変化
『でも、相手の意見に合わせるだけって面白くないでしょう? 異なる意見を持ち、それらが衝突することも、互いを知るためには必要なことだと思うんですよ』
セヴェロはそう言いながら拳を握りしめる。
言いたいことは分かる。
だが、シオリ嬢と異なる意見を持ってぶつけ合う?
そんなことができる気がしない。
仮に意見が分かれても、シオリ嬢は笑いながら俺を諭してしまうだろうし、俺もそれで納得する気がする。
それはそれで問題がないのではなかろうか?
『なんですか!? その主体性の無さ。シオリ様の言うことが絶対という盲目的な信頼!! 駄目ですよ? アーク。シオリ様が誤った道を進もうとしている時に、それを止めるというのが貴方の役目なのです!!』
その言葉自体は理解できるものではあるが、納得はできない。
シオリ嬢が誤った道を選ぶ?
その前提がおかしいだろう。
あの真っすぐな女性が、道を間違えるなんて思えない。
それよりも俺の方がずっと間違っている。
昔も、今も。
『そこで! アークはシオリ様にもっと踏み込んだ会話をするべきだと思うのです』
「どうしてそうなる?」
前後の繋がりが分からない。
そして、踏み込んだ会話?
一体、どういうことだ?
『これまで、アークの家庭環境など、聞かされても困る事情の数々を一方的に話してそれをシオリ様が受け入れて終わり……だったじゃないですか。そうじゃない。そうじゃないんですよ!!』
確かに、俺の家庭環境など普通は聞かされても困るだろう。
だが、今後も契約が続くなら、やはり知っておいて欲しいと思ったのだ。
後になって、別の誰かから事情を聞かされて、話が違うと拒絶されるのが嫌だった。
『アークも、今よりシオリ様のことを知る必要があると思うのです。自分のことを知って欲しいと同じぐらい、相手のことも知りたいと思いません?』
知りたいと思う。
会うたびにいろいろな顔を見せるあの女性を。
だが、知ると言ってもどうすれば良い?
下手なことを言えば警戒され、距離を取られてしまう気がする。
人間界でそんな男を何人も見てきた。
女性と距離を詰めようとして、失敗してきた男たちの姿を。
そして、その話を聞いても、俺にはその男たちの言動の何が悪かったのかも分からなかかった。
この国は、高位にいる男ほど、女性に気を遣うことなどしない。
だから、余計に正しい答えが分からなかったのだ。
女性たちは、男に何を求めていたのだろう?
『あ~、人間界でアホな男たちが、目も当てられないような失敗や、壮絶な自爆をしていく姿をたくさん見てきたんですね。大丈夫ですよ、アークのその顔なら。相当阿呆なことをしない限り、大半の女性は許してくれるでしょう』
そんな何の根拠もないことを言われても困る。
俺の言動が、その相当阿呆なことではないと確信できないのだから。
『そうですね~。まずは、生誕日の話なんてどうです? 相手が生まれた日を知ることが、相互理解に結び付くとボクは思うんですよ』
セヴェロが、俺に攻撃魔法の強化をしながらそう言った。
「シオリ嬢の生誕日? 確か、3月3日だったはずだ」
『あ?』
「昔、マリア……、いや、フェロニステ家第三息女がそう言っていた覚えがある。俺の記憶違い……、あるいは、人間界で誕生……、いや、生誕日を偽っていなかったらな」
3月3日……、ひな祭りと呼ばれている日。
それが、あの小柄で色白な彼女に似合っていると思ったのだ。
『え~っと……? シオリ様の生誕日を知っていたことはちょっと驚きなんですが、それって、本人からは聞いていないということですよね?』
「そうだが? 何故、知っているのにわざわざ尋ねる必要がある?」
『アーク、はっきり言って良いか? 気色悪い』
問いかけておきながらも問答する気はなかったようで、すぐに言葉が続いた。
だが、その言葉は主人に向かって言うものではないと思う。
「何故?」
『いや、普通に気色悪いでしょう!? 伝えていないはずの個人情報を、あまり接点のない時代に既に知られていたとか、女性からしたらかなりの恐怖ですよ!? 逆の立場なら、アークもゾッとするでしょう!?』
「いや? よくある話だろう? 人間界では見知らぬ女性たちが俺は伝えていないはずの生誕日やそれ以外の情報も驚くほどよく知っていたぞ?」
そもそも生誕日を誰かに伝えるという発想も、この国にいた時はなかった。
だが、人間界では他者が大々的に祝うものなのか、通学路でも、学校内でも、知っている女性から見知らぬ女性まで、俺のために様々な贈り物を待ち伏せてまで届けてくれたのだ。
2月14日も同様だった。
人間界の女性たちは行事が好きなのか、体育祭、文化祭、クリスマス、正月、事ある毎に、贈り物をしてくれた覚えがある。
尤も、手作り菓子とかは遠慮させていただいた。
小五で初めて貰った時はよく分からないまま受け取って食べてみたのだが、体調を崩したのだ。
人間界の料理は美味い物が多かったのだが、流石に素人の手作り菓子は失敗することもあるということだろう。
あるいは、体質的に合わないものが入っていたのかもしれない。
それ以降、当人が手作りしたという菓子だけは断っていた。
大半の女性は、昔、体調を崩したことがあるからと伝えれば、納得され、深く同情もされたこともある。
やはり、手作り菓子は怖いと誰もが思うことらしい。
「どうした?」
セヴェロが呆れたような、憐れみを向けているような顔をしながら、こちらを見ている。
前を見た方が良いと思うのだが、何故だろう?
『……ホンットに、女運、ねえな~と思って。いっそ、魔獣に走ります? 先ほどから、熱烈な求愛をされてますよ? 食べたいと乞われるほど愛されることって、なかなかないと思います』
「何故そうなる?」
この世界と違って、人間界では女性から純粋な好意を向けられたことは少なくない。
俺の瞳を見たことで、豹変しギラギラした眼差しを向けられることはなかったのだ。
だから、女運が悪いというよりは、この瞳が悪いとしか思っていない。
それに悪いことばかりではなかった。
シオリ嬢がこの家に来てくれたのも、俺がこの瞳や魔力を暴走させるなど様々な理由で「呪いの黒公子」と呼ばれ、婚約者となってくれるような女性がいなかったためである。
そう考えれば、女性とほとんど縁がなかったことは悪くない。
近くにいるだけで変に積極的だったり、怖がって顔を顰めるような女性よりは、優しく受け入れてくれる女性の方がずっと良い。
『ところで、なんで、あの女がシオリ様の生誕日を知っているんですか? しかも、アークにそれを伝える理由なんて、本当に、全くないですよね?』
「中一……、13歳の時だったか。友人になったシオリ嬢に贈り物をしたいから、買い物に付き合えと言われたのだ」
マリア……、いや、フェロニステ家第三息女の生誕日は2月20日で、シオリ嬢生誕日の二週間前だ。
だから、貰った以上、ちゃんと返さねばと思ったらしい。
中二の時もそうだった。
だが中三……、最後の年はこの国への帰り支度で、俺にそんな余裕がなかったことも知っていたのだろう。
あの年だけ、誘われなかった。
『それで、何をシオリ様への贈り物は何を選んだんですか? シオリ様なら服よりも魔石の方が喜びそうですよね?』
少しずつ、こちらに向かってくる魔獣の数が減ってきて余裕ができたのだろう。
セヴェロがさらにそんなことを聞いてきた。
だが、それは今の話である。
あの当時のシオリ嬢に魔石など渡しても、困惑したことだろう。
彼女は人間界にいた頃、この世界との繋がりを完全に隠していたようだから。
「未成年の小遣いで、そんな高価な物が買えるか」
『あの女も魔獣退治してたんですから、買えるでしょう?』
それも今の感覚だ。
あの世界に獣はいても、魔獣はいない。
「あの時は確か……、髪飾りを買っていた覚えがある」
そして、俺の提案は悉く却下された。
そんな派手派手しく、重い物を身に着けるような女子生徒ではないと言って。
その時点でこちらが一方的に知っているたけで、話したこともなかったような相手だ。
そんな趣味など知るわけもない。
絵が巧いから、絵の具や画材などどうだと提案しても、誕生日プレゼントとしては微妙……、と冷たい目で見られた気がする。
因みにフェロニステ家第三息女は好きな漫画の最新刊を貰ったらしい。
漫画が許されて画材が許されない理由が分からない。
そして、今のシオリ嬢なら画材を贈れば、間違いなく喜んでくれると確信している。
『心の声の中で「一方的に知っていた」という点が引っかかるのですが』
「読むな」
『そんなにニヤニヤした顔をしながら何事かを考えていれば、気になりますよ』
どうやら俺は笑っていたらしい。
気付かなかった。
過去を思い出して笑えるようになった自分の変化に戸惑いながら、俺は魔獣たちを次々と氷の矢で貫いていくのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




