長い付き合い
「酷い辱めを受けた」
「いや、お前が自爆しただけだろう?」
俺が話すつもりもなかったことを知りたがっただけだ。
しかし、魔石と引き替えに恥を得るなんて、なかなか珍しい体験だろう。
「本当に積めば、俺の頭を超える高さになるのか?」
「実際に積んだことはないから断言はできないが、それぐらいの情報量ではあるだろうな。何せ、十年以上の年月を積み重ねて記録してきたものだ」
トルクスタンと知り合ったのは、十年ほど前である。
だが、それ以前から他国の王族と言うことで調べてはいたのだ。
人伝からの情報と、対面での接触の違いを一番感じさせたのはこの男だろうと思っている。
「十年……。そうか……」
だが、俺の言葉をどう受け止めたのか。
トルクスタン何故か笑った。
「それだけ長い付き合いになったなら、いろいろ積もるのも仕方ないな」
「そういうことだな。尤も、それだけ、幼い頃からお前のことを見て、それを俺に伝える人間が多いということでもある」
それはある意味羨ましい話でもある。
「まあ、お前のことだ。悪用はしないだろう。必要な時に適切に使ってくれると信じているよ」
トルクスタンはそう言うが……。
「それは、リア嬢とルカ嬢の機嫌を取る時に使っても良いということか?」
当人の許可が下りるなら話をしやすくなる。
「止めろ」
「モノによっては、主人を笑わせるのにも使えそうだな」
「酷い!!」
確かに酷いと自分でも思う。
「お前の個人情報など、使いどころが限られるのだから仕方がないだろう?」
「それはそうかもしれないが……」
この男は分かっていない。
個人情報は、その使いどころが重要なのだ。
「まあ、リアとルカなら、俺の恥を知ったところで、今更だと笑うだけだろうし、シオリは……、いつものように困ったような顔をしながら俺に対する言葉を探すのだろうな」
その読みはそこまで大外れではないだろう。
幼馴染の二人はある程度のことは知っているだろうし、笑い話だと受け止めるだろう。
主人もその話の種類によるだろうが、同情したり、驚いたりはするだろうが、蔑んだり、嫌悪を覚えるようなことはないと思う。
女性の耳を汚すような話をするつもりはないからな。
「そんなわけだから、好きなように話せ。効果的に使って、その上で俺を持ち上げてくれるなら尚、良し!!」
「お前を持ち上げるほどの話題があると思うか?」
「いちいち酷い!!」
そこで自信満々にあると言わないのは何故だろうか?
この男は時々、変な部分で後ろ向きだな。
「それで?」
「あ?」
「お前はいくつか俺に聞きたいことがあると言っていたが、それで終わりか?」
俺がそう確認すると、トルクスタンは……。
「シオリについては答えが分かり切っているからあえて聞かないが、お前、ルカやリアを美人だと思うのなら、性の対象として見たことはあるのか?」
そんな明後日の方向から問いかけてきた。
「ない」
身近にいる異性の友人知人相手に、そんな視線で見るのは失礼すぎるだろう。
「つまり、お前は美人が相手だと勃たないのか?」
「その質問は、俺にも失礼とは思わないのか?」
「最近、この手の話題に飢えているんだよ。リアやルカにするわけにはいかないからな。少しで良いから、たまには付き合え」
酷い誘いである。
「それで? どうだ? 勃つのか? 勃たないのか?」
「そう言った対象になる相手を自分で選んだことはないし、あまり見た目を意識したこともない」
俺は選べる立場にない。
そのためか、見た目で反応した覚えはあまりない。
「ん? よく分からんが、見て反応せずに、どうやって色事を行うのだ? 見た目は大事だろう?」
トルクスタンは首を捻っているが……。
「それは選べる立場の人間だから言えることだな。男娼や娼婦が、相手の見た目を気にして商売ができると思うか?」
男娼や娼婦は「ゆめの郷」と呼ばれる場所で、不特定多数の人間を相手にする職業である。
生きる糧を得るためなのだ。
美醜で相手を選んでいては、商売にならないだろう。
そして、男娼や娼婦は、選ばれる側であって、選ぶ側ではない。
どんなに生理的嫌悪感を抱き、見ることすら悍ましく思うような相手であっても、自分が指名、指定されたら、黙ってそれに従うしかないのだ。
嫌悪、屈辱を覚えたとしても、それを耐え抜かねば金銭は得ることはできない。
それが、そんな職業を自身の生計を立てるための生業として選んだ当人の責任というものだろう。
つまりはそういう話である。
「なるほど、俺は選び放題だから、気にすることができるのか」
そして、トルクスタンは俺の言葉を深くは聞かない。
この男はセントポーリア城での俺の扱いを知っている。
あの頃、少しずつ荒んでいく俺のことを、弟とは別の場所から見ていたから。
だから、それ以上、何も言わないだろう。
「あれ? そうなると、お前は誰でも欲情できるのか?」
そして、この男はアホな部分に気付く。
「人聞きが悪いことを言うな」
「いやいや、かなり重要だぞ?」
まあ、この男にとってはそうだろう。
「見ただけで安易にそんな気になれないというだけだ。『発情する魔獣』と一緒にされては困る」
「また極端な魔獣の話だな」
トルクスタンが苦笑する。
この「発情する魔獣」とは、グランフィルト大陸とウォルダンテ大陸、スカルウォーク大陸に生息する魔獣で、季節に関係なく妊娠可能な雌を見ただけで雄が発情するというある意味ではとても合理的な魔獣である。
しかも、それが終わった直後、別の雌を見ると、すぐに再発情するというなんとも節操のない魔獣だというから驚きだ。
それを繰り返して、そのまま力尽きることもあるらしい。
……そこまでくると、見上げた根性だと言うべきだろうか。
異種交配はできないが、発情した雄によって孕まされた雌が、食料を求めて人里に現れ、農場を荒らしていくために、見つけ次第、駆除対象の害獣指定されている。
「魅力的な女性を見たら、反応するのは人間の男としても、普通だと思うぞ?」
「お前はそうかもしれんが、俺はそこまで獣にはなれん」
俺がそう答えるとトルクスタンは怪訝な顔をする。
「魅力的な異性を見て、性的な興奮を覚えるのは異常だと?」
「そこまでは言っていない。単に俺は違うというだけだ」
どちらかと言うと、異常なのは俺の方だろう。
それは、弟を見ているとよく分かる。
いや、ヤツはヤツでかなり異常ではあるのだが。
魅力的な異性を前にしているというのに、「発情期」を耐えきってしまうような男は、俺が知る限りヤツしかいない。
あの大神官でさえ、その期間は、自ら「禊」と称して隔離部屋まで行くのだから。
「何より友人と思っている男から、そんな視線を向けられることは、女性にとって迷惑な話だろう?」
「俺だって、四六時中、そんなことを考えているわけではないし、そんな目で見ているわけもない」
それはそうだろう。
第二次性徴を自覚し、異性を意識し始めた時期ならともかく、ある程度、衝動を抑え込めるようになったはずの年齢でそんな状態は、性依存症を疑うべきだ。
「だが、ふとした時! そう思ってしまうのは止められないとは思わないか?」
「思うだけにしておけ。行動に移せば、友人の縁を切る」
いや、その前に殴り倒すか。
自由にさせれば、相手の女性がいい迷惑だ。
「例えば、こう! リアの肩が薄く、腰が細いなと意識した時」
「固有名詞を出すな」
流石に庇い切れなくなる。
「ルカの鎖骨や首が眩しいなとか!」
「人の話を聞け」
そして、幼馴染をそんな目で見てやるな。
「「シオリの項……」
どごん!!
「そう言う男の主張は『ゆめの郷』で叫べ。ここで口にするな」
流石に看過できなかった。
星球式鎚矛の棘が、トルクスタンごと床にめり込む。
身体強化のおかげで、スプリンクラーのような勢いで出血はしないが、重力魔法を使えば、その重量で圧し潰すことはできる。
この男は瞬間的に物理耐性を強化するために怪我はせず、俺も少し気が晴れた。
「本人たちの前では口にしない。リアなら冷笑。ルカは蔑視。シオリは……困った顔をして、お前かツクモの姿を探すだろうな」
トルクスタンが星球式鎚矛の下から這い出ながらそんなことを言った。
「違うな。主人が探すのは弟の姿だけだ」
主人が真っ先に探すのは、自分から手を伸ばすのは、縋りつくのは弟の姿だと思っている。
「阿呆な心配しなくても、お前の幼馴染たちに手を出すことはしない。何より、相手の同意がない行いなど、獣と変わらないではないか」
他の女性はともかく、特別な存在に手を出されて黙っていられる者は多くない。
その特別な存在と言うのが俺たち兄弟にとっては主人たち母娘であり、この男にとってはあの双子だ。
わざわざこの男を敵に回す行為など、何の意味があるというのか。
「それは、リアやルカが本気で迫ったら考えるということか?」
……それが、一番、聞きたかったことか。
真央さんとの話している中でそんな話題をした覚えがある。
全くもって回りくどい。
だが、ある意味、分かりやすい牽制でもある。
「当然だ。リア嬢やルカ嬢が本気だというのなら、俺は真面目に考えるだろう。そんな相手に半端な答えは返せないからな」
「それはシオリでもか?」
主人?
「主人にこそ、真面目に考えなくてどうする? 本気ならば、ちゃんと考える」
そんな日は来ないだろうがな。
そして、考えるだけだ。
応えるとは言っていない。
「そうだな。お前はそういう男だった」
トルクスタンは何故か、そう言って笑った。
「どうせ考えるだけで、応えるとは言っていないと言いながら逃げるのだろう?」
「逃げるわけではないのだがな。俺の理想が少しばかり高いだけだ」
俺がそう答えると……。
「……理想はあったのか」
この男は俺をどんな目で見ているのか。
「あるに決まっている。俺よりも主人のことを大事にしてくれる女性。それが理想だな」
「……それは、従者の理想だ」
呆れたようにトルクスタンは言うが……。
「仕方あるまい。それ以外の人間に心を動かされる気がしないのだから」
俺としてはそう答えるしかなかった。
尤も、そんな稀有な存在など、いないと思っている。
まず、主人を大事にしようとする善良な人間は、俺のような男に惹かれることはないだろう。
何より、そんな善良な人間を巻き込みたくない。
だから、真面目に考えるだけだ。
心を動かされても、心を寄せられても、考えるだけ。
そうすれば、誰も不幸になることはないのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




