自己完結
「向こうは俺のことなど知らなかっただろう。だが、俺は知っていた。小柄で髪の長い女子生徒というだけで目立つのだ。廊下ですれ違う時も、自分よりも極端に背が高いか低い相手はなんとなく目が行く。不思議なものだ」
先ほどのセヴェロの言葉に対して、俺はそう答える。
中一の頃は、俺のことなど知らないだろう。
中二で初めて同じクラスになり、同級生としては見知った間柄になったのだ。
尤も、俺はほとんど話すことはなかった。
この瞳の効果が人間界でも絶対に発揮されないとは限らなかったし、魔力の暴走だって常に警戒していた。
必要以上に人と関わりたくなかったのだが、人間界の住人達はそんなことを知らないためか、どんどん距離を詰めてくるので困惑した覚えがある。
尤も、人間界では魅惑の効果も現れず、魔力の暴走に関しても俺は一度も起こさなかったのだから、取り越し苦労ではあったのだが。
「ソフトボール……、運動中にもシオリ嬢は大きく元気の良い声だった。俺が知ったきっかけは絵だったが、人目に付く場所に貼りだされるほどの技術を持っていた。本当に何かと目立つ女子生徒だったのだ」
彼女の行動で一番目立ったのは、中二の時だろう。
春先の部活動の勧誘の際、後に生徒会長になる女性とやったパフォーマンス。
背が高い投手と、背が低い打者の技術の攻防。
俺はソフトボールという競技をよく知らなかったが、野球部に入っていた第五王子殿下の従者の一人が、物凄い技術だと大興奮していたことを覚えている。
そして、その部活動でのトラブルが生徒会への集団投書へと発展したこともあったらしい。
第五王子殿下がその頃には生徒会に入っていたのだが、本当に痛ましい目に遭っていたと言っていた。
絶大な人気を誇るタイプではなかったが、高校入試が終わったら……、と考えていた男子生徒もいたはずだ。
あの綺麗な長い髪に触れてみたいと言っていた男子生徒もいた。
それは実際、俺も耳にしている。
高嶺の花というほどではないが、不思議な魅力がある女子生徒だったと思う。
だが、高校入試が終わっても、誰も彼女に向かって何も言わなかった。
言えなかったのだ。
高校入試の試験日を前にして、シオリ嬢は、腰よりも下まで伸ばしていた髪の毛を突然、切った。
彼女の意識に何かがあったことは明白だろう。
失恋をしたのではという話があったのだが、すぐに別の噂に塗り替えられたのだ。
試験日目前から、彼女が他校の男子生徒と交際を始めたという噂である。
試験会場で親し気に話していたという話と、毎日のように下校時に迎えに来るという話。
それらの噂を耳にして、誰も言い出せなくなったことは間違いないだろう。
実際、俺もその試験会場でその他校の男子生徒と一緒にいたシオリ嬢の姿を見ている。
……フェロニステ家第三息女が何故か、俺のところまで連れてきたのだ。
だから、間近で二人一緒にいる所を見て、妙に納得した。
彼女がごく普通の人間を選んだことに。
だが、シオリ嬢が、この世界に関りがあることを知った卒業式。
さらに、合格発表の時、第五王子殿下が彼女と邪魔の入らない場所での会話を望んだ際、俺たちが見守る中で魔力暴走を起こしかけて、試験会場で見た男子生徒とは違う雰囲気の男が助けに入った。
服装から多分、高校生だとは思うが、年齢を誤魔化していたのだろうか?
いや、高校一年生なら、ギリギリ15歳だから人間界にいることも許されるのか。
あるいは、国によって規則が異なるのかもしれない。
そして、あの夜。
シオリ嬢は、あの時の少年に担ぎ上げられて、空を飛んだ。
……担ぎ上げられてというのは比喩ではない。
彼女は肩に担がれていたのだから。
その後、背負われるのだが、どちらにしても、女性を抱える時には適さないと思う。
アレによって二重の意味で打ちのめされた男も多かったらしい。
彼女が実はこの世界の関係者で、夜中、共に過ごす相手がいた。
しかも一緒にいた人間は風属性の高魔力所持者だった。
寝ていたはずの俺たちがその魔力だけで叩き起こされるほどの威圧。
『意外とアークがシオリ様のことをずっと昔から気に掛けていたんですね? 素直に驚きです』
「え?」
俺の心を読んでいたセヴェロが、そんな風に言葉を掛けてきた。
『あれ? 自覚ありません? シオリ様とあの女以外で、そのニンゲンカイで印象に残っている女性ってどれだけいますか?』
さらに、そう言われて考える。
「多くはないが……、俺たちの一学年上にアリッサムの双子の王女と思われる二人の女性がいた。いや、シオリ嬢もあの二人がアリッサムの王女達だったと認めるような言葉を口にしているから、多分、間違いないと思っている」
シオリ嬢自身にその自覚はないだろう。
だが、俺はシオリ嬢にアリッサムの王族と交流があったかと尋ねた時、彼女は迷いもなく中学時代の話を口にした。
俺がアリッサム消滅の原因に「襲撃」という単語を使ってしまったことも迂闊だったが、あの時のシオリ嬢もある意味、俺に隙を見せたことになる。
アリッサム消滅に関して「襲撃」という言葉を使う人間はローダンセでもほとんどいない。
原因は不明。
だが、アリッサムが消えたことだけは事実と言うのがこの国では公式的な見解だった。
尤も、その時に開かれた世界会合でどんな話が共有されたのかは国王陛下しか知らないが、この国ではどこかの国が襲撃したとは思っていないだろう。
それほどに魔法国家アリッサムの存在は大きかったのだ。
俺はトルクスタン王子殿下から聞く機会があった。
だから、その同行者であるシオリ嬢がそのことを知っていること自体に驚きはなかった。
『アリッサムの……あ~、うん。アレらは存在がおかしいから、目を引くし、一度見たら忘れられないのは分かる』
セヴェロは言葉を探しながら、そう口にする。
少し前、セヴェロとアリッサムの関係を少しだけ耳にした。
だから、複雑な心境であることは分かる。
そして、セヴェロ自身、アリッサムの王女達のことを知っているというのも理解した。
『でも、片手に収まるぐらいしか印象に残る女性はいなかったってことですよね?』
「それ以外なら、シオリ嬢の友人だった女子生徒だな。演劇部の部長をやっていたのだが、その演技が凄かったと記憶している」
フェロニステ家第三息女が演劇部の副部長をしていた関係で、たまに一緒にいるところを見たことがある。
何でも物事をはっきり言い過ぎるけれど、それが心地よくて好きだと言っていたな。
『シオリ様の関係者ばかりってことですよね?』
「知った経緯は違う」
アリッサムの王女たちは、小学校時代から目立っていた。
水属性が多い中、火属性の強い魔力所持者たちだ。
第五王子殿下が早々に調べたことも大きい。
シオリ嬢の友人は地属性やや強い魔力所持者に見えたから、そういった意味でも警戒はされていた。
尤も、調べた結果、別の小学校に10歳以前から通っていたことで、この世界の人間である可能性はないだろうと結論付けられている。
そして、あの頃のシオリ嬢自身は魔力を全く感じなかった。
そのため、誰も彼女の出自を調べることも考えていなかったはずだ。
卒業式のあの日まで、彼女は完全にただの人間であると誰もが思っていたことだろう。
「どの女性もどこか異質だったから、気になったのは確かだな」
『それだけ聞くと、気の多い男ですよ、アーク』
セヴェロはもう何度目か分からない、呆れた視線を向ける。
言われてみれば、意外とシオリ嬢のことを気にしていたのは本当なのだろう。
魔力を全く感じない、小柄な少女。
強すぎる魔力を持った俺から見れば、それが羨ましい話でもあった。
だが、思った。
シオリ嬢が人間界にいた時、夜中、彼女を肩に担ぎ上げて空を飛んでいた男。
幼馴染だというあの少年は、実は、セントポーリア王子殿下なのではないだろうか?
本来、長子は、五年の他国滞在はしないはずだ。
だが、それはローダンセの規則であり、他国では違うのかもしれない。
あるいは、15歳を迎えた彼女を迎えに来た……とか。
そうでなければ、あの魔力の強さはおかしいと思う。
実際、あの時、同じように魔力の威圧によって叩き起こされた周囲からはどこの王族だ? ……と、言う声も上がっていた。
そもそも魔力で威圧、それも、遠く離れた眠っている人間にまで届かせるなど、ローダンセ国王陛下でもできるかどうか。
セントポーリア、ユーチャリス、ジギタリス。
風属性の三ヶ国のうち、シオリ嬢と年齢が近い直系の男性王族など、セントポーリアの王子殿下ぐらいしか心当たりがない。
傍系王族や、王族の血を引く貴族も可能性として考えられるが、セントポーリア王子殿下だと考えた方が腑に落ちる。
もし、そうなら、魔力が弱いと聞いていたが、とんでもない。
中心国の王族に相応しい魔力だった。
聞いていた容姿と異なるのは人間界だったからだろう。
あの国で金髪碧眼は目立つからな。
だが、何らかの形で仲たがいをして、シオリ嬢はその幼馴染から追われるようになった。
考えられるのは無体なことをされかかったか?
発情期が理由でも、高潔なシオリ嬢は許さない気がする。
人間界で5年も過ごしていれば、尚更だろう。
セントポーリア王子殿下か。
あの卒業式も彼女が危険な目に遭ったと知って、誰もなす術もなかったあの場所へ結界を破ってまで助けに来た。
それほどまで彼女を愛していたのだろう。
だが……。
『あ~、その辺でイタい妄想を止めていただけますか?』
俺の思考を止めるかのようにセヴェロがそう言った。
『そんな呆れた妄想中に、ついでのように屠られていく魔獣たちがあまりにも哀れです。見てください、この死んでも死にきれないような顔!!』
「魔獣の死に顔なんて、どれも同じだろう?」
セヴェロはそんなことを言う俺に向かって、わざとらしく大きな息を吐いた後……。
『その辺も含めて、シオリ様としっかりお話してください。あんたたちは互いに遠慮が過ぎる。相手が目の前にいるんだから、ちゃんとコミュニケーションをとるのです!! 自己完結! 駄目! 絶対!!』
そう力説したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 




