類似
「セヴェロ、お前は何に気付いた? 何を隠している?」
もともと秘密が多い従者だ。
俺に理解しがたい言動が多い精霊族でもある。
『別に気付いたわけでも、何かを隠しているわけじゃないんですけどね。ちょっと似ているな~って思ったんですよ』
「似ている? 何のことだ?」
『この魔獣たちの気配……ですね』
魔獣たちの気配?
確かにいつもと全く違う。
だが、何に似ているのか?
『アークは、あの時、ボクが生まれた国を知りましたよね?』
「ああ」
燃え盛る火のような空気に包まれた国アリッサム。
魔法国家とも呼ばれた国は、今はもうない。
何者かに襲撃され、国も人も無くなってしまったフレイミアム大陸の中心国。
その中で、運良く逃げ延び、今も生きている数少ない精霊族が、セヴェロ……らしい。
『あの国の魔獣討伐は、国王の命令によって集団で出向くのです。確実に殲滅するために』
アリッサムの女王の命令で魔法騎士団、聖騎士団と呼ばれる者たちが魔獣退治をしているのは有名な話だ。
だが、今、何故、その話をする?
俺も王命で魔獣退治をしているからか?
『ですが、ただ一度。大量の魔獣たちがその城下に向かって来たことがありました。そうですね。十年ほど前……でしょうか? あの頃のボクにそんな時間の概念はありませんが』
そうなのか?
そんな話は聞いたことがない。
だが、アリッサムはその後も存続している。
消失したのは、三年前だった。
尤も、その理由は魔獣ではなかったが。
「どの国にも城下には魔獣除けの結界があるはずだ。それは機能しなかったのか?」
特にアリッサムの城下は結界都市としても名高かった。
そこに魔獣が?
どこか信じられない。
『その辺りの詳しいことはボクには分かりません。あの頃のボクは閉じ込められ、自由もなかった。ただ周囲の人間たちが慌ただしく騒ぎ立て、不快な心の音が次々と頭の中に流れ込んできて不快だったことを覚えています』
セヴェロは心の声を聞くことができる。
だが、それは自分で対象を選べない。
強い感情は大きく、弱く脆い感情は消え入りそうな声で頭に流れ込んでくるらしい。
魔獣の大群が迫っていたなら、かなり賑やかだったことだろう。
『そうですね。上層部をかなり素敵な言葉を吐いていましたよ。おかしいですよね? 彼らが口汚く罵っていたのは、研究時の出資者なのに』
「窮地の時ほど、本音が出る」
『そうですね。そういうことだと思います』
セヴェロがそう言って、嘲るように笑った。
『それで、その中で一際大きかった声がありました』
そこで、一度言葉を切って……。
『これは……、「集団熱狂暴走」だと』
そんな言葉を口にする。
「スタンピード? なんだ? それは」
セヴェロが口にした言葉は聞いたこともないものだった。
他国の人間であるシオリ嬢なら分かるだろうか?
『ボクが知るわけないじゃないですか。ただ、状況から、その魔獣たちの襲来を指す言葉なのだとは思いました』
「その時と、この状況が似ているということか?」
『似ている……。いや、あの時の方が今よりずっと、禍々しく、刺々しく、騒々しかったですよ』
つまりは、今の状況よりも激しかったということか。
魔獣の大群が城下に向かうようなことがあるなど、にわかには信じがたい話だが、魔法国家で実際に起こったことだという。
そして、俺に向かって今も襲い掛かってくる魔獣たちの様子や気配は、確かにいつもとは違う気はずっとしているのだ。
魔法国家で起こった魔獣襲来とこの魔獣たちの気配が似ているなら、そのスタンピードと言われたモノが、この国でも起ころうとしている可能性は否定できない。
しかも、人間である俺の感覚よりもずっと鋭い精霊族の感覚がそう判断したのだ。
それならば、無視しない方が良い気がした。
『まあ、あの国でも、その「集団熱狂暴走」と呼ばれた自然災害は、ボクが知る限りその一度きりでした。だから、多分、40年近くはなかったでしょうね』
「そのスタンピードというのは、自然災害……なのか?」
『少なくともあの国は、「集団熱狂暴走」が発生したと言っていました。一頭二頭ならともかく、あれほど地響きを鳴らすような数の魔獣たちを操って城下を襲わせるような真似は大半の人類には不可能だと思います』
人間界で聞いた自然災害は地震、火山噴火、風水害、土砂災害、豪雪、日照り、落雷、冷害……だったか?
授業で習ったはずなのに、意外と覚えていないものだ。
特に地震に関しては、あの国では身近なものだった。
俺が人間界に行った後、大震災と呼ばれた地震による災害が起こった。
ローダンセが作った地域は、大きな地震ではなかったが、その後にやや大きめの地震があった覚えがある。
地が震えるだけでも恐ろしいのに、それらが引き起こし、人間たちの住んでいる場所に与えた影響の大きさを知って震え上がり、国に帰りたいと言い出す者たちもいた。
だが、人間界に昔からいる人間たちはその地から逃げようともせずに、平然と日常を送っていて、更に驚いたのだ。
同時に、魔法など使えなくても、人間は強くなれることも知った。
ニュースで観た火山の噴火も驚かされた。
山が爆発するなど、見たこともなかったのだ。
あんなものが起きたら、俺の魔法では対処できないだろうなと思った覚えがある。
尤も、この世界にも火山は存在しているらしい。
俺がそれを知らなかっただけだが、一緒に行ったほとんどの人間は同じように知らなかった。
知っていたのは第五王子殿下だけだったのだから、この国の貴族子女たちは地理を学んでいなかったということだろう。
あんなに噴煙や降灰が日常的に起こるような場所でも生活できることを知って、人間の逞しさを知った。
後に知ったが、流石にそんな国は多くないらしい。
他にも毎年のように起こる台風災害、豪雨による洪水など、人間界は自然災害が毎年どこかで起きていた。
今の状況はあれらと同じということか。
人の手に余るもの。
だが、対策をすることで完全に防ぐことはできなくても、多少軽減することはできるようになるはずだ。
防災を目指して減災をする。
それが、あの世界のあの国だった。
ああ、シオリ嬢に相談したい。
人間界とこの世界の知識を合わせ持つ彼女なら、思考が凝り固まっている俺など思いもよらぬ提案をしてくれる気がするのに。
いや、この場にいなくて正解だったのか。
そんな災害が起きようとしているような国にシオリ嬢を戻すわけにはいかない。
全てが解決した後に、ゆっくり戻ってきてほしい。
「その自然災害は、王侯貴族たちが対応したのか? それとも騎士団が?」
少なくとも、この国のように俺一人ということはないだろう。
現に俺はセヴェロの手を借りても目的地にすら辿り着けないでいる。
だが、魔法国家には聖騎士団と魔法騎士団がいたはずだ。
特に聖騎士団は昔、世界一だったとも言われていた。
そんな集団で魔獣討伐を実施すれば、この困難な状況も乗り切れるような気がする。
『いや、あの時は確か、騎士団はほとんどいなかったそうです。そして、貴族が役に立たないのはどの国も一緒ですね。城内で慌てふためくばかりだったと記憶しています』
「騎士団が、ほとんどいなかった? いや、王族や城、城下を警護するために最低限は残しておくはずだろう?」
そうでなければ有事の時に対処できないではないか。
その時は魔獣だったが、もしかしたら、貴族で良からぬことを企む人間だっているのだ。
それに城下に至っては、もっとトラブルがあるだろう。
このローダンセの城下は魔獣退治をする人間が集まるためか、割と頻繁に場所を選ばず、喧嘩や揉め事が起こっている。
俺がシオリ嬢をあまり外に出したくないのはそのためだ。
マリアから呼び出された時も、品の無い男たちに絡まれたと聞いている。
尤も、それ以上にヴァルナ嬢の名前が売れていたために何事も起きなかったらしいが、もし、付き添っていたのが表立って活動していないルーフィス嬢だったならば……、……、……、……、相手の身を心配しようと思ったが、それすらもできなかった。
俺や第二王子殿下の護衛たちが触れることすらできないように、城下にいる荒くれ者たちもあっさりとその戦意を喪失させてしまう気がする。
そんな日常的に起こっている争いごとに対処するための治安維持隊のようなものはいなかったのか?
本当に国ごとの政策と言うのは違うものなのだと、俺は改めて学ぶのだった。
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