条件の精査
「俺が認める同行者ならば問題ない」
そんなトルクスタンの言葉に対して……。
「同行者がルーフィスならどうだ?」
水尾さんは不敵な笑みを浮かべてそう尋ねた。
弟が駄目なら、兄。
それは分かる。
そして、今、この場に来ていない弟ではなく、既にこの場所にいる兄なら、来ることができないとも言わないだろう。
その「兄」が自分でなければの話。
「先輩、ルーフィスに頼めないか?」
だが、そう真っすぐ確認されたなら、答えなければならない。
「ルーフィスで良いのかい?」
俺のことを苦手としている彼女にしては思い切った決断だと思う。
正直、これについては俺にとっても予想外だった。
「ヴァルナが動けないなら、動けるルーフィスの力を借りたい」
厳密に言えば、ヤツも動けるのだ。
実際、明日の報告はヤツが動く。
単純に、ヤツが長時間、主人から離れたくないと思っているだけの話である。
そして、同時に、今すぐ戦闘は難しいとも思っている。
まだ本調子ではない主人のことを考えて気を散らしてしまう可能性が高い。
今、こうしていても、俺自身、向こうの状況が気にかかってしまうほどなのだから。
「先にトルクに結論を聞いてくれ。ルーフィスも俺も、表向きの主人はトルクだからね」
カルセオラリアの王城貴族となった俺と、トルクスタンからの紹介で侍女になったルーフィス。
その経緯と真意はともかくとして、その身柄は、カルセオラリアにある。
勿論、お互いにいつでも切ることができるが。
「トルク、どうだ!?」
喜色満面。
断られるとは思っていない顔で、水尾さんはトルクに確認するが……。
「駄目だ」
案の定、断った。
そんな気はしていた。
トルクスタンにとっては、ルーフィスとヴァルナでは違うだろうから。
「あ?」
「ルーフィスと二人っきりで魔獣退治など、許せるはずがないだろう!?」
実に分かりやすく私情である。
そこに先ほどまでここにいた、やや冷静に見える王族の姿はなかった。
「ヴァルナは許せるのに、なんで、先輩……ルーフィスでは許可が下りないんだ?」
「万一、妊娠したらどうするんだ!?」
しかも酷い疑いを掛けられている。
お前、一応、俺の友人だよな?
「するか!!」
水尾さんは真っ赤な顔で反論し……。
「するの?」
真央さんの揶揄うような問いかけに対し……。
「させたことはないな」
俺は事実のみを口にした。
実際、女性と関係を持ったことはあるが、そのための対応はしっかりしている。
その辺り、人間界の道具は実に使い勝手が良いとは言っておこう。
万一の時、傷付くのは女性の方だ。
望まない子を産ませるわけにはいかないし、堕胎は女性の身体を傷つける行為なので、させたくもない。
「何、アホなことを言ってるんだ!? 先輩にだって選ぶ権利はある!」
そこではない。
トルクスタンは言いたいことはそこではないのだ。
「それに、それを言ったら……、ヴァルナだって、その……、可能性はゼロではない……よな?」
先ほどの勢いがなくなった。
いろいろ想像したらしい。
「とにかく、ルーフィスと二人きりは絶対に駄目だ!!」
「横暴だ!!」
「横暴で結構! 駄目なものは駄目だ」
どうやら、少しずつ、トルクスタンにも余裕はなくなってきたようだ。
この議論に私情を絡めている自覚があるのだろう。
「ヴァルナと違って、ルーフィスの方は随分、信用ないんだね、笹ヶ谷先輩?」
「あれはただの私情だよ、後輩」
随分、楽しそうに妹と幼馴染を見ている後輩に向かってそう答える。
「私情なら、ヴァルナの方を反対した方が良いと思うけどね?」
「方向性の問題だな」
「方向性?」
俺の言葉に、不思議そうな顔をされた。
だが、何も疑問に思うことはない。
「今のヴァルナに余所見ができる余裕があるか? ……という話だ」
「ないね。全然、ない」
断言された。
「もともと器用ではないからな。想う相手がいながら、他の人間に手を出すことは余程の事情がない限りはないだろう」
それはトルクスタンも分かっている。
「余程の事情? ああ、発情期とか?」
「いや、そんな強制的な事情でなくても十分だ。アレは、未熟だからな。主人から激しく突き放され、精神的に弱った直後、魅力的な女性から迫られたら、抗えないだろうとは思っている」
「それはかなり余程な事情だね」
真央さんが困ったような顔をした。
「それ以外では難しいな。経験こそないに等しいが、基本がドMだ。多少、打ちのめしたところで、すぐに這い上がってくるから、付け込む、付け入る隙が少ない」
「弟を褒めるなら素直に褒めれば良いものを……」
そして、その弟は、毒物を含めた薬物に対してもかなりの耐性がある上、精神系魔法は効きにくい。
もともと身体強化に頼り過ぎないよう身体を鍛えているため、魔封じを施し武器等の召喚まで禁じても、肉弾戦が可能だ。
際立った技術は少ないが、精神が未熟な部分を除けば、本当にそつがないのである。
本当に、敵に回れば面倒で厄介な男だ。
まあ、そうなるように育てたので、全く問題はないのだが。
「だが、このままでは平行線だな」
先ほどから議論が堂々巡りをしている。
同じ問いかけに対して似たような反論をしているのだから、当然だろう。
「おや? また動くの?」
「俺もそろそろ、帰りたい」
そう本音を吐露すると、真央さんは一瞬、呆気にとられた顔をした後、破顔する。
そこまでおかしなことを言ったつもりはなかったが、真央さんにとってはかなり面白い言葉だったようだ。
「トルク」
「……また何か言うつもりか?」
あからさまに警戒するトルクスタン。
「ルーフィスが駄目なら……」
俺が腹案を出すと、水尾さんは目を瞬かせ、トルクスタンは露骨に顔を顰めた。
双方、それについては考えもしなかったらしい。
「それって、一見、悪くない案だと私は思うけど、いろいろ大丈夫?」
「確かに危険性はゼロではないだろう。だから、俺は案を出すだけで、これらの判断については、トルクとルカ嬢に任せるよ」
俺も、もともと水尾さんを一人で行かせることに反対であった。
だから、カルセオラリアに戻したいというトルクスタンの気持ちは分かるし、実際、それを二人にも伝えている。
だけど、お人好しの主人の言動を考えたら、この案が最上ではなくても、最良だとは思っていた。
全てを守ることはできない。
だが、無駄だと分かっていても手を尽くしたい。
そう思う気持ちも分かるから。
「トルク!! 先輩の案はどうだ!? 私の方は問題ない!!」
いち早く水尾さんは結論を出した。
そのため、トルクスタンに視線が集中する。
「悪くはないが、今日中に結論を出すのは無理だ。打診もしなければならない」
「それでも、ヴァルナを待って二週間も、無駄にするよりは良い!」
トルクスタンは水尾さんを見た後、恨めしそうな顔で、俺を見る。
そこに非難の色は混ざっているが、この男にとっても、ここが妥協点と判断したようだ。
両肩を落として項垂れた後……。
「約束は守れよ?」
小さな声でそう言った。
「良し! 準備してくる!!」
そう言うなり、水尾さんは隣室へ駆け出す。
「今日は無理だぞ!!」
その背に向かってトルクスタンは慌てて声を掛けると……。
「分かってる!」
実に嬉しそうな声が返ってきた。
「ユーヤ? お前……、もともと、これが狙いだったのか?」
「いや? まだそうなると決まったわけではないだろう? ここから改めて交渉することになるのだからな」
「それはそうだが……、俺が言えば、相手も断らないだろう」
トルクスタンは他国とはいえ、王族、それも事実上、次期国王だ。
今、この国において、それを超える地位を持っているのは、ローダンセ国王陛下以外にはいない。
だから、仮令、この国の王族相手であっても、無理を通せなくはないのだ。
「それに、この件で相手方が会ってくれるかも分からないのではないか?」
「先に借りを作っているのだ。こちらが面会要請を出せば、明日にでも会える」
「あ~、それで、『これが狙い』って話なのね?」
似たようなことは考えていたが、こんな展開になるとは思っていなかった。
まあ、順番が変わっただけである。
どちらを先に打診するか、その違いでしかなかった。
まあ、こちらとしては、説得の手間が省けたと言うことになるのか。
「まあ、どちらにしても、これで帰ることができる」
やるべきことはやった。
伝えるべきことも伝えた。
後は、セントポーリア城下の森に戻って、これまでの話を纏め……。
「ユーヤ。私にもう少しだけ付き合ってくれない?」
どうやら、俺はまだ帰ることができないらしい。
「お付き合いいたしましょう、リア嬢」
だが、ここで真央さんの要請を断ることなどできるはずもないのだった。
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