表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

277/2780

想いは縁を繋ぐ

「ま、ええ女はリュレイア以外にもいっぱいおるやろしな。俺ほどのええ男は女の方が放っておかんわ」


 努めて明るく言ったつもりだったが、目の前の黒髪の少女はお気に召さなかったようで、分かりやすくムスッとした顔を見せる。


 さらに……。


「兄ちゃんの浮気者」


 かなり冷たい声だった。


 どうやら、冗談が通じなかったらしい。


「冗談やがな。仮にリュレイア以外にええ女はおっても、それはリュレイアとはちゃうからな」


 それでも、俺は生かされたのだ。

 あのままだったら死んでいたかもしれない。


 正直、あのまま死なせてほしかったという気持ちは今もなお、この胸に残っている。


 だが、この少女に生かされた。


 いや、正しくは、この少女に託された、俺自身は一度も聞くことが出来なかったリュレイアからの言葉に……かもしれない。


 つまり、それは彼女が、俺には生きて欲しいと願ったということだろう。

 あの彼女が、この結果すら予想していなかったとは思えない。


 それでも、彼女の言った「罪」はどんなものかはまだ分からないままなんだが。


「それにしても……、これ、美味いな~。料理長、腕を上げたんか?」


 久し振りの食事というせいもあるだろうし、いつもと違って質素で消化にも良さそうな雑炊というのが良い。


 どうも、この城の料理は脂っこくてギトギトしたイメージが強かったのだ。

 だから、あっさりした料理が好きな自分にとってはこっちの方が安心できる。


「あ、それ。九十九……、わたしの連れが作ったんだよ」

「ああ、あの嬢ちゃんの彼氏か~」


 一緒にいた黒髪の少年を思い出す。

 お守り(アミュレット)を売った少年。


 結果として、それが少女との縁を繋いだのだ。


 どこか不器用そうな少年だったので、彼にこんな特技があるのは意外だった。


「はい?」


 明らかに困惑した顔。

 この反応からすると……。


「嬢ちゃんの彼氏。なんや、違うんか?」

「違う違うちっが~う!!」

「そんな真っ赤になるほど否定せんでもええやん」

「いやいやいや、九十九とわたしはそんな関係じゃない! 違う!!」


 さらに、まくし立てるように少女は言った。


「そうなんか……。でも……、あのもう一人の黒髪で髪の長い兄貴の方とも違うわけやろ?」

「ゆ、雄也先輩も違う。わたしたちは……、単に幼馴染みなだけだよ」

「幼馴染み……。なるほどな~」


 近くて遠い距離。

 近すぎて見逃しがちな存在……か。


 胸が痛くなる話だ。


「でもな、嬢ちゃん。好きなら、ちゃんと言うた方がええで。相手も自分もいつ命がのうなるかホンマ分からへんよ?」

「九十九にそんな感情はないってば!!」


 誰も、あの坊主のこととは言ってないのに……。

 そんなことにも、気付いてないみたいだな。


「嬢ちゃんは……、ホンマ、可愛ええな。素直で分かりやすうて」


 そう言って、彼女の頭に手を置いた。


「楓夜兄ちゃんの中では、今でもわたしは10歳のままなんだろうね……」

「そんなことないで。でも、この身長差が……、この頭に手を置きたくなってしまうんや」

「ど~せ、チビだよ!!」

「そないに怒らんでも……」


 初めてこの少女と出会った時、淋しそうな顔をしていたのと、なんとなく()()()()()()()()()ので声をかけたことが始まりだった。


 ナンパとかそういう軽い気持ちはまったくなく、初対面の女に声をかけたのは初めてだった。


 しかし……、今にして思えばそれも一つの縁だったのだろう。


「しっかし……ベオグラーズに……か。ちぃっとばかり、難儀な話やな」

「この国の王子である楓夜兄ちゃんでも、そのベオグラーズって名前の大神官さまって、会えないような人なの?」

「いや、問題はそこじゃなくて……。ん?」


 そこで気付いた。

 今の彼女の発言はかなりおかしい。


「嬢ちゃん……? まさか、まだ気付いとらんのか?」

「へ? 何が?」

「リュレイアの言ったヤツは『ベオグラーズ=ティグア=バルアドス』。……確かにストレリチアの大神官……それは間違いない」


 ……というより、替わったばかりの大神官だと知っていることは凄いことだ。

 大神官の代替わりなど、他国の一般人にはすぐ伝わる事ではないのだから。


「やけど……、そいつは()()()()()()()()()()()なんやで?」


 驚いた。

 まさか……、ここまでいろいろなヒントがあっても気付いてなかったなんて……。


「へ? でも、わたし、魔界に……、それも大陸すら違うストレリチアって国の偉い人に知り合いなんて……」

「一人だけおったやろ」

「一人だけ……? え?」


 そこで、ようやく黒髪の少女はその可能性に思い至ったようだ。


「『ベオグラーズ=ティグア=バルアドス』。法力国家ストレリチアが誇る大神官。嬢ちゃんには別の名の方が通じるやろな」

「ま、まさか……」

「『三剣(みつるぎ) 恭哉(きょうや)』。人間界で会うたあの恭哉や。間違いなく……嬢ちゃんは知っとるはずやろ?」


「うそ――――っ!?」


 この部屋に、嬢ちゃんの叫びが響きわたるのと、俺の耳が大音量にやられたのとほぼ同じ時間だった。


「いやいや、なんで、気づかへんのや? こっちの方が驚きやで」

「いや、普通考えないよ? 人間界で出会った人が魔界のお偉いさんだなんて普通、思わないよ」

「俺はジギタリスの王子やし、別口で会うたミオルカかてアリッサムの王女やろ?」

「……そうでした」


 少女は何故か肩を落とした。


「そのお守り(アミュレット)も大神官になる直前に込めてもろたもんや」

「これ……も?」


 少女は恐る恐る、左手首を見た。


 ……?

 そこで、少しだけ変な感じがしたが、気のせいか?


「大神官という地位はともかく、ヤツが神官言うんは、伝えたはずやったんやけど……」

「神官でも……、まさか、その最高位なんて思わないよ。それに神官って貴族じゃないんでしょう?」


 そう言いながら、困ったように笑う。


「先々代大神官の養子や。確かに貴族とは違う(ちゃう)けど、ストレリチア国内での地位は元から低くない」

「養子?」

「神官は基本、結婚は難しいんよ。大神官ともなれば、貴族を嫁にもらうことあるやろうけど、大半はその地位に就く頃には元気はなくなっとるやろうからな」

「病気になるの?」


 そう言う意味じゃないのだが、通じなかったようだ。


「先々代の大神官は御年180歳やと言われとる。まあ、20歳若返ったとしても、普通は子供も望めんかったやろな」

「……恭哉兄ちゃんは、歳を誤魔化して、人間界に来たの?」

「そっちに考えが飛ぶんやな、嬢ちゃんは。ヤツは俺と同じ20歳やで。ぴっちぴちや」

「その言葉が既にピチピチしてないよ、楓夜兄ちゃん」


 そう言いながらもいつもの調子を取り戻していく少女。

 その姿にホッとする。


 彼女に憂い顔は似合わない。

 リュレイアにはよく似合ったけどな。


「なあ、嬢ちゃん」


 俺の呼びかけに彼女は顔を上げる。


 小柄で大きな瞳。

 親しい人間を疑わない少女。

 身内には無警戒で不用心。


 だから、騙されやすく見える。


 だが、見知らぬ他人に対しては酷く警戒心が強いことを俺は知っている。


 初めて会った時、声をかけてからその棘を抜くことに、少しばかり時間がかかったことは、今でも忘れていない。


「どうしたの? 楓夜兄ちゃん」

「抱きしめてええか?」

「…………なんで?」


 両手を広げた俺の突然の申し出に、流石に少し警戒された。


「癒やされたい。少し、慰めてくれへん?」

「……しょうがないなあ……」


 そう言いながら、彼女は素直に両腕に収まった。


 口調の割にその身体は硬く強張っていて、異性とのスキンシップにあまり慣れていないことが分かる。


 彼女はまだ15歳だ。

 あまり慣れていたり、無警戒だったりしても、こっちが心配になる。


 これぐらいが丁度良い。

 こんな彼女を慣らす男はかなり苦労するだろうけれど。


「癒やされる?」


 くぐもった声で、彼女は尋ねる。


「子供の体温はホッとするで」

「……突き飛ばして良い?」

「今は勘弁してや。ホンマ癒やされたいんよ」


 本当に今は自分以外のこの体温に救われる。


 彼女は柔らかくて温かい。

 可愛らしくて、少し尖った口調すら愛らしい。


 リュレイアとは違う全く違うタイプ。

 だからこそ、心穏やかになる。


 今、リュレイアによく似た女がいたら、正気でいられる自信はなかった。


 それだけに……、気になることもある。


「なあ、嬢ちゃん」

「今度は何?」


 少々感じる警戒心。


 これ以上のことをすれば、流石に本気で突き飛ばそうと思ったのか、肩に力が入ったことを感じる。


「俺も、嬢ちゃんたちとストレリチアに行ってええか? 一人で行くのは怖いんよ」


 そう言うと、彼女から力が抜けていくのが分かった。


「うん、皆に相談してみるよ」


 そう優しく言う彼女。


 その分かりやすい素直さに、俺はもう一度彼女をしっかり腕に収めたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ