相互理解
『あ~、あの国はいろんな意味で頭がおかしいので、治安を維持するための部隊はいなかったんでしょうね~』
俺に向かって物理耐性強化の術を施しながら、仮にも自分が生まれた国に対して酷い言葉を口にする精霊族。
いろいろ思うところがある気持ちは分かる。
だから、そこを咎めるのは止めておいた。
もう消えてしまった国だ。
そこまで気遣う必要もないと思いつつも、どこか複雑な気持ちになるのは何故だろうか?
『王族に限って言えば、儀式など体面に拘る時以外は、護衛をほとんど付けなかったようです。聞いたところによると、使う魔法が強力すぎて、護衛の方が魔法に巻き込まれる危険性が高かったと聞いております。周囲に全く配慮せず魔法を使う王族が多かったようですね』
今の「アホ」は、自分に対しても言われた気がした。
俺の魔法も、よくセヴェロを巻き込みかけるから。
文句を言いつつも回避する能力があるこの精霊族に甘えているのは間違いないだろう。
『城下で大きな揉め事を起こせば死を覚悟せよ。長生きしたければ王族には近付くな。強き者は前に出て戦え。弱き者は後ろで守られろ。魔力の強さこそ正義! ……そんなお国柄だったので。今にして思えば、正気とは思えない言葉の数々ですよね?』
いや、この場合、正気とは思えないはお前の方だろうと言いたくなった。
自分が生まれた国だというのに、遠慮なくボロクソに言っている。
いや、この口が悪い精霊族がそう言いたくなる土台を作ったのもその国なのだが。
だが、そろそろ止めた方が良い気がしてきた。
『あの日、騎士団の大半がいなかったのは、大陸内の他の国々から魔獣退治の依頼があったようです。あの大陸は魔法国家以外、まともな戦力を有していませんからね』
「それでも大半と言うのは……」
いくらなんでも数を持ち出し過ぎだろう。
下手すれば、その国を攻めに来たと疑われかねない。
そんなことを考えることもないほど平和に漬かっていたかもしれないのだが。
『二ヶ国から同時に要請があったようです』
二ヶ国……。
国同士でどういった取り決めがあったかも分からないが、随分、杜撰な手配だろう。
本来ならば、日程を少しでもずらすべきだった。
まあ、過去に起きたことを今更言っても仕方がないし、そんな国ならば、三年前に襲撃を受けた時の対応も後手後手に回ってしまった可能性がある。
俺がその結果を知っているから、そう思ってしまうだけだろうか?
『戦闘特化型集団がほとんど不在だったと知った途端、城下や城内に残っていた人間たちは大混乱。特にボクの周囲にいた人間たちは精霊族を使うことまで考えたようです。それが危険だって分からなかったんでしょうね』
セヴェロが薄く笑う。
『使えば、そいつらは皆殺しの目に遭うなんて、全く思いもしなかったことでしょう。でも、あの場にいたボクたちはずっとその機会を窺っていた。外に出される日があれば、それを利用してやろうって。ま、結果として何事もなかったのは良かったことなんでしょうね』
この様子だと、その時、魔法国家が使ったのは精霊族たちではなかったようだ。
あの紅い髪の男の話や時々漏れるセヴェロの言葉から、似たような扱いを受けていた精霊族は他にもいたらしい。
『ボクたちを使うことができるのは、神とその加護が強い人間、そして契約者とした者だけです。何も持たない人間風情が、意のままに操ろうとは厚かましくも烏滸がましい』
神の加護が強い人間というのは王侯貴族のことだろう。
だが、俺は契約していても、この男を意のままに操れたことなどないぞ?
もっと話を聞けと何度叫んだことか。
『尤も、あの時に使おうとしても使い物にならなかったとは思いますけどね。人間の心の声が流れ込む能力を持っている精霊族たちは強すぎる悪意に酷く弱い。現にボクはその日、強い悪意を伴う心の声に中てられて、ぶっ倒れています。気付いた時には全て終わっていました』
それは、どれだけ強い悪意だったのだろうか?
この多少のことでは全く堪えた様子もない精霊族が、倒れてしまうほどの感情とは一体……。
『それだけの悪意……ですね。それもボクに直接向けられたわけでもないのに、そこまで強い感情でした』
セヴェロはそう言いながら肩を竦めた。
『ああ、最近、知ったんですけど、魔力が強いと声が大きくなりやすいのですが、神の加護があるとその当人が意識することによって、心の声が漏れ出ないようにできるようです』
この精霊族が最近、知ったというのはシオリ嬢が関わっているのだろうか?
神の加護……。
あれだけ魔力が強ければ、彼女は持っている気がする。
セントポーリア王子殿下が俺の考えた通り、本当に彼女の幼馴染というのなら、血筋的にも近いのかもしれない。
ああ、だから彼女を探し求めるのか。
幼馴染は特別な存在だから。
『人類の神の加護は、まず生まれた時に、大陸神から主属性として与えられると聞いています。ほとんどはその加護だけで終わるようですね』
そんな俺の心を読めるはずなのに、それを完全に無視してセヴェロは言葉を続ける。
しかも、そんな基本的な部分の確認のために。
『それ以外の神々は本当に、日頃の行い……ですね。ボクが気付いた限り、シオリ様は呆れるほどいっぱい引っ付けていますよ。一体、何をしたらあそこまで気に入られるんでしょうね?』
シオリ嬢は神の加護が複数あるらしい。
だがセヴェロの言い方では有難みを全く感じなかった。
もっと他に良い表現はなかったのだろうか?
『ただシオリ様は素直なためか、心の声が大きい。ですが、何らかの対策をしているのか、意外と聞こえないのです』
「常に意識して防御しているということか?」
それならば、常に気を張っていることになるのではないか?
俺の従者がこの男しかいないために、彼女に不自由を強いているような気がして申し訳ない気分になる。
『いや、全く意識されていません。だから、ボクが知らない防御方法を知っているのだと思われます』
「それならば、俺も教授してもらおう」
そうすれば、この腹立たしさも薄れる気がした。
読まれない方法があるなら、やはり防ぎたい。
精霊族だから心を読むのは仕方がないと諦める必要はなかったのだ。
『ああ、アークは契約者なので基本的にだだ漏れです。仕方ないのです。運命なのです。だから諦めてください』
「契約解除は?」
『僅かな迷いもなく酷いことを!!』
言ってみただけだったのだが、過剰に反応された。
『でも、クーリング・オフできる期間はとっくに過ぎているため受付不可です』
クーリング・オフは人間界の言葉だった気がする。
どれだけ、俺が人間界で得たものを拾い集めているのか?
「だだ漏れ状態だけなんとかならないか?」
「三年間も心の声を漏らしておいて、今更、恥じ入るのですか? 一度も気にしたことなんてなかったのに」
「防ぐ方法がないと思っていたのだ。だが、その方法があるなら別だろう?」
完全に防御することは無理でも、心の声を流し込む回数を減らすことはできないだろうか?
『ボクは知りませんよ。そもそも防げることだっていうのも、シオリ様だけでなくルーフィス嬢やヴァルナ嬢がいたからです。一人だけなら体質だと思えますが、三人もいれば異常でしょう。だから、彼女たちが現れなければ、ずっと知らないままだったと思います』
精霊族はそう言いながら笑った。
それならば……。
「なるほど。シオリ嬢に相談すれば良いのだな?」
何らかの形でシオリ嬢の心の声がセヴェロに届かないようになっているのなら、心当たりがあるはずだ。
専属侍女たちかトルクスタン王子殿下の可能性もあるが、シオリ嬢自身も博識である。
いずれにしても、何かを知っているだろう。
『どれだけ読まれたくな……、ああ、そういうことですか』
呆れたように何かを言いかけたセヴェロは不意に表情を明るくした。
『シオリ様との会話の糸口を探しているということですね』
会話の糸口……?
『いやいや、実に口下手なアークらしい。仕事を挟まなければ、なかなか会話することも難しそうですもんね~。シオリ嬢は基本的に何を話しかけても応えてくれますが、アークの話題の引き出しがあまりにもないことにボクはビックリしていたんですよ』
「余計なお世話だ」
薄々、気付いてはいた。
俺はあまりにも会話の種類がない。
シオリ嬢はそれでも笑って話題を振ってくれたり、些細な言葉にも反応してくれるが、それは気を遣わせているだけである。
俺は、周囲を凍り付かせた。
氷の塊となった魔獣たちを、セヴェロが水で固めた棍棒のようなもので砕いていく。
『大事なことですよ? 目と目だけで通じ合う仲なんて、幻です。一に会話、二に対話。三、四がなくて、五に議論ですよ!』
「どんどん仕事関係の付き合いになっている気がするぞ?」
そして、その流れならば、五は「協議」ではないだろうか。
『そうですか? 会話、対話、議論の順でしょう? 最後が協議でも悪くはないですが、「協議」って単語はボクにとっては合意形成、意見のすり合わせ、馴れ合いの相談なイメージなんですよね』
確かに妥協点の模索、譲り合いの確認というイメージはある。
『でも、相手の意見に合わせるだけって面白くないでしょう? 異なる意見を持ち、それらが衝突することも、互いを知るためには必要なことだと思うんですよ』
セヴェロはそう言いながら拳を握りしめたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




