他国の王族は出張るな
魔獣退治のことになると、いや、集団熱狂暴走の話になると、水尾さんは分かりやすく変化する。
確かに普段から直情的だと思われる言動も見受けられるが、落ち着きのない女性ではないのだ。
冷静に判断できる部分も多い。
だが、「集団熱狂暴走」。
この熟語が絡む時だけ、水尾さんは落ち着きを失い、不安定になる。
それは、それだけの教育を故国から受けてきたことに他ならないというのは理解した。
「それで、間に合わなくなったら?」
トルクスタンに確認する声は震えていた。
そこにいつもの水尾さんの姿はない。
どこか心細そうな、拠り所を探すかのような、幼子のように見えた。
「ルカ?」
「集団熱狂暴走は対応を間違えたら、大勢の人間が犠牲になるんだ。だから、だから、私はっ!!」
「落ち着け。いきなりどうした!?」
俺は先ほどまで、同じようなやり取りを見ている。
真央さんも同様だ。
だけど、トルクスタンは見ていない。
だから、慌てている。
集団熱狂暴走のことで、いきなり変貌した幼馴染を。
「トルク。ローダンセは、確認のためにお前が出ろと言わなかったか?」
「あ? ああ、言わなかった」
どうやら、そこまで厚顔無恥な輩はいなかったらしい。
まあ、その場にいたのは、国王、宰相、そして軍務、財務、政務の三大臣だ。
国の政に何度も口出ししてくるような男がいくら気に食わないと言っても、他国の王族を危険に晒すほど愚かではないのだろう。
「寧ろ、本当に集団熱狂暴走だったとしたら、他国の王族が出張ると困るとローダンセ国王陛下からは言われたな」
「ほう?」
どうやら、明確な根拠があっての話のようだ。
それは興味深い。
このウォルダンテ大陸にもやはり独自の集団熱狂暴走対策があるということだからな。
「どういうことだ?」
水尾さんもそこが気になったらしい。
「魔力が弱いスカルウォーク大陸の人間とは言っても、一応、他大陸の中心国の王族であることには変わりない。集団熱狂暴走の発生地点で余計なことをすれば、大気魔気が荒れて、魔獣たちにどんな影響があるか想像ができないと言われた」
「それは……」
魔力が弱いスカルウォーク大陸出身とは言うが、トルクスタンの魔力は、少なくともこのローダンセの第一王子殿下よりも強いと思っている。
だが、この話の本質はそこではない。
それを理由に集団熱狂暴走の現場に近付くなと言っただけだ。
他大陸出身の王族によって、その大気魔気が荒らされることをローダンセ国王陛下が気にしたのなら、トルクスタンの魔力が強ければ強いほど、その現場に行くことを止めるだろう。
どうやら、集団熱狂暴走の原因が大気魔気にあることはご存じのようだ。
「トルクで駄目なら、それよりもっと魔力が強く火属性のルカはもっと駄目ってことだよね?」
「そうだな」
「そんな……」
真央さんの言葉にトルクスタンは頷き、水尾さんは言葉を失った。
魔力の強さを持って集団熱狂暴走の発生を阻止しようとしたところが、それが理由で手出しができないと言われたのだ。
その衝撃は如何ばかりだっただろうか?
大気魔気……。
ここに来てそれが理由になるのか。
確かに水属性の大陸で主属性が、火、風、空のオレたちでは、その周辺の大気魔気の調整は不十分だろう。
できなくはない。
水属性の魔法は使えるのだから。
だが、放出される魔法が完全な水属性の魔法と言うわけではない。
魔法を使う際に、どうしても主属性が混ざるのだ。
そういった意味では、水属性の大気魔気を取り込んで、他属性の体内魔気を放出する俺たちは、純粋な水属性の魔力を欲する集団熱狂暴走中の魔獣から確実に標的になりやすくなるだろう。
だが、それは大気魔気の調整という意味での話だ。
集団熱狂暴走の抑制には関係がない気がした。
「いや、それはおかしいだろう」
だから、素直に持論を主張させていただこうか。
「それならば、アリッサムの聖騎士団、魔法騎士団では集団熱狂暴走に対応できないことになってしまう気がするのは俺だけか?」
「「あ……」」
自国を引き合いに出されたことで、真央さんと水尾さんが同時に漏らす。
「どういうことだ?」
一人、すぐに理解できなかったのはトルクスタンだけだった。
「アリッサムの聖騎士団、魔法騎士団に所属している人間は火属性しかいなかったのか? ……と、言う話だが?」
「そんなはずはないだろう。身分、出自、属性を問わず、世界各国から魔力の強さに自信がある人間が集まる国。それが魔法国家アリッサムだ」
そこまで口にして……。
「ああ、そういうことか」
トルクスタンも遅れて気付いた。
「ルカ。スタンピードの前触れの際、お前が参戦していたことは知っているが、お前以外の聖騎士団、魔法騎士団は火属性以外の人間はいなかったのか?」
「そんなわけあるか。火、風、光、地、水、空。全部隈なく参戦させるようになっている。魔獣の中には特定の属性に強い性質を持っていることも少なくないからな。偏ると、対応が面倒なんだよ」
その言葉で、確定する。
「つまり、属性は気にしなくても良いってことだな? 先輩」
だが、そこまで嬉しそうに反応されるとは思わなかった。
「魔獣戦に関しては……だね。ローダンセの首脳たちの考えが正しいとも間違っているとも判断はできないが、フレイミアム大陸ではそれが事実だ」
アリッサム……いや、ミオルカ王女殿下は、自国以外の集団熱狂暴走の兆候があった時も出向いている。
だから、フレイミアム大陸に関してはそこまで的外れではないだろう。
だが、ウォルダンテ大陸がそうかも分からない。
「だけど、それはフレイミアム大陸だからであって、ウォルダンテ大陸としてはローダンセの要人たちの考えの方があっている可能性もあるよね? だから、ユーヤもフレイミアム大陸では……って言葉を使ったんじゃないの?」
真央さんが俺の懸念を正しく理解して疑問にしてくれる。
「そんなことを言っていたら、何もできないだろ?」
「アリッサムの……、フレイミアム大陸のやり方がずっと正しかったとも思えないんだよ」
「なんだと?」
だが、さらに真央さんは、俺とは違った視点の疑問を言葉にする。
「アリッサム……、フレイミアム大陸は他の大陸と異なり、集団熱狂暴走の前兆が他の大陸よりも頻繁に起きていたことは知っている?」
「そうなのか?」
水尾さん?
そこで、何故、俺を見る?
「そうだよ。三年前までのアリッサムの報告を鵜呑みにするならば、害のある魔獣討伐も多いが、集団熱狂暴走の兆候段階で対応している記録も他大陸に比べて圧倒的に多い」
それだけ大気魔気が濃い大陸でもあるからだと俺は解釈していた。
「お前、そんな記録をどこから?」
「大規模な討伐戦は聖堂に記録を残す。だから、アリッサムの聖堂に渡されている記録の写しが大聖堂にあったのだ」
トルクスタンに尋ねられたので、情報源を口にする。
誰でも閲覧可能な記録ではあるが、王族で聖堂に出入りする人間は少ない。
忌避しているわけではなくても、ほとんどの国は聖堂が城下にあるため、簡単に行く許可が下りないというような事情もある。
トルクスタンの場合、単純に聖堂に興味を持っていないだけのようだが。
俺たちに関わることがなければ、トルクスタンは聖堂に儀式以外で足を踏み入れることはなかっだろう。
だから、討伐の詳細は分からなかったが、魔獣の種類や数値だけは知っていたのだ。
だが、今回知りたかったのはその討伐の仕方、内情だった。
こればかりはどの大陸も秘匿……、いや、重要ではないと判断して記録していないのだと思う。
いや、大神官の話では巡礼中の神官たちは大気魔気を放出する神気穴を探しているというようなことも言っていた。
だから、大神官以外の神官たちも、各大陸の集団熱狂暴走前にある討伐戦の模様を見ているのかもしれない。
「だけど、それが三年前から減っているんだよ。去年なんて、フレイミアム大陸全体で3回だけだったかな?」
「そうなのか!?」
だから、何故、俺を見る?
今は学生服だからか?
だから、いつもよりも質問に抵抗がないってことか?
だが、嫌悪の感は学生時代の方があった覚えがある。
「リア嬢が言った通りだよ。昨年のフレイミアム大陸の集団熱狂暴走関連の討伐戦回数は3回だった」
尤も、その3回で多大な被害を出したとも記録にあった。
城下こそ守られたが、ピラカンサで二ヶ所、グロリオサでは五ヶ所の町や村が壊滅的な被害に遭ったようだ。
回数は減ったが、事前対策がまだ間に合わないらしい。
だが、全体的に見れば、アリッサムが消滅した年から、確かに発生回数そのものは減っている。
その分、発生すると被害は甚大だが。
兆候段階で抑えきれず、集団熱狂暴走が発生しているということだろう。
「それって……、アリッサムがちゃんとした対策をしていなかったってことか? 本当は、ちゃんと火属性の人間たちだけで対応していたら、発生率が下げられた……と?」
水尾さんは茫然とした声でそう呟いたのだった。
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