異常
指定された場所に近付くにつれ、分かりやすく周囲の空気と気配が変わっていくのを感じる。
突き刺さるような視線と感覚。
「これは一体……」
この場所には以前も来たことがある。
最近は、来ることもなかったが、こんな雰囲気の場所ではなかったはずだ。
『気持ち悪ぅ……』
セヴェロも何かを感じているのか、そんなことを言いながら自分の両腕を擦っている。
この違和感は俺だけではないらしい。
『……っと、そこで止まった方が良さそうです』
目的地にはもう少し距離がある場所で、セヴェロがそう警告する。
だが、直後に飛び掛かってきた魔獣の鋭い爪が俺たちに向かって振り下ろされる。
「氷魔法」
それを交わしつつ、魔法を放つと、次々と茂みから魔獣たちが飛び出してきた。
『あっれ~?』
セヴェロが首を捻っているが、今はそれどころではない。
「離れろ」
『承知しました』
セヴェロが少し下がると同時に……。
「氷矢魔法」
複数の氷の矢が魔獣たちに突き刺さる。
だが、魔獣たちは怯む様子はなく、俺に向かってその牙を突き立てようと口を開き……。
「この距離なら外さないな」
そう言いながら、その口内に連射式洋弓銃の矢を打ち込んでいく。
だが、口内に激しい衝撃があった魔獣たちは、のけぞって一瞬だけ動きを止めたが、またその顔をこちらに向けた。
その血走った目から止まる様子がないと判断して、凍結魔法でその動きを完全に止めることにする。
いつもよりも時間がかかった気がするが、それでも、魔獣たちは凍り付いた。
だが、思ったよりも表面の氷が薄い。
このまま生命力は奪えるだろうが、氷漬けの状態を維持することはできないだろう。
「もっと確実に仕留める位置を探さなければならない、か」
まだまだ俺の腕が甘いらしい。
『いやいやいや! 普通の生命体は、口内から脳を矢で射抜かれたら死にますからね!?』
「だが、生きてたぞ?」
『さきほどの魔獣の方が異常なん……』
セヴェロが言い終わる前に、また別の場所から魔獣たちが現れる。
「血の匂いをさせないように凍らせたのだが……」
そう言いながら、再び凍結魔法を使う。
効きが悪い。
仕方なく、氷槍魔法を魔獣たちの眉間に撃ち込んでいく。
『なんで、毎回、魔獣退治の時のあんたは変に落ち着いてるんだよ!?』
「魔獣退治で冷静さを欠いては危険だろう?」
『正論だけど!!』
セヴェロは妙にイライラしているようだ。
最近、ヴァルナ嬢に会っていないからだろうか?
それを言えば、俺もシオリ嬢に会っていない。
どこか、落ち着かない気分なのはそのためか。
たった数日、会わないだけなのに?
二ヶ月ほどで、随分、彼女は俺の心に入り込んでしまったらしい。
だが、それも悪くないと思っている自分がいた。
さらに現れた魔獣たちに氷結魔法を使う。
やはり、どこかいつもよりも効果が薄い気がした。
「氷嵐魔法」
竜巻を伴う氷属性魔法。
シオリ嬢には全く効かなかったが、この魔獣たちには有効らしい。
竜巻に巻き込まれた魔獣たちは、次々と氷に貫かれていく。
『次も来ますよ』
セヴェロも少し落ち着いたのか、離れたところから、警戒の声を飛ばす。
「分かっている」
先ほどまで抑えられていた殺気が一気に膨れ上がった。
別種族であるため仲間意識はないはずだが、突然現れ、次々に魔獣を退治していく俺を脅威と感じたのだろう。
『ついでに言えば、水属性以外の魔法の方がまだマシっぽいです。つまりは、ボクは戦力外ですね』
「足止めぐらいはしろ。あと、お前も水属性以外は使えるはずだが?」
『苦手なんですよね~。ヤツらが、ボクの所まで来たら、考えます』
つまり、そこまで来させるなと言うことか。
酷い従者だ。
『ボクは従者であって、護衛ではありませんから』
そう言って、いつも俺に押し付ける。
まあ、魔獣退治は俺の仕事であって、この男の仕事ではない。
だから、それは構わないのだが、それなら同行する理由があまりないだろう。
そう言うと、今度は「従者だから」と言うのが目に見えているわけだが。
それに手を貸さないわけでもない。
俺が傷付けば、治癒もするし、気まぐれに魔法攻撃力強化、物理耐性強化もする。
基本的に気まぐれ。
それが精霊族だと分かっていても、どこか腑に落ちない。
まあ、魔獣たちも明らかにやる気のない者より、自分たちを害する人間の方を狙うようだから、その辺りは助かっている。
人間のように人質をとったり、無力な方に狙いを定めて、気を散らそうなどと考えないから。
こんな男でもいなくなると困る。
だから、セヴェロがほとんど狙われない位置にいるのは俺としても助かるのだ。
誰かを庇いながら戦うことは向いていない。
子供の頃、第五王子殿下の供で魔獣退治に行った時にそう思った。
第五王子殿下や他の従者たちと共に魔法を使おうとしても、その余波で、第五王子殿下と元婚約者以外の人間たちは倒れたり、ふっ飛ばされたりしたのだ。
その時、俺の体内魔気は、他の人間たちにとっては毒だとも言われた。
今なら、それは魔力の強さによるものだと分かるが、あの頃はそんなことも分からなかった。
だから、人前で魔法を使うことはほぼなくなった。
侵入者は別だが。
だが……、シオリ嬢なら?
俺が魔法を使う時も平然としていたし、何より、魔法そのものにも耐えきってしまうような女性だ。
シオリ嬢ならきっと共に戦うことができる気がする。
いや、駄目だ。
あの女性をこんな魔獣の前に出したくない。
こんな魔獣の獰猛性など見たこともないだろう。
俺もここまでの状態は見たことがない。
数も多いし、先ほどから魔法の手応えが半減している。
こんな場所にシオリ嬢に来てもらうわけにはいかない。
『いや、ルーフィス嬢とヴァルナ嬢もあんたの魔法に平然としていましたよね?』
「心を読むな」
確かにそうだが、元婚約者以外では初めてだったのだ。
俺の異性を魅惑してしまう魔眼に無反応だったのも、魔法を使う時に真っすぐな瞳を向けられていたことも、ほとんどの魔法に対応されてしまったことも、俺の酷い言葉や態度でも、笑って受け入れてくれたことも。
『それはシオリ様が、アークより魔力が強くて、男としても興味がないからでしょう?』
「黙れ」
恐らくはそうなのだろう。
シオリ嬢は俺に熱を向けない。
その辺り、元婚約者とは全く違う。
それでも、気遣われている。
候補でしかない俺のことを心配し、過去のことに対しても憤ってくれた。
『アレは性格だと思いますよ? どう見てもお人好しで他者が傷付くよりは自分が傷付く方が良いと思うマゾ……いや、献身的なタイプですよね?』
「どうせ止めるなら、『マ』の段階で止めろ」
そこまで言っては隠す意味もない。
『それにしても、数が多いですね』
「そうだな。だから、俺が呼ばれたのだろう」
この数の魔獣たちを相手にするには、普通の魔獣退治屋たちでは難しいだろう。
知っている魔獣たちの強さが格段に上がっている。
魔法耐性だけでなく、いつもよりも機敏に動くし、爪によって抉られる地面も深い。
水属性を氷属性に変化させれば、そこそこの効果が見込まれるはずだが、見た目にも効果が薄いことが分かる。
動きも、魔法耐性も、攻撃力も、全く違う。
幸いなのは特殊な攻撃方法を持つ魔獣が近くにいないことか。
毒液を吐く。
麻痺の爪を持つ。
氷の息を吐く。
霧で姿を隠す。
幻覚を見せる。
例を挙げればきりがないほど、魔獣は人間とは違った攻撃手段を持つ。
視界に映る範囲ではあるが、それらは今のところ姿を見せていない。
他にも気になる点はある。
魔獣たちの表情も心なしか違う気がするが、完全に違うのはその鳴き声だ。
いつもにも増して、聞き取り辛く、最早、声と言うよりも不快な音だった。
だが、それ以上に気にかかるのは、俺はまだ指定された場所に辿り着いていないことだ。
そして、まるで、そこを守るかのようにその方向から向かってくる。
これは一体……?
『アーク!!』
セヴェロが叫んだ。
その直後、魔獣の爪が俺に向かって振り下ろされたのだった。
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