに」


 そんな声が聞こえたので、オレもその方向を見ると、藍色の光に包まれて、兄貴の手元に……、信じられないぐらい分厚い封書が()()()


 いや、伝書って下りるものだと思っていたが、落ちることもあるんだなと、どこか現実逃避をしたくなる。


「重い」

「そうだろうな」


 明らかに分厚い伝書だった。


 いや、伝書に重量は関係ないと知っていても、これだけの物はそうお目にかかることはない。

 トルクスタン王子は一体、何を送りつけてきたのだろうか?


 兄貴が状袋の上部を切って、中身を取り出す。

 2通の封書と、分厚い資料のような封書が出てきた。


「なるほど……。これは主人宛の物らしい」

「あ?」


 栞宛?

 トルクスタン王子から?


「主人の婚約者候補は、思ったよりも情熱があるようだ」


 その言葉で気付く。

 これは、婚約者候補の男から栞に宛てたものだと。


「……いや、分厚くないか?」

「そうだな。トルクスタンも驚いたらしい」


 そりゃそうだろう。

 しかも、それを送りつけるように頼むとか。


 思ったよりも神経が太い男らしい。


「手紙だと饒舌になるタイプってことか?」


 普段、口にしない男でも、文章ならば語ることができる人間はいる。

 まあ、文章なので饒()というのはおかしいのだが。


「さて、一体、何が書かれていることか」

「安否確認か、事情検証だろ?」


 栞が療養中であることは、トルクスタン王子を通して伝わっているはずだ。

 だから、その確認が主だと思いたい。


 あの紅い髪についての確認だったら、厄介だ。

 そこまで嫉妬深い男なら、もう少し、オレたちもいろいろと考えなければいけなくなるから。


「トルクスタンからの連絡によると、『緑髪』の同行は承諾してくれたらしい」

「へ~」


 それなら、水尾(ルカ)さんは喜んだだろう。


 オレ(ヴァルナ)がいないために、最近、魔獣退治に出ていなかったはずだ。

 だが、あの男が同行を引き受けてくれたなら、再び、魔獣退治に繰り出すことができるようになる。


 兄貴からの報告によると、心配になるぐらい魔獣退治に行きたがったらしいからな。


「タイミング的に、その()()が書かれているかもしれんな」

「弁明?」


 何故?

 何について?


「ルカ嬢は女性だ。別の女性との密会という疑惑を避けるために、主人に伝えようとしている可能性があるようだ。思った以上に、主人は大事にされているらしい」

「いや、魔獣退治は密会になるのか?」


 それならば、オレは二日に一度、水尾(ルカ)さんと密会をしていたことになる。


 いや、ちゃんと主人である栞に許可は取っていた。

 だから、断じて密会じゃない……よな?


「人による。どんな事情や理由があっても、異性と二人きりで会うこと自体を許せない人間というのはいるからな。ローダンセはその辺りも慎重なのかもしれん」

「そんなことを言い出したら、オレも兄貴も駄目ってことか?」


 オレたち兄弟は、主人(異性)と二人きりになる機会は多い。


「阿呆。俺たちは護衛だ。それに特定の相手もいないのだから、問題にはなりえない」


 それは栞の方は問題になるってことだよな?

 いや、だから、オレたちは女装をしてまで、栞の側にいるのだが。


「だが、アーキスフィーロ様には栞様という婚約者候補がいる。確かに、それ以外の異性と共に出かけるのはあらぬ誤解を招くことになりかねんな」

「あの精霊族がいるんだから二人きりってこともないよな?」


 本当に二人きりなら、トルクスタン王子が許さない気がした。


 あれ?

 なんで、オレは許されているんだ?


 水尾さんから見て、男として対象外ってことか?

 それはそれで、ちょっと複雑である。


 いや、男として見られたいわけじゃないけれど、全くの対象外というのはちょっと……。


「まあ、気遣われているならば問題ない」

「栞は気にしないと思うけどな」


 オレたちの間で呑気に寝息を立てている主人を見る。


 この女の警戒心は一体、どうなっているのか? ……と、言いたいところだが、スイッチを切ったかのように意識が落ちているので、やはりまだ本調子ではないらしい。


 いつもと同じような気もするが。


「それを言うな。気にしないと分かっていても、気にして欲しいのが人間という生き物だ。魅力的な異性の眼中に全くないというのは、相手への好意の有無に関係なく悔しいものだからな」


 まるで、先ほどのオレの考えを読んだかのような言葉だった。


「トルクがルカ嬢の護衛を頼んだから、断ることはないと思っていたが、まさか、婚約者候補にそれを知らせようとはな。思ったよりも情があることは救いだ」

「確かに意外だよな。そんなに気を遣う印象はないのに」


 それでも、栞に対して気を遣う意思を見せているだけでも良い。

 いや、中身を見てないから、本当にそんなことが書かれているかも分からんが。


「それで、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の話の続きだが、お前の考えは分かった」

「栞にちゃんと言うんだな?」


 その話をしている途中で、トルクスタン王子から封書が届いたのだ。


「言うしかなかろう。俺が話さなくても、お前が話すだろうからな」


 その通りだ。


 隠しても露見することならば、傷が浅い方が良い。

 それに、その方が栞を止める可能性が高いなら、そうするだろう。


 尤も、護衛としての判断は、言わない選択をしたい兄貴の方が正しいのだと思う。


 その気になれば、ずっと眠らせたままにするなど、栞の行動を止める方法がないわけでもないのだから。


 だが、オレは栞の心も守ると決めたのだ。

 だから、水尾(ルカ)さんの身に何かが起こるような事態を避けたいと思ってしまう。


「ルカ嬢の様子を見た限りでは、残り一ヶ月を切った状態は、即、対処に動かなければならないほど、相当、危険らしい」


 オレ(ヴァルナ)が戻るまで待てないというのはそういうことだろう。

 だが、それ以上に引っかかる点がある。


「栞の婚約者候補の男と、あの精霊族。そして水尾(ルカ)さん。()()()()()()()()()がいないんじゃないか?」


 水尾(ルカ)さんは典型的な魔法使いだ。

 魔法を使う体力や持久力はあっても、基本的に足を止めて構えるし、筋力は栞よりもない。


 栞の婚約者候補の男は、回避などは優れているが、これまで得物を手にして振るう姿は一度も見たことがなかった。


 そして、あの精霊族は種族的に戦闘に向かないと思っている。

 補助の術は使えそうだが、攻撃系の術を持っているような印象もない。


 オレ(ヴァルナ)兄貴(ルーフィス)の同時攻撃を捌けても、それが攻撃に生かせるかは別の話だ。


 集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は、一度発生すると、絶え間なく魔獣が襲ってくるらしい。


 その兆候段階なのだから、そこまで激しくないとしても、やはり物理攻撃ができる人間が一人はいた方が良いと思うのだが……。


「そのために、婚約者候補殿が別の手を考えたようだぞ」

「別の手?」


 なんだ?

 兄貴の笑みが少し……?


()()()()()使()()()()()()()()()とする……と書かれている」

「そんな知り合いがいるなら、何故……」


 これまで一度も魔獣退治に連れて行かないのか?


 物理攻撃ができるヤツが知り合いにいるなら、あんな無茶で遮二無二に魔獣に向かって突っ込むような戦い方をする必要がなくなるのに。


()()()()()()()()()()()んだろうな」

「どういうことだ?」

「こういうことだ」


 兄貴はそう言って、トルクスタン王子からの書簡をオレの前に突き出す。

 そこに書かれていた文章を見て、オレは我が目を疑った。


「これは……」


 オレのスカルウォーク大陸言語は完璧ではない。

 まだ誤りも兄貴から指摘されることも多かった。


 だから、これも誤訳しただけだと思いたかった。


「なかなか後先考えない思い切った手段を選んだとは思わないか?」


 どこか冷えた兄貴の声。

 それで、自分の訳が間違っていないことが分かる。


 これが本当なら、オレは……。

 そう思った時だった。


「う~?」


 そんな胸を鷲掴まれそうになるほど可愛くて、全身から力が抜けてしまうほど気の抜けた寝言が耳に届く。


 それでふと冷静になることができた。

 いや、熱くなった思考に、氷水をぶっかけられた気分になったというのが正しい。


「そうだな。貴族子息なら、使えるものなら他人だけでなく、親子兄弟姉妹を使うことすら珍しくない……か」


 そこに栞と重ねるからおかしくなるのだ。

 だが、貴族の考え方としては至極、真っ当なものだろう。


 国の大事となるほどの王命があれば、命と家の名を賭してそれに従う。


 それが自分の心を殺すことであっても。

 それによって、大事なモノを失う可能性があっても。


 国と家の名誉を守るために、戦うことがある。

 それは、オレには決してできない生き方だろう。


 オレは国よりも、名誉よりも、自分の命や心よりも、栞だけを守りたいと思ってしまうから。


「なんだ、つまらん。思ったよりも早く頭が冷えたか」


 兄貴がそんなことを言った。


「最近、腑抜けていたようだからな。気合を入れてやろうと思ったのだが……、不要だったか」

「いや、必要だった」


 そこに気付けたのは栞の声が聞こえたからだ。

 聞こえなかったら、すぐにオレはその判断ができなかっただろう。


「思うところがないとは言わんが、この点においては納得するしかあるまい。何より、()()()()()()()()()。自分の力が及ばぬ時は、他から補填するしかない。それは、俺たちがいつもやっていることだ」


 敵であっても必要とあれば、利用することを迷わない兄貴らしい言葉である。


「そうだな」


 オレたちは納得した。

 だが、このことを、今もまだ何も知らずに眠っている主人が飲み込むことができるかは別の話だろう。


 ただ願わくば、この主人が傷付かなければ良い。

 オレはそう祈るしかないのだった。

この話で136章が終わります。

次話から第137章「情報戦」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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