見えない繋がり
「前王配殿下は、水属性だったのかい?」
真央さんの呟きが気になって確認する。
深追いはしない方が良い話題だと分かっていても、これだけは確認しておきたかった。
ふと疑問が浮かび、その糸口が見つかると追求したくなる。
損な性分だと分かっているが、こればかりは仕方がないだろう。
「え? ああ、うん。あの方は水属性だったよ。前女王陛下が火属性だったから、水と火なんて二人は合わないだろうって言われていたとは聞いている」
前王配はベタ惚れだったらしい。
だが、前女王陛下の方がどう思っていたかは分からない。
自分たちが生まれる前に亡くなった方の本当の気持ちなど、他者を通して語られる言葉しかないのだから、どうしても見えなくなる。
「じーさんは水だったな~。俺の魔力はお前たちに受け継がれず蒸発したらしいって笑っていた覚えがある」
「実は、ローダンセ王族だったらしいんだよね。王位争いが嫌で、国を飛び出して……、何故か、アリッサムに流れ着いたって言ってたかな」
ローダンセ?
時期的にはいつだ?
年齢は生きていれば60どころか90を超えるような方だ。
王位争いの話があったなら、国を出た時には直系だったということだろう。
だが、ローダンセ王族の系図に、ダルシア=ラマンカ=アリッサム前王配殿下の名前はなかった。
「前王配殿下はいつ頃アリッサムに来たのか、二人は分かるかい?」
「え? あ? いつだろう?」
俺の問いかけに真央さんは慌てたが……。
「本格的に王位継承争いに巻き込まれる15歳になる前だったと聞いている。だからもう……80年ぐらい前……か?」
水尾さんの方は記憶していた。
それだけ、前王配殿下から話を聞く機会が多かったのだろう。
だが、80年前なら60年前にローダンセで起きた血生臭い争った時代の前世代にはなるのか。
そして、その頃には傍系王族となっている。
それならば巻き込まれなかったことは理解できるのだが……。
「なんで、お前はそんなことを気にするんだ?」
トルクスタンが当然の質問をしてきた。
「いや、ローダンセの王統図に、ダルシア=ラマンカ=アリッサム前王配殿下の名を見た覚えがなくてな」
ローダンセ以外の王統にも当然ながら、同じ名前はなかった。
だから、アリッサムの前王配殿下が他国の王族の可能性を完全に排除していたのだ。
「ああ、それは当然だよ。前王配殿下はローダンセから飛び出した時点で、ローダンセの王籍から除籍されていたらしいから。でも、除籍ではなく、抹消されていたのか。ローダンセの王統までは見たことなかったからちょっとびっくりしている」
国にとって不都合なことがあれば、その系図、歴史から抹消されることは稀にある。
生まれ育った国を捨て、セントポーリア城下の森にいた俺の父親だった男の名が、今もどこかの国の系図に残されている方が珍しいのだ。
抹消しなかったのは、情報国家が情報の改変をするわけにはいかなかったということだろうか?
抹消していれば良かったのに。
「そうなると、アリッサムの王女たちにも水属性があるってことか?」
トルクスタンが尋ねる。
「いや、前王配殿下自身が蒸発って言っていたように、王女たちには水属性の気配はなかった」
「前王配殿下の娘である女王陛下にも、水属性の気配はなかったはずだからね~」
当人たちは揃ってそう言ったが……。
―――― 貴女は火の大陸神のご加護があるけどお、それ以上に水の神様のご加護がかなり強いわあ
数年前、水尾さんに向かって、そう言った精霊族がいた。
俺たちには視えない水の繋がりをあの精霊族は見抜いていたことになる。
精霊族が視るものと俺たち人類は視るものは異なることは分かっていても、少しだけ悔しく思えてしまうのは何故だろうか?
「どうした? ユーヤ」
何かに気付いたトルクスタンが声を掛けてくる。
「いや、少し思うところがあっただけだ」
「そうか」
特に意味はなかったのか、深く追求はされなかった。
だが、顔にも気配にも出したつもりはなかったが、この男は何を基準に判断したのだろうか。
「その水属性の前王配殿下が前線にいたと推測される年代……、二十年から五十年前と、第三王女殿下が最前線にいる頃と比較しても、集団熱狂暴走の兆候段階の戦闘回数の比率はそこまで差がないのは確かだな」
そして、著しく減ったのは、三年前からだった。
「アリッサムという国が消失した後……、いや、アリッサム城周辺の火属性大気魔気が失われた後に、集団熱狂暴走の兆候……、前哨戦の発生率が下がっていることは間違いないよ」
俺は水尾さんに向かってそう言った。
一瞬、水尾さんの青い瞳が揺れた気がするが……。
「先輩がそう言うなら、それを信じる」
そう言って笑った。
「事例はこれだけしかないから、あまり信じてもらっても困るかな」
もしかしたら、彼女も火属性の大気魔気が失われた以外の理由もあると思ったのかもしれない。
だが、それを確かめる術もない。
他大陸にも顔を出していた大神官ならば知っているかもしれないが、聞かない限りは答えることはないだろう。
だから、今後、誰も知ることはないはずだ。
「でも、結局、他国の人間がこのウォルダンテ大陸で集団熱狂暴走を止めるために、多少、暴れても問題ないかは分からないってことだよな?」
「問題はある。ローダンセが禁じただろう?」
「禁じたのはトルクだけで、私ではないよな?」
トルクスタンよりも魔力が強い女性はそう言うが、ローダンセが禁じたのは、魔力が強い人間が集団熱狂暴走に対して何かをするなと言っている事実には変わりない。
ローダンセ王家の言い分が正しければ、下手な介入は、今後にも響く。
何より、ローダンセ王家をあまり刺激したくもない。
露骨な介入は、強制手段を用いて制止されると面倒だが……。
「なんか、二人が仲良くなっていないか?」
不意に、トルクスタンがそんな余計なことを口にした。
「ルカはもっとユーヤにつんけんしていただろう? ほら、黒光りする油虫を見るような目で……」
「その名を出さない。人間、きっかけさえあれば仲良くなることもあるよ」
例の虫に関しては真央さんも苦手なのか、少しきつめの口調でそう言った。
いや、ほとんどの女性も男性も、あの虫を正視したくないだろう。
そんな生物を召喚する愚弟はアホでしかないし、大量のソレを見ても、冷静に対処する主人は大物だと言わざるを得ない。
「ごく普通の会話だと思うが?」
「そうだよ。別にそこまで仲の良い会話をした覚えなんかないぞ?」
俺と水尾さんがそれぞれの考えを口にするが、トルクスタンが言いたいのはこういった部分なのだというのも分かっている。
確かにそれまでこのような会話すらほとんどしなかったのだ。
そのため、急速に距離を縮めたと捉えられても仕方がない面はあるが……。
「まあ、男女間なら2,3時間もあれば、仲を深めるなんてできるか」
この場でその発言はないだろう。
「はっ!? ゆ、ユーヤ!? お前、まさか、俺がいなかった隙にリアだけじゃなく、ルカにまで手を……」
さらに続きそうなアホな言葉を……。
バチチンッ!!
「何、寝ぼけたこと言ってんだ!? このヘンタイ!!」
「私も手を出された覚えはまだないよ?」
二人から少しばかり激しいスキンシップによって阻まれた。
「トルク。両手に花だな」
「これは花……なのか?」
「色鮮やかに咲いたぞ」
トルクスタンの両頬には紅い花弁のような跡。
二人から引っ叩かれた結果である。
魔法を使われなかっただけマシだということにしておこう。
だが、問題はこの場に、普通の治癒魔法の使い手がいないことだ。
まあ、治癒魔法を持たない身としては、皮膚の炎症を抑える塗布薬は当然ながら持っているが。
「後で、アーキスに治してもらいに行く」
「その状態で、話を続ける気か?」
「まだ終わってないだろう?」
平然とそう答えるトルクスタンに……。
「それならせめて冷やした布地でその両頬を隠してくれ」
大きな息を吐きたくなる気持ちを抑えて、そう言うしかないのだった。
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