想いは隠される
いろんな感情を交えながらも話し終わった時、雄也先輩は考え込んでしまった。
この人はこういうことが多い気がする。
相当な情報が頭を駆け巡っているのかもしれない。
ついでに、その流れで、余命最短三日だったこともポロっと話してしまった。
もう無事、生き延びたのだから、大丈夫だろうと安心してしまったのかもしれない。
でも、その話をした直後の雄也先輩も、驚きを隠せなかったのはよく分かった。
「一応……、彼女との話は以上……なのですが……」
あれから3日経ったとはいえ、思い出せるだけ、明確に台詞を再現したつもりだ。
特にあのシーンだけは一言一句たりとも違わぬ自信すらある。
それほど、全てに置いて強烈で、そして、忘れることなど出来ないものだったのだと理解した。
同時に、逃げられないものだってことも……、嫌ってほどよく分かった。
そして、これを1人で抱え込むには重すぎるってことも。
「なるほど……、ね。栞ちゃんの話を聞いて、俺には……、なんとなく彼女の気持ちが分かった気がするよ」
開口一番、彼はとんでもないことを言った。
「はい?」
「だからと言って……、同意は……、できないけどね」
わたしの拙い説明からでも、雄也先輩は何か分かったらしい。
「そ、それは一体……?」
「ただ……、これはまだ俺の推測の域だ。だから、まだ言うことはできない」
わたしは知りたかったが……、雄也先輩はやんわりと拒絶した。
間違いないと確信できるまでは教えてくれないらしい。
「彼女は……、ストレリチアのベオグラーズと言う者が知っていると言ったんだろう? ちょうど行き先もそこだから都合が良い」
「あの……、雄也先輩……?」
確かに、次に目指す場所は、法力国家ストレリチアだ。
だが……、その人に会えるかは分からない。
「栞ちゃんは、その名に覚えはない?」
「へ? えっと……?」
いきなり聞かれて慌てて頭を回転させる。
しかし……、駄目でした。
「どこかで耳にした気がするんですけど……、それがどこでかも分からないし……、多分偉い人だとは思うんですけど……」
わたしは素直に分からないと伝えた。
身分については、あの占術師が「様」付けしていたから、そう思っただけだ。ちょっと言い訳じみてはいるけど。
「うん、かなり偉いはずだよ。彼女が言ったのは、多分、『ベオグラーズ=ティグア=バルアドス』様のことだと思う。法力国家では、王族に次ぐ地位の持ち主。最近、ストレリチアの大神官になったばかりの方じゃないかな」
「だ、大神官?」
占術師は、何故、そんな偉い方に会えと?
「そうなると……、お会いするには余程のコネか……、それなりの地位が必要になるね。俺や九十九は勿論、駄目だし……」
「わたしも身分はないですよ? 水尾先輩だって……、今、公式の場にあまり姿を出すわけにはいけないでしょう?」
占術師はわたしのことを「セントポーリアの王女殿下」と呼んだが、それはわたしを産んだ母親自身が認めていない。
「そうなると、だ。適任者は一人しかいない」
「え?」
適任者が……、いる?
「クレスノダール王子殿下だ。思い切って、彼を巻き込もう」
「ええ!? ふ、楓夜兄ちゃんを?」
なんてとんでもないことを考えるのだ、この人は……。
「大丈夫……、俺に任せて。このまま彼を死なせるのも、命を懸けて彼を守ろうとした占術師に悪い」
「は!? それって、ど~ゆ~ことですか!?」
守る?
楓夜兄ちゃんだって傷ついたのに!?
わけが分からない。
わたしの話で、なんでそんな結論になったの?
「……全ては、大神官猊下にお会いできた後で……分かるかな」
そう言う雄也先輩はこんな状況にも関わらず、とてつもなく楽しそうな顔をしていた。
凄い人だよね、実際。
*****
楓夜兄ちゃんに会う前、九十九と水尾先輩にも会って話をした。
一度、雄也先輩に話した内容とほぼ同じせいか、そこまで、感情的にならずに話すことができたと思う。
ただ違うのは、一つ。
あの時、占術師から「命呪」を使われたことを伏せたことぐらいだろう。
雄也先輩に言わせると、「命呪」は彼女にとって、生前、国王以外の人間が知らないぐらいの秘密だったわけだから、隠した方がいいということだった。
言われてみるとそうかもしれない。
やっぱり先に雄也先輩だけに話したことは間違いじゃないと思えた。
わたしには、そんな微妙な判断なんてできないから。
そんなわけで、あの場面は、わたしが止める間もなく彼女が飛び降りたと言うことに少しだけ変更することになった。
それは完全に嘘というわけではなかったのだけど、少なからず、2人に隠し事をしてしまったことにはなる。
それに対して、多少の罪悪感がないわけではない。
でも、話を聞いている2人の顔から……、わたしがどれだけ心配を掛けていたのかが分かった。
これ以上、余計な心配をかけたくない。
特に、九十九は……、わたしが動きを封じられたと聞けば、それだけで怒る気がした。
そして、こんな言い方は不謹慎かもしれないのだけど、2人が分かりやすく心配してくれたことは素直に嬉しかったのだ。
だから、反省することも謝罪することもできたんだと思う。
「確かにクレスノダール王子殿下を巻き込むというのは妙案だとは思うが、簡単に出来ることでもねえだろ? 相手は『天照大神』と同じ事してんだぞ」
「『天照大神』から天の岩戸を開けさせるのは可愛いお嬢さんの役目だろ?」
「ああ、『天鈿女命』……って先輩! 何を考えてるんだ!? 高田にそんなことをさせる気か?」
水尾先輩が真っ赤になって反論する。
その様子を見て九十九は疑問に思ったらしい。
「なあ……、『天照大神』……、天の岩戸ってあれだろ? ヒキコモリになった神さまを仕事させるために、扉の外でどんちゃん騒ぎをやって興味を引いたところを力尽くで引きずり出して仕事させるってやつ」
九十九くん……。
その説明は、日本神話を馬鹿にしてるのかい?
「『天照大神』は弟の『素戔嗚尊』があまりにも乱暴なためにそれを嘆いて、天の岩戸に閉じこもったって話。だけど……、『天照大神』は太陽の女神だから天の岩戸に閉じ籠もると太陽が出てこなくなってしまうんだよ」
「……燃えそうだよな、岩戸……」
おいおい。
わたしの説明で気になったのは、そこですか?
「それで人々は宴会をして彼女が少しでも岩戸を開くのを待った。『天鈿女命』はその時、舞いを踊った女性のことだよ。その女性の舞いで人々は盛り上がり、その声がきっかけで『天照大神』は少しだけ覗き見ようと岩戸を開けたの」
「……女神のくせに好奇心旺盛だな。しかも、覗きか……」
これ以上、下手なこというと本当に罰当たりそうだから本気でやめてください。
「その隙間に手を掛け『天手力男命』が岩戸を開けて、『天照大神』は外に出ざるをえなくなった……と、簡単に説明するとこんな話」
「……オレの説明と変わらないだろ」
「違うって……」
全然違うと思うのですよ?
「でも、なんで水尾さんがあんなに真っ赤になって怒るんだ?」
「『天鈿女命』はストリップをしたという説も有名だからね」
面白おかしい舞いというのが基本だけど、色を交えたとか半裸だったとかも聞いたことがある。
「それで盛り上がるってことは、神さまも案外助平なんだな。で、それをやるのがお前……? いろいろ無理があるだろ。オレなら、ヒキコモリ続行するが」
かなり失敬なことを言われた気がする。
「……誰がそんなことをさせると言った? たわけ」
「は?」
「全く……、他国、いや他の星とはいえ……、そこまで神話を馬鹿にできるヤツも珍しいな」
「新解釈でいいんじゃねえ? 現代風だし」
いつの間にか、先輩たちの間では話がついていたらしい。
「栞ちゃんには普通に話に行ってもらうだけだ。彼女が話すというのに、聞かないと突っぱねるような男じゃないだろう、あの王子殿下は」
「それにその話は自分が惚れていた女の話題なら、尚更食いつきは良いはずだ。本当にもう考えたくない、早く忘れたいっていうものだったら引き籠もる理由にはならないからな」
「だけど……、それでもストレリチアに行くって話にはならないだろ?」
雄也先輩と水尾先輩の言葉に、九十九はそう指摘する。
「そこで彼女の言葉だ。『全てを知っている大神官に会え』と。彼だって知りたくないはずがないと思うが?」
「惚れた女をモノにした直後に逃げられた理由だからな」
「水尾先輩、モノにしたって言い方はちょっと……」
少なくとも王女さまのお言葉とは思えないのはわたしだけでしょうか?
「……でも、そう簡単にうまくいくか~?」
九十九はどこか猜疑的だった。
「駄目な時は他の手を考えるさ。どちらにしろ、飲まず食わずで保つのは魔界人とでも3日くらいだ。手を打つなら急いだ方がいいだろう」
その雄也先輩の言葉を否定する人間は、この場にいなかった。
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