報告のついでに
「随分、遅いと思ったら、集団熱狂暴走のことまで聞いてきたのか」
俺の記録を見ながら、弟は呟いた。
既に、日が替わりそうな時間帯である。
俺たち兄弟は昨日と同じように主人を挟んで、寝台の上に座って互いの記録を読んでいた。
因みに主人は二時間前から、夢の住人である。
俺たちの間で平和な寝息を立てている辺り、既に、この状況に慣れてしまったのかもしれない。
周囲に魔法の気配はないため、今のところ、その夢の中に侵入してくる無粋な人間もいないようだ。
気配も落ち着いているため、悪夢に魘されている様子もなかった。
「それは、現状報告のついでだな。個人的に興味があったから、尋ねただけだ」
セントポーリア、大聖堂、ローダンセ。
それぞれに必要な報告や確認などをした後に、雑談の意味で尋ねている。
「個人的かあ? どう見ても、メインじゃねえか」
弟は手にした記録で自分を仰ぐように動かす。
「否定はしない。不勉強な部分だと分かったからな。穴が空いた知識を埋めることは大事だ」
「随分、大陸ごとに対処方法が違うんだな」
「国の特性や在り方、大陸の環境によって魔獣の生態も違うためだろう」
大神官から聞いた話を元に、セントポーリアとカルセオラリアでそれぞれ聞いた話を捕捉して纏めている。
「いや、これは単純に互いのやり方を知らねえだけだろう?」
弟はそう言って顔を顰めた。
「やり方が違うだけで、大差はねえよな? フレイミアム大陸とシルヴァーレン大陸、ライファス大陸は魔獣退治で数を抑制して、グランフィルト大陸は大気魔気の放出を管理して影響を抑えている。スカルウォーク大陸……は、一応、どちらもってことだろう?」
意外にも、ライファス大陸は、神気穴の場所を把握しておきながら、対処法はフレイミアム大陸やシルヴァーレン大陸と大差はない。
その時は気付かなかったが、トルクスタンから話を聞いて思ったことがある。
あの国を中心にライファス大陸は魔獣から取れる素材を得るために、神気穴そのものを塞ぐことはしていないのだと。
神気穴の場所が分かっているのだから、そこを重点的に監視しておけば良い。
兆候が出たら、周囲に生息している魔獣を殲滅し、その時に得た素材は全て回収する。
実に分かりやすいし、効率的だろう。
それ専用の部隊がいても驚かない。
素材が目的ならば、魔獣の倒し方は変わる。
魔獣の捌き方を知る人間だけで作られた集団がいてもおかしくはない。
「いや、スカルウォーク大陸については、微妙だな。もともと影響を受ける魔獣の発生率が低いようだ」
集団熱狂暴走の影響を受ける魔獣が100体ほどだとか。
そんなに少なければ、確かにわざわざ国王陛下が出る必要もない。
「それもあるだろうけど、常に対処しているから慌てることがねえってことだろ? それぞれの国の王族が定期的に魔石交換してるって話だ。あの大陸は、国の数が多い割に、結びつきは強いよな」
スカルウォーク大陸はこの世界で一番、国家が多いが、大陸内で共同事業もしている。
あの「ゆめの郷」が分かりやすい事業例だろう。
人間界に比べたら、纏まっていると言えなくもない。
尤も、その数は7ヶ国と、人間界ほど国家が乱立していないのだが。
「互いに好き勝手やっているように見えて、その実、協力し合っている部分が多い。特に機械国家カルセオラリアの存在が大きいだろう。あの国が作る魔法具の恩恵は世界中が受けている」
そして、カルセオラリアは他国に恩を着せるような真似はしない。
だから、周辺国から持ち上げられる。
「やっぱり、あの国が中心国だよな」
「それに関しては個人の見解による」
カルセオラリアは確かに中心国に相応しい面も多々あるが、同時に、こいつらに金と権力を持たせてはならないという事例も少なくない。
金と技術があるために、機械作りが暴走して行くのだ。
昔から、思っていた。
いつか、あの国の城が立ち上がって動き出すのではないか、と。
尤も、本当に動いたのはアリッサム城だった。
いや、もしかしたらどの国の城にも、あんな機能が付いている可能性は否定できない。
「しかし、よりにもよってウォルダンテ大陸だけはっきりしないのが痛えな」
「大神官猊下は、外からしか見ることができないからな」
「まあ、わざわざ集団熱狂暴走対策……、国の自然災害対策なんて聞かねえよな」
国の自然災害対策に関しては、下手に探りを入れることが内政干渉を疑われることもある。
弟もその点には気付いているのだろう。
「ローダンセにも神官はいるから、そいつにその集団熱狂暴走に発展しそうな神気穴を一時的に塞いでもらうことはできないのか?」
弟が顔を上げて俺を見た。
「どう話を持っていく気だ?」
「大神官猊下から……」
「阿呆」
それができれば、大神官は俺に何も言わなかっただろう。
内密に伝えるだけで、「聖女の卵」は守られる。
だが、それをしなかった。
そこには相応の理由があると考えるべきだ。
「大神官猊下の口ぶりでは、神気穴を塞ぐ役目は取り合いらしい」
「ここにはそう書かれているな。それならば尚更……」
「大神官という立場の者が、特定の誰か一人に便宜を図ると思うか?」
「あ~、贔屓ってことになるのか」
俺の言葉に、弟は自分の前髪を掴んだ。
「それ以外の神官たちに公表することもできない。神気穴が動かないことを知っている神官がどれだけいるかは分からないが、意味なくそこに神官たちが集うようになるのも困る」
「どういうことだ?」
俺の記録だけでは分からなかったのか、弟が疑問を返す。
「神気穴は通常、大気魔気が濃いだけの場所だ。一時的に封じることが許されるのは、集団熱狂暴走の兆候が出た時のみ。大気魔気が放出されなければ、大陸の生態系も狂うから制限をしているようだ」
「あ~、集団熱狂暴走の兆候がない状態で封じようとか考える神官はいるだろうな」
俺たちは神官が全て清廉潔白でないことを知っている。
人間の悪い本質を煮詰めたような部分が目立つことも。
だから、規則を破る神官は少なからずいるだろう。
尤も、そんな人間はある程度、目星をつけた上で監視はしているだろうが。
「大神官猊下が公表したとなれば、それを免罪符にと、都合よく解釈する輩もいるだろう。だから、大神官猊下から漏らすことはできない」
「一応、確認しておくけど、大神官猊下自らが動くことは?」
「できると思うか?」
「思わない」
カルセオラリア城の崩壊や城下の半壊の時は、主人の献身的な訴えで動いてくれた。
それは、主人の状態もあったが、既に被害が出ていたからだ。
だが、ローダンセの集団熱狂暴走は、現状、まだ起こってもいない。
起こりそうではあっても、まだ本当に起きるかどうかも分からないのだ。
そんな状態で、神官最高位である大神官を大聖堂から動かすことはでにないだろう。
「ウォルダンテ大陸は魔獣退治派っぽいけど……、今、ローダンセにいるヤツらでは無理だな。集団戦に慣れているヤツがいない。多対一で一方的に魔獣をボコることができても、三対四、十対九など、自分たちに数が近くなると、弱い魔獣相手で数が有利であっても駄目になる」
「そんなにいないのか?」
「オレは、水尾さんが通りすがりに魔獣退治屋たちの間に入った時の数も状況も報告している。あれを見て何も思わないか?」
弟が咎めるような顔を向ける。
「違う。集団戦に慣れている人間がいないという話だ」
「あ?」
「一人いるだろう? 彼も集団戦に慣れていないと言う気か?」
俺がそう言うと……。
「あの男は例外だ。いや、あの男が主だった魔獣の群れを駆逐して回っていたから、他の人間が集団戦に臨む必要がなかった……かもしれない」
露骨に顔を顰めながら弟はそう答えた。
主人の婚約者候補の男を思い出しているのだろう。
悪い人間ではない。
だが、主体性と協調性は薄い。
そこが気に食わないのだろう。
いや、いつまでも元婚約者のことを引き摺っているように見えるところが一番、気に食わないのかもしれない。
俺としてはその部分について、そこまで気にしていない。
主人を一番に考えてくれるなら、二番、三番がいても良いのだ。
だから、主人をよく知りもしないうちから、「愛することができない」と思考放棄したことは許せない。
尤も、近いうちに撤回されるとも思っている。
あの男は明らかに主人に惹かれているから。
だが、あの男が主人に愛を乞うようになった時、主人自身はそのことをどう思うのだろうか?
そこが気にかかるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




