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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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これから先も

 時間にしてみれば、ほんの十数時間(十数刻)


 だが、集まった情報が多すぎて、流石に疲労の蓄積を実感する。

 聖運門を使用するたび、簡単に要点だけを記録していた。


 だから、内容を忘れることはないだろう。


 早く、早く……。

 内から何かに急かされるように。


 早く、早く……。

 外から何かに引き寄せられるように。


 早く、早く……。

 自分を取り巻く全てが導くように、ただその場所に向かってひた走る。


 そして、その先に広がる光景は……。


「ちょっと!? やめてえええっ!!」

「うるさい!! とっとと服を脱げ!!」

「やだああっ!! やめっ! だめええっ!!」


 …………更に疲れるものだった。


 聞こえてきたのは女性の悲鳴と、荒々しく品のない男の声。


 このコンテナハウスに防音を施したのは正解だった。

 こんな言葉を誰かに聞かれたら、分かりやすい誤解を受けてしまうことだろう。


「抵抗するな!!」

「やだあっ!」


 愚弟が広い寝台の上で、主人が着ている衣服を力尽くで脱がそうとしている。

 要約してしまえば、この一文になる。


 だが、ここに……。


「女性が着ている服を脱がそうなんて、九十九のえっち!!」

「先に()()()()()()()()()()お前の方がえっちだ!!」


 そんな会話が加わるだけで、状況が一変してしまう。

 いや、見ただけで分かることだが。


「ただいま、随分、賑やかだね」


 俺がそう声を掛けると……。


「ああ、お帰り、兄貴」


 愚弟の方が先に反応し……。


「お帰りなさい、雄也」


 続いて主人がこちらに顔を向けた。


「わあ、本当に雄也も学ランだあ……」


 更には嬉しそうな声と顔。

 それだけで、今日一日、この姿でいた甲斐があったというものだろう。


()()()()()、栞ちゃん」


 俺は近付いて、寝台に腰かけると……。


「そうですね、雄也」


 主人は笑いながら、座り直す。

 弟の視線が痛いが、気にするほどでもない。


 今、主人は、弟から剥ぎ取った学生服の上着を着ていたのだ。


 厳密に言えば、弟が着ていた制服は中学時代の物であり、俺が今着ている服は高校時代の物であるから同じ物ではないのだが、男子生徒用の学生服にデザイン差はほとんどないため、お揃いという言葉に誤りはない。


「いいからオレの学ランを脱げ。話はそれからだ」


 そして、無粋な愚弟の声。


「ちょっとぐらい良いじゃないか」


 そう言いながら、渋々、弟に上着を返す。


「兄貴が帰ってきたら、随分、素直だな」


 そこが面白くないのだろう。

 学生服を着直しながら、弟はそう言った。


「え? 学ランだよ? 美形兄弟だよ? ()()()でしょう? 学ラン兄弟」


 不思議そうに、でも、こちらに圧をかけるような、主人にしては珍しい言い方と強さである。


 尤も、俺はそれを予想していたから問題はない。


「並べと言うことらしいぞ」

「そうだな」


 弟から目線で立てと促された。

 自分も寝台上にいる癖に、俺も同じ寝台に乗っていることが許せないらしい。


 主人はにこにこした顔を隠さず、俺たち兄弟の行動を見守っている。


 ローダンセでも笑っていた。

 でも、こんな素直な表情ではなかった気がする。


 自室を与えられ、侍女の正体が俺たちだと知っていても、それでもどこか気を張り詰めていたことが、これだけでも分かる。


 庶民であるが、あの国では貴族令嬢と同じようにしなければならないため、気を抜かないようにしていたのだろう。


 改めて、本当にあの国で良いのか迷ってしまう。

 いや、どこの国に行っても、高い身分の相手の横に立つのなら同じことだ。


 それが嫌なら、身分のある人間を選んではいけないということだろう。


 だが、主人の身を守れるような条件の良い人間などこの世界でも限られている。


 そうなると……。


「うわあああああっ!!」


 俺の思考を吹き飛ばすほど、一際大きな声が耳に届いた。

 どうやら、俺たちが並んだ姿はお気に召したらしい。


「これは描く! 描けば描く! 描かねばならぬ何事も!!」

「訳が分からん!!」


 両拳を握って勢いよく叫ぶ主人に突っ込む愚弟。

 だが、聞き覚えがあった。


 これは確か……。


「ああ、上杉治憲(はるのり)だね」

「誰だ、それ!?」


 思い出すと、ちょっとすっきりする。


 人間界の記憶となると、すぐに思い出すことが難しくなってきた。

 まだ三年しか経っていないのに、情けない話だ。


「上杉鷹山(ようざん)のことだよ」

「知らんわ!!」


 そして、不勉強な愚弟は元から知らないらしい。

 それはそれで羨ましい頭だ。


 ―――― 為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり


 江戸時代の米沢藩主である上杉治憲(はるのり)の言葉とされている。

 その名言を主人は咄嗟に(もじ)ったようだ。


「でも、これは描かないわけにはいかないでしょう! 描きます! 描く! 描く時! 描けば! 描け! 描こう!!」

「なんで、カ行五段活用なんだよ!?」


 寧ろ、何故、愚弟はその言葉はすぐに出てくるのか?

 中学の国語だからか?


「ノリと勢い?」


 主人も首を傾げている。

 本当に勢いで言っただけで、深い意味はないのだろう。


 だが、そのノリと勢いも最近、すっかり落ち着いてしまっていたのだ。

 ある意味では、調子を取り戻していると言えなくもない。


「九十九。わたし、今すぐ描きたいんだけど、駄目?」


 主人が寝台に乗ったまま、弟に上目遣いでお願いする。


 弟が目を見開き、喉仏を揺らした。

 脳内でどんな変換が働いたかは分からないが、文字通り「生唾を飲んだ」らしい。


 そんな素直すぎる反応は、俺にはできない。

 羨ましくもないが。


「好きに描け」


 我に返った弟がそう溜息を吐く。


 よく見ると、寝台のベッドボード……、白いシーツや枕と同化した紙の束があった。

 描き上げた物は周囲に見当たらないため、弟が収納したか、どこかに移動させていたのだろう。


「雄也も、描いて良いですか?」


 先ほどまで弟に向けられていた黒い瞳が俺に向けられる。


「そういう約束だからね」


 そうはいったものの、寝台の上だ。

 文字を書くならともかく、絵を描くには向かないと思うのだが……。


 俺はそう思っていると……。


「ふんふ~ん♪」


 珍しく鼻歌を歌いながら、主人は壁に手を伸ばして……。


「よっと」


 そこに立て掛けていた紐付きの板を持ち上げた。


「ああ、画板か」


 人間界で見た絵を描くための道具を思い出す。


 この世界では、絵を描く時に使う道具と言えば、机上ならば紙と筆記具、大掛かりな絵や肖像画、風景画ならば画布(キャンバス)画架(イーゼル)だ。


 持ち歩きできるような写生帳(スケッチブック)はない。


 そして、画板と似た用箋挟(クリップボード)はあっても、基本的には文字を書くためのものであり、絵が描けるほど大きなものは一般的ではない。


「はい。九十九が用意してくれました」


 そんな物を準備するよりも、机のある部屋に連れて行けば良いのではないだろうか?

 だが、こんなに喜んでいる主人を前に、そんな言葉は野暮と言うものだな。


「では、描かせていただきますね」


 そう言いながら、目の前の画板に白い紙を装着して、描き始める。


 ―――― 速い


 以前、見た時よりも速度が上がっている気がするのは記憶違いではないだろう。


 ―――― だが、良いのか?


 夢で視た黒い穴の存在が頭を(よぎ)った。


 無意識とはいえ、身体強化をしている。

 それが、今の主人の身体には、負荷となってしまうのではないか?


 俺は弟を見た。

 弟は俺の視線に気付いて、微かに笑った。


 止めるな、と。


 考えてみれば、主人の体内魔気の状態に俺よりも敏感な弟だ。


 主人が目を覚ましてから……、いやそれよりも、恐らく寝ている時からその行動を具に観察しているのだから、危険があるならば、とっくに止めているだろう。


 でも、元気そうで良かった。


 弟がいるから健康面はある程度保障されていると分かっていても、やはり、その姿を見るまでは安心できなかったのだ。


 本当はあの気高く美しい聖女様が言うように、俺と弟が、あの黒い穴を塞ぐように付きっきりで過ごした方が回復も早いのだろう。


 だが、自然治癒を早めるよりは、回復後の選択肢を増やせるように動きたかった。


 思うところはある。

 その選択が正しいかも分からない。


 だが、誰かに示された道のみを思考停止したまま進むことは俺も弟も躊躇われた。

 その姿を愚かだと人は笑うだろう。


 既に正解と呼ばれるものが見えているのにも関わらず、その流れに逆らっているのだから。


 だけど、こうして無我夢中で好きなことをしている主人を見ると、この選択を後悔したくないとは思う。


 そのためには、できる限りの手を尽くそう。

 後で悔やまずに済むように。


 ―――― お帰り、兄貴

 ―――― お帰りなさい、雄也


 その言葉をこれから先も聞きたいから。

この話で135章が終わります。

次話から第136章「小休止」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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